第30話

◆リコリスside









 ルーベンは何故、白状せんのじゃ。


 リコリスはルーベンが罪を認めない事に腹を立てていた。


 確かにルーベンのような策を巡らせる者は、のらりくらりと相手の弁を躱し底を見せないようにするのが常だ。


 しかし、何か大きな事を成し遂げた時は、それまで隠してきた反動が来たように聞いてもいない事をベラベラと喋り出すものでもある。そこが気掛かりだった。




「はっ」




 そこでリコリスの脳裏に閃きが過ぎる、とても嫌な被害妄想閃きが。


 もしや、まだルーベンの悪辣な策謀(被害妄想)は、まだ終わっていないのではないか? そうとなれば全てに説明がつく。


 なんと恐ろしいことか、腐肉戦士を引き連れて突撃してから暫く何もなかったので、もう策など無いと思っていたが間違えだったか。


 突入時にも抱いた、すぐにでも逃げ出したい衝動が再燃するが、ここはリコリスにとって絶対に譲れない一線だ。引ける筈がなかった。




「なんじゃ、ヤツは何を考えておる?」




 時すでに遅いかもしれないが、それでも何もしないよりはマシだろうとルーベンの策を見破るヒントはないかと戦闘を注意深く観察すれば、ソレは見つかった。




「腐肉戦士が減っておる!?」




 正確に言えば腐肉戦士は倒される事が倒される前提で運用しているため、数が減ること自体に不思議はない。しかしそれは、後で復活するからこそ許容できる犠牲であって、他の生物のように死んだら終わりというのは、あってはならない事だ。


 不死身である腐肉戦士を真の意味で殺す方法、これこそがルーベンが立てた策のかなめであるとリコリスは確信した。




「しかし、どうしろと言うのじゃ」




 分かったところで対策は何も出来ない。元より、ルーベンの想像以上の火力と速度を抑える為に全戦力を投入して辛うじて保っている戦線だ。


 一体でも地上に送り生き残り連中の近くで【自爆】させれば数体の腐肉戦士を補充出来るだろうが、その隙がない。


 現在、僅かに戦線を押し上げた事により戦場は広大な面積を持つ祭壇の中へ移行している。リコリスは、これを自身が優勢である証拠だと喜んでいたが、以前のように瓦礫で埋まってしまった出口をみると、そうではないと分かる。


 これはルーベンの策の内だ。


 瓦礫を【滅私放光】の【自爆】で退かすにしても、外へ出るための距離を考えれば【自爆】は最低でも二回は必要だ。そして、途中で起きる崩落を考えれば更に数回。


 どう考えても、そんな隙はない。


 彼はここで自分達を殲滅するつもりなのだと確信した。




「おのれルーベン、そんなにわらわが憎いか!」



「いや、お前には特にないぞ?」



「そんな訳なかろう。ならば何故、ここまでわらわに固執するのじゃ!」




 心底不思議そうに言う彼の言葉を切り捨てる。あまりにも自身を、そして姉を舐めきった態度に我慢出来なかったからだ。


 だが、次の言葉にある意味で納得してしまった。




「俺が恨んでるのは、お前じゃない。お前の相棒だった『ゆるふわ』だ」



「相棒………もしや、妾の『いと』か!」




 全てが繋がった気分だ。


 最初に会ったときルーベンは聞いてきた、『ゆるふわ』なる人物を知っているかと。おそらく、彼は自身と『ゆるふわ』の関係を知った上で敢えて聞いてきたのだ。


 遠回しな宣戦布告として。


 恨みは忘れていない、『ゆるふわ』の代わりに貴様で晴らしてやると。


 これは彼の自白と受け取っていいだろう。ここまで来れば彼が自身を狙う理由を聞くまでもない。




「確かに妾の肉体のは『ゆるふわ』なのじゃろう。ならば、お主は妾を殺す事で『ゆるふわ』への報復とするつもりか!」




 今に至るまで、名前すら知らなかった『綸』に強い怒りを覚える。一体、どこまで自身の邪魔をすれば気が済むのか、と。


 出会い(?)頭に姉上の侮辱をし、消え去った今でなお厄介な強敵を引き寄せた。これで、この世で一番リコリスへの愛を持っていたと言われても到底信じられない。


 リコリスは尋常ではない火力で腐肉戦士を葬り、稀に復活を許さぬを行うルーベンを見ながら自身の不幸を嘆いていた。


 だからリコリスは──




「お主の狙いは『ゆるふわ』への復讐であろう。じゃが、復讐は何も生まん!妾も憎しみで復讐対象に連なる者共を皆殺しにした身じゃ、お主の気持ちはよく分かる」




 話し合いでの解決へ移行した。もちろん安全な距離を保つために腐肉戦士を突撃させながらだが。


 不本意ながら、かつて忌々しい生家で受けた人心掌握の教えに感謝しながら。




「じゃが我らは分かりあう事が出来る筈じゃ、こうして同じ気持ちを共有しておるのじゃから!」



「……」




 しかし、返ってきたのは痛いほどの無言と無表情。


 問い掛けに答えない事は何度かあったため気にするほどでも無いと思いたいが、明らかにこれまでと違うルーベンの表情に焦りを覚えた。


 リコリスとてはある。しかし、それで勝てる保証もない。出来れば交渉で終わらせたいところだった。


 ちなみに、伏せ札とは『元モジャモジャ』ではない。途中、ルーベンに『元モジャモジャ』のスキルを放ってみたが、デバフは通らず蚊でも払うかのようにあしらわれ、何処かへ飛ばされてしまった。


 まぁ、『元モジャモジャ』もルーベンが用意した者なので対策してるのは当然と言えよう(誤解)。


 これでは新装備を手に入れたと喜んでいた自分がバカみたいではないかと少し悲しくなるリコリスであった。


 しかし、まだ無言か。おかしいのぅ、取り敢えず相手に共感しとけば何とかなると教わったのじゃが。やはり実家はクソじゃな。




「……お前は、まだ勘違いしてるようだから訂正してやる」



「おおっ! なんじゃ、申してみよ」




 これは交渉失敗かな? と思い始めていたリコリスは、やっと返ってきたルーベンの言葉に飛び付く。姉に関する物は渡せないが、それ以外の要求なら基本的に呑むつもりだった。


 それこそ腐肉戦士を寄越せと言われても、全ては無理だが大半は譲っても良いとさえ思いながら。




「一つ、さっきも言ったが俺はお前に恨みはない。それは直接的、間接的を含めており『ゆるふわ』への恨みはアイツ本人に対してだけのものだ」



「ならばどうして妾を……」



「二つ目!」




 といを重ねようとするリコリスの言葉を遮るようにルーベンが言葉を被せてきた。


 まずい、まずいぞ。理由は不明だが、かなり怒ってる事が伝わってくる。




「これも前に言ったが、お前の言う俺がやった事は殆ど身に覚えがない。確かに俺は、お前と会えば戦うつもりだったが、それは今のように真っ正面から戦闘を挑むつもりだった」



「……」




 一歩、また一歩と近付いてくるルーベンに恐怖を覚えるも会話する姿勢を止められない。引けぬ理由があり、尚且つ生存率が最も高いのが交渉なのだから、自ら台無しに出来る筈などなかった。


 例え、見るからに決裂寸前だったとしても。




「三つ目、お前も言っていたが、復讐は晴らすモノだ。断じて何かをプラスに生産する行為じゃない」




 ボロボロのルーベンと無傷のリコリス自分、それなのに怯えているのが自分なのだから情けない事この上ない。


 なにより、いま姉の名誉を一番汚しているのは誰より自分であるという現実が悔しい。だからリコリスは─────



 


 これで、最終手段である伏せ札・・・の準備はほぼ完了だ。


 極端に消耗が激しいため、出来れば使いたくなかった手だが、仕方あるまい。




「最後に……」




 完成まで後、五秒。まだ、こちらの異変には気付かれてないらしい。


 さぁ、わらわから祭壇を奪った報いを受けよ。




「俺の復讐心は俺だけのモノだ! 勝手にお前が知った気になるんじゃねぇ!」




 包囲網を潜り抜け、怒りに染まったルーベンの刃がリコリスに届く直前、これまでの数倍の威力がある【自爆】が数十箇所で同時に発動した。


 ルーベンを吹き飛ばして。

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