第7話

◆ルーベンside









 見渡す限りの世紀末風景。それを成したのはモヒカンでも核兵器でもなく、異形の化け物達だった。


 首から上だけ骨の鳥、腐肉を晒す緑の小鬼、顔見知りだった人間のゾンビ。全て死臭を撒き散らす歩く屍だった。




「意外と何も感じないな」




 この感想は、考え事をしてる最中に隣人の悲鳴が聞こえた時も思ったことだ。


 多くのファンタジー創作が、そうであるように『蠱毒の蜘蛛糸』でも死んだ生物が擬似的に蘇れば、理性をなくして生者を襲う。


 そういう場合、お優しい主人公様がゾンビになった知り合いと再開して嘆き悲しむ描写が定番だが、俺には無縁だったらしい。


 それも当然かもしれない。今の俺が守りたい相手は二次元と三次元を含めエリカだけなのだから。


 そしてエリカはそういう事にならない体質・・だ。これからも俺は安心して日々を過ごせるだろう。




「それにしても、人間のゾンビ多いな」




 視界に入るモンスターは全部で三種類おり、その総数は百に迫る。しかし、そのうちの約七割が人間のゾンビだった。


 こいつらとて、最初からゾンビでは無かっただろう。その証拠に、先程の知り合いや、『コグモ』では見られなかった身なりをしてる者が多い。


 これが指すところは、あの『邪神(笑)』が送り込んできた魔物よりも現地産のゾンビの数が、少なくともこの近辺において上回ったということだ。




「魔物が現れてから半日も経ってないだろうに」




 今いるところは三車線のバイパスなので見通しはよく民家は少ない。にも関わらず、これだけ人間ゾンビが集まっているのは、余計に人類の劣勢を感じさせた。


 まぁ、これはこれで都合はいいが。


 因みに俺は今、魔物に囲まれている。先程、数えていた魔物は全て俺の周囲にいるやつだ。


 敵さんは小賢しい事に、こちらの出方を伺っているようだった。その証拠に全員、俺から距離を取って指揮役であろうゴブリン・ゾンビをチラチラと確認している。


 意外かもしれないがゲームの設定では、この中だと一番強く理性的なのがゴブリンなので当然の配役だろう。


 まぁ、他のモンスターが弱くてアホすぎるだけだがな。




「103匹……」




 しかし、俺もただ待っているわけではない。とある検証のため敵を数えていたのだ。


 そして、ようやくそれも終ったので、殲滅に移ろうと思ったら丁度良く襲い掛かってきた。


 ギリギリセーフだったな。




「【同胞渇望】」




 スキル唱えた途端、握っている【阿鼻決別あびけつべつ】から湧き出す霧が大きな蛇を象り、周囲の敵に襲い掛かった。スキルの強力さは一目瞭然だった。


 霧の蛇に触れれば悲鳴もなく倒れ伏すモンスター達。上から落ちてくる鳥の死体が鬱陶しく、八つ当たり気味に破壊したくなるが我慢して手で払うに留める。


 猛威を振るった蛇は一定の距離内の敵を殲滅した後に、なんの痕跡も残さず消えた。




「数えるか」




 俺は蛇の範囲外にいた魔物達が逃げるのを確認し、倒した数を確認する。


 一応これは『全体攻撃』の効果を持ったスキルの検証だ。俺には【同胞渇望】しかないので、他キャラの『全体攻撃』と同じ仕様か断言出来ないが、それでも参考にはなるし、何より自分が出来ることの把握にはなる。


 エリカの能力が最強なのは疑いようもないが、俺が使いこなせないせいで負けたりしたら目も当てられない。故に、このような能力の把握は必要なのだ。




「倒したのは87匹、前回と前々回共に数はバラバラだったから、やっぱり規定数への攻撃じゃなくて範囲内攻撃ってとこだな」




 工事現場で拾ったメジャーで測った距離は、半径50メートル。それが【同胞渇望】の攻撃範囲だった。


 『蠱毒の蜘蛛糸』では使用できるスキルが増えることがあっても、スキルそのものが強化させることはない。現実と成った今でも、多分ずっとこのままだろう。


 検証は今のところ順調だ。




「デパートはこっちだったか?」




 デパートへは食料を含める物資の調達へ行くつもりだ。飽きるほど行った場所であり、距離も車で数分といったところなので普段なら悩まないのだが、こうも景色が違うと些か自信が無くなる。


 あっ。というか、漫画みたいに屋根の上に乗って移動すればいいのか。他の建物より大きいデパートならば簡単に見つかるし、ついでに俺自身も魔物に発見されやすくなるから、能力の検証も捗るからな。


 【同胞渇望】の検証は一先ず終了としても、まだ【絶対制裁】【怨憎会苦おんぞうえく】【自己完結】の検証と、一応生息してる魔物の種類も把握したい。それらが終われば、何かにスキルを応用出来るかどうかの検証も残っている。


 まあ、これらはゆっくりと進めるとしよう。焦って間違えた結論を出したら目も当てられないからな。









◆デパート最上階 ???side








『……避難先は………の指定した………自衛隊の抵抗……』




 壊れかけのラジオをイヤホンで聞きながら情報を集める。どうやら世界中が大パニックになっているらしい。


 聞きにくい事この上ないが無いよりましだ。




「防災ラジオがあって本当によかった」




 化け物を見たときから尋常ではない『何か』があるとは思っていたが、どうやら私達が思っていた以上に大変な事態になっているようだ。


 突然世界中に現れた化け物達、神を自称する者の声、他にも色々な問題が起こっているらしい。


 曰く、戦車やミサイル等の現代兵器で有効なダメージが与えにくい。曰く、魔法少女が化け物から助けてくれた。曰く、化物は某国の生物兵器だ等々。


 こちとら、まともな情報源が防災ラジオコレしかないのだから、もっと現実味のある確度の高い情報を流してほしいものだ。まぁ、化物が出た時点で現実味も何もないが。 


 だが、まともな情報もある。それは当初は討伐が絶望視された化物達だが何故か剣や弓といった原始的な武器でなら倒しやすいという事だ。


 正直、訳が分からない。




「本当になんなんだろ」




 安っぽいイヤホンを無理矢理耳に入れたからだろうか、耳が痛くなってきた。そこそこ情報も集まったし、一休みしてから皆に伝えよう。


 そう思ってイヤホンを外した途端、鼓膜を揺さぶるヒステリックな叫び。


 私の耳が休まるのは、まだ先らしい。


 そもそもヒステリー女コイツのせいで他の避難者から隔離され、防音のしっかりとした上映室に押し込まれたのだ。


 その癖、割り振られた仕事は外との出入口の監視やガラクタ一歩手前のラジオで情報収集と、危険だったり面倒だったりで誰もやりたがらない仕事を押し付けられた。本当についてない。


 そんな邪魔者扱いされてる私達は、当たり前のようにトイレと仕事以外で上映室を出ることを禁じられていた。




「ふふっ」




 まるでミステリー小説の犯人と疑われたキャラのようだと自嘲する。一瞬なんで、こんな下らないことで笑ったのかと疑問に思い自問自答するが、下らないことでも笑っていないとやってられないからだと結論が出た。


 どうやら、私は相当ヤられているようだ。




「はぁ」




 私はこれからどうなるんだろうか。不安の溜息が溢れる。




「……あー、悪かったな」




 自分の未来に絶望していると一緒に避難している店長が申し訳なさそうに謝ってきた。どうやら私の溜め息を彼と彼女へ向けたものだと勘違いされたようだ。(いや、実際半分はそうなのだが)


 まずい誤解をとかなきゃ。こんな狭い空間で人間関係が悪くなるのは、どう考えても悪手だ。


 しかも、もう一人いる避難者は店長の彼女でヒステリー持ち、彼と関係か悪化すれば彼女との関係も悪くなる。


 最悪ここを追い出されるかもしれない。


 そう思うと私は、即座に行動を開始した。




「え、あっ、違いますよ! さっきの溜め息は聞いてたラジオに対してです!」




 ほらっ、とイヤホンを渡して聞いてもらう。そうして、しばらくすると納得してもらえた。


 その時、安心したように笑顔を見せた店長だが間違いなく私の方が安心している自信がある。


 そのままラジオを聞き続けている店長に、他の避難者と集めた情報を交換する時間になったので席を外す旨を伝えてから外へ出た。


 ……ヒス女と離れられることに安堵を覚えたのは内緒だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る