第21話

◆リコリスside









「誰じゃ出口を瓦礫で塞ぎおったのはぁぁぁぁっ!!」




 リコリスはブチ切れていた。


 自身の為に亡くなった愛しの姉を復活させる研究をする合間に、せっせと作った『プリティー』な『インテリア』を破壊するだけでは飽き足らず、引き篭もり研究の影響で超非力な妾を閉じ込め餓死させるつもりか。


 どうせ近くに居るなら、いくらでも復活するし簡単に自分のところへ戻せるからと高を括り、腐肉戦士を全て外に出したのは失敗だったか。


 幸いなのは祭壇の扉が内開きだった為、扉を壊さず瓦礫を退かせるということくらいだろうか。まぁ、それを成すだけの力がないから困っているのだが。




「せめて、扉を閉められる程度には退かしたいのじゃが」




 腐肉戦士の頭が良ければ外から瓦礫の撤去なりをさせられるのだが、残念な事に腐肉戦士はバカだ。


 最低限ドアを開けたり、段差で躓かなかったりする程度の知能はある、しかし少しでも複雑な命令を出すと途端に訳の分からない行動にでるのだ。


 例えば、今回のような瓦礫の撤去やリコリスを救出せよ、と言った命令を出せば瓦礫を【滅私放光】で吹き飛ばすか、瓦礫の中を泳いで来ようとするかもしれない。


 そんな事をすれば、祭壇が瓦礫まみれになるか、腐肉戦士がリコリスを外へ逃がす時、行きと同じように瓦礫を泳ぐのだろうからリコリスは瓦礫尖端でボロボロになるだろう。


 設定したのは自分だという事実を棚に上げ、腐肉戦士の知能を罵るリコリス。そんな事は忘れるほど彼女は追い詰められている。正直、かなり泣きたかった。


 しかし人間、追い詰められると知恵が出てくるものだ。それは今回のリコリスにも当て嵌まっていた。




「妾でいけるかのう?」




 この世界へ送られた時、神を名乗る相手がリコリスの体を『ゲームシステム』とやらに準拠させると言っていた。


 そして、現実では非力なリコリスも『ゲームシステム』とやらでは怪力を誇るとも。だからこそ石製の棺を容易く破壊することが出来たのだ。代わりに修めた魔導の大半は封印されてしまったが。


 ものは試しだ、と。立てたニつの棺を瓦礫の前に並べる。不安に思いながらも、手足を器用に使い出口へと押し込めば思いの外スムーズに進めた。




「おおっ、妾すごい! 多分、腐肉戦士より力が強うなっとる!」




 本来のリコリスは非力だ。鋼を軽く握り潰す腐肉戦士とは比べるまでもなく、そこらのゾンビにすら劣る程度のか弱さだ。


 しかし、それは『蠱毒の蜘蛛糸』ストーリーでの話、ゲームの戦闘システムでは素のATKは腐肉戦士の二倍を誇り、『フラジール・ゾンビ』程度なら一撃で葬り去る。


 その美しく儚い体からは人外と言って差し支えないパワーが秘められているのだ。


 だが、これで終わりではない。




「強化じゃっ!」




 名称:【高貴なる掛け声】


 効果:[味方全体に20秒のATK+20%のバフ]




 そうして発動されたスキルは、サポート型のリコリスが誇る全体バフだ。レア度URにしては控え目な性能ではあるが、それはゲーム時代での話。


 ゲームが現実を侵食した現在では、広範囲の自身を含めた味方全てを強化する、強力なスキルへと昇華された。まぁ、今回のように単体に掛ける事が目的なら控え目なままだが。




「更に軽くなりおった。やはり妾の見立てに間違えはなかったようじゃな!」




 今までも大して重さを感じなかった瓦礫の山がバフを得た事により更にスムーズに押し出せるようになった。


 実際に試すまでATKが上昇すれば物理的な筋力が強くなるかは不明だったが無事に強くなって何よりである。やはり、研究者として自分の考察が正解だった時は嬉しいものだ。




「ぬはははっ! 楽ちん楽ち……へぶっ」




 気分が良くなり、ズンズンと進んでいると何かに棺が引っ掛かる。注意が散漫になっていたリコリスは止まった棺に顔をぶつけてしまった。


 なんじゃいきなり、と頑張って確認してみれば棺が床に落ちている縦に短く横に長い長方形障害物が見えた。




「ここを塞いだのは【滅私放光】による余波じゃと思っとったが、こんな障害物があることを考えると誰かが意図的に妾を閉じ込めようとしたのか?」




 脱出の手段が見つかりリコリスも少し冷静なった。そうなれば直前の出来事を考え、腐肉戦士が戦闘で使った【滅私放光】による【自爆】で瓦礫が押し寄せてきたと判断するのは容易かった。


 しかし、こうも分かりやすく脱出を阻む何かがあると、味方である腐肉戦士だけが原因とは考えにくかった。




「まぁ、壊せばよいか」




 幸いにも、障害物は今のリコリスなら簡単に壊せる程度の物だった。先程、躓いたのは瓦礫を押し出す為に必要な力だけを込めていたせいである。


 ふんっ、と棺を押し込めば破壊できた。




「こんな脆い障害物を置くとは、妾のパワーは予想外だったという事かのぅ?」




 だとしたら、ここを出て下手人を見つけた時に盛大に笑ってやろうではないか。これは胸が踊る。


 そうしてる間も、次々と現れる障害物を砕き進んでいくリコリス。その障害物と天井の高さが少しずつ上に移動している事に気づく。


 無視しようかと思ったが妙な既視感を感じたので一度止まって考える事にした。何故か今のままだと取り返しのつかない事態になる気がしたのもある。




「幅、高さ共に約二十センチ、横に二メートル弱、こんな長方形が縦に何個も積み上がっているのを何処かで見たことあるような……ああっ!」




 リコリスは既視感の正体に思い至った。それによって自分が取り返しのつかない事をしてしまった事にも。


 思い返せばヒントは幾らでもあった。


 まずは、祭壇の場所だ。ゲームストーリーではリコリスの隠れ家の地下に造られていた。こんな世界にした元凶であるらしい『神』は、この世界の持ち味を完全には殺さずゲームと調和させたい等、どうでもいい事を語っていた。


 ならば、『神』の計らいで用意された祭壇ここも、元の世界の色が強く残っているのではなかろうか。


 『神』はゲームストーリーがスムーズになるよう手を加えると言っていた。それは祭壇しかり、黒い水晶しかりだ。


 さて、話を戻す。かつて、で、この祭壇は地下にあった。


 地下にあるという事は地上へ行き来する手段があるということ、例に漏れず祭壇にも備わっていた。高低差のある場所へ移動する為にある定番の構造物が。


 何が言いたいかと言うと──




「妾が壊してたのって階段だったんじゃ……」




 恐る恐る、棺の幅が足らず壊しそこねたの名残を見れる。やはりそこには、人間の足で昇降可能な高さを持つ積み上げられた水平の段差。


 すなわち、階段があった。




「妾、泣きそう……」




 壊すのは簡単でも直すのは難しい。と言うか直す技術なんてない。


 リコリスは過去の自分を恨みながら、後悔と共に零れそうになる目端の雫を必死に堪えた。

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