第29話

◆リコリスside









 腐肉戦士に列を作らせ途切れることなく扉で【自爆】させていく。しかし、扉は勿論のこと周囲の壁にさえ傷一つ作れない。


 しかし彼女は、壊せないもどかしさと同時に誇らしさも感じていた。この祭壇を造ったのはリコリスだからだ。


 腐肉戦士の【自爆】程度で崩れるほど脆弱にした覚えはない。だが、魔導の大半を失っているリコリスには、これ以上の攻撃方法はなく、付与した強化の魔導を解く手段も消えていた。悔しい事に食料の取得なりで相手が出てくるのを待つしかなかった。




「ルーベンめ、恐ろしいヤツじゃ」




 きっと、ここに至るまでの全てがヤツの計算なのだろう。いつから自分が術中に嵌っていたのかは不明で今後の行く末も分からないが、確かなことは一つ。


 この状況を変えない限り、勝機はないという事だ。


 知は劣り、力は削がれ、住処も追われた。それでも勝たねば、せめて祭壇住処だけでも奪い返さなければ生きる意味さえ失ってしまう。


 それだけは、断じて許せない。生前の姉には返しきれない恩を受け、死した今でも自身に尽くしてくれている。


 こんな不出来な妹を守る為に何もかもなげうって。




「故に、姉上の復活に必要な祭壇だけは渡せんのじゃ。文句なあるなら好きに言うがよい、言うのが姉上でなければ妾の心に届かんがな」




 不退転の覚悟を決め、前だけを見据えるリコリス。そこで、見計らったかのようなタイミングで扉が開かれた。


 勿論、開けたのはリコリスでなければ腐肉戦士でもない。つまり開けたのは




「どういうつもりじゃ、ルーベン」




 心変わりをして祭壇を明け渡す気になったのかと思ったが、即座にありえないと断定する。


 ならば十中八九罠だろう。それも致命的なダメージを受ける凶悪な罠かもしれない。


 これだけ綿密な策を考えられる男なのだから、その程度容易いだろう。けれど引かない、引けない。そう決めたのだから。




「突撃せよ、従僕共!」




 散々、虚仮こけにされ汚されたわらわの名誉と、自身が貶められたことが原因で、おとしめられた姉上の尊厳を取り戻すために。


 【高貴なる掛け声】によるバフを付与したリコリスは、全ての配下と共に突撃した。









◆ルーベンside









「突撃せよ、従僕共!」




 扉を開けてから、一時いっとき止んでいた【自爆】特攻も数瞬の後に再開された。鬼気迫る声音であり、腐肉戦士の影で顔が見えない現状でも鬼の形相をしていると伝わってきた。


 それだけ祭壇の奪還に必死なのだろう。『ゆるふわ』なら兎も角、リコリス本人ならば姉の復活は生きる理由そのものだ。この気迫も当然と言えた。


 だが、必死なのはリコリスだけではない。




「人の愛の巣に、腐肉戦士生ゴミを持ち込むんじゃねえ!」



〔だから愛の巣って何!?〕




 エリカの歓声を聞きながら、こちらもスキルを使う。範囲攻撃の【同胞渇望】ではなく、単体攻撃の【絶対制裁】だ。上下に斬り分けた腐肉戦士は、爆発することなく灰となって消えた。


 それも、リコリスに復活させられる事無く、だ。


 腐肉戦士は【自爆】による強制HP0化を除き、基本的に【忍耐】バフの影響で、どんな攻撃であろうとも即死せずHP1で耐える。


 そんなコイツを即死させられたのは【絶対制裁】によるバフ解除で【忍耐】バフを解除した事だけが理由ではない。


 このスキルはエリカが誇る最強倍率ではあるが、そんな事は関係なく腐肉戦士にとって、そしてリコリスにとっての天敵スキルである。


 リコリスが【召喚】する腐肉戦士だが、この【召喚】とは戦闘システム的にバフ扱いなのだ。これにより、【召喚】バフを解除された腐肉戦士は問答無用で強制退場させられる運命にある。


 さらにリコリスが腐肉戦士を【召喚】出来る条件は戦闘不能になったキャラクターが居た場合だが、バフ解除により退場したキャラクターには適用されない。


 つまり、【召喚】バフの解除で消えた腐肉戦士の枠で腐肉戦士を再召喚は出来ない。これにより、リコリス最大の恐怖である無限【召喚】地獄を終わらせる事が出来るのだ。




〔あら、やるじゃない〕



「おっしゃぁ。エリカ直々の褒め言葉でやる気と殺る気とエリカニウムが溢れるぜ!」




 みなぎる力そのままに【滅私放光】を発動した二体の腐肉戦士から順に殴り飛ばし、後方に控える予備の腐肉戦士共へとぶつける。これで、多少は数が減った。まぁ、バフ解除してない為こちらは再召喚されるが。


 それでも時間が稼げた事は大きい、一時的に良くなった見晴らしのお陰で、やっと見えたリコリスは血走っためで俺を見据えていた。




「よくも今まで騙してくれたのぅ、ルーベン。そんなに手の平の上で踊るわらわは滑稽だったか!」



「は?」




 手の平で踊るって、別に罠に嵌めたりしてないし言い回し変じゃないか? てっきり祭壇を返せって言われると思ったのに、変な方向へ話が流れてる気がする。




とぼけずに答えよ。お主には、その責任があろう!」




 そうこう話し掛けながらも腐肉戦士を突撃させ続けるリコリス。さてはコイツ、会話する気ないな。俺もないが。


 それでも腹は立つのでリコリス目掛けて【自爆】直前の腐肉戦士を投げつけ、【同胞渇望】でHPが1になった腐肉戦士達を一掃する。


 先程よりも景色がスッキリして気をよくしながら再び殲滅へ移ろうとすると悲鳴が聞こえた。




「のじゃーーーっ!」




 もちろん、リコリスのだ。


 ああ、そうか。リコリスも攻撃範囲内にいたのか。【自爆】が目眩ましになった後、【同胞渇望】でダメージを受けたと。不可抗力だったが、運が良いな。


 少しの間、ピクピクと痙攣していたがパッシブスキルで回復したのであろう、手を膝につけながらも立ち上がり俺を糾弾してきた。




「会話の最中に攻撃するとは何事じゃ!」



「お前に言われたくねぇよ!」




 いや、マジで。さっきまで話しながら腐肉戦士をけしかけて来てたじゃねぇか。


 リコリスって第三者視点ゲームだとアホ可愛いかったが、自分が話す立場になるとストレスがマッハで溜まるな。会話する気などなかったのに思わず言い返してしまった。




「しかも、また騙し討ちか! わらわをコソコソと嗅ぎ回り、祭壇に閉じ込め、わらわに階段を破壊させ、モジャモジャをけしかけ、祭壇を奪った挙げ句に汚し、幼気いたいけわらわを言葉巧みに言いくるめて、この上さらに罪状を重ねるのか!」



「殆ど身に覚えがねぇ!」



「この期に及んで嘘を吐くな! ネタは挙がっておるのじゃぞ!」




 証拠ネタなんて、何処にあるんだよ。


 そう言いたいが、なんとか堪えてチマチマと腐肉戦士を減らす作業に没頭する。そもそも、こちらは瞬間火力で勝ろうと手数と耐久力に劣っており、長期戦には不向きだ。


 リコリスの口車に乗せられて会話していたが、そんな事をしてる間に瀕死だったリコリスはパッシブスキル【静寂の土地】で完全に回復していた。




 名称:【静寂の土地】


 効果:[1ターンに1度、場にいる【召喚】した対象の数×VIT5回復]





 例により1ターン=10秒となっているのだろうこのスキルが中々に脅威だ。


 少しずつ数を減らしているとはいえ腐肉戦士は数十は存在する。そして『蠱毒の蜘蛛糸』でキャラクターの最大HPとは特殊なスキルでもない限りVIT×100である。


 このパッシブスキルの恩恵で、現在のリコリスは最長でも10秒以内にHPを削りきらないと倒せない極悪しようとなっていた。


 まぁ、こちらも腐肉戦士の数だけATKが上昇しており、ゲーム時代では有り得ないATKとなっているのが。それでも長期戦では圧倒的に不利なのは変わりない。


 序盤でリコリスに奇襲で【絶対制裁】を使えば問題なく勝てたのだろうが、不意打ちでは最強の『証明』にならないので自重した。やはり敵の長所を打ち破ってこその最強である。




「『ゴキブリ戦法』は伊達じゃないな」




 未だにギャアギャアと騒ぐリコリスが思ったより手強かったので、どう倒したものかと思案した。

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