第6話

〘聞こえるかな? 私は神だ〙




 エリカの美声を聞いた直後だからか、余計に醜悪に思えるオッサンボイス。不愉快すぎて、もはや殺意を抱くレベルだ。


 しかし、聞かない訳にはいかない。何故ならエリカが俺に聞くよう促した内容だからだ。




〘君達、人類はやりすぎた〙



〘生態系の頂点を気取り、他生物の支配、終わりのない同族同士の殺し合い、果ては地球を何度も破壊するほどの兵器まで作り出した〙



〘故に、神たる私は君達に思い出してもらうことにした〙



〘狩られる恐怖を、そして助け合うことの大切さを〙



〘勿論、私は神であって鬼ではない。君達がこの試練を乗り越えられる可能性は残してある〙



〘せいぜい、それらを使って上手く生き延びるように〙




 それを最後に声は聞こえなくなった。多分、可能性・・・とは俺のようなゲームキャラの力を与えられた人間のことだろう。


 つまり、俺達可能性・・・を人類のために馬車馬のように働かせろと言いたい訳だ。そんなの死んでも御免だ。


 俺一人が協力しない程度で人類が滅ぶなら、滅べばいい。俺とエリカだけを残してな。


 そうでなくとも、俺は最強の証明に忙しくて、そんなことをしてる暇がない。そもそもメリットもない人助け等する気がない。ついでにエリカの能力的にも向いてないしな。


 エリカはスキル的に味方がいると本領を発揮出来ない。それどころか味方を殺しにかかるスキル構成だ。


 パッシブの合計倍率とアクティブの倍率は足し算ではなく掛け算のため、スキルをつかっても素の攻撃力以下の火力しか出ない。そのくせ味方へのダメージ据え置きなので質が悪いと評判だった。(『蠱毒こどく蜘蛛糸くもいと』では敵も味方も最大五人までである。)


 逆に単体なら最強クラスなのだが、五対一で勝てるほど圧倒的な強さではない。その上『蠱毒の蜘蛛糸』はターン制なのだ、プレイヤースキルが生きにくいので数の暴力に押し負けてしまう。


 まあ、俺にはエリカへの愛があるので関係なく使ったが。


 はぁ、それにしても。




「耳が腐るかと思った」




 本当に酷い演説だったな。抽象的で中身の無い内容、終始上から目線、挙げ句の果てには自分を神だと名乗る痛々しさ、褒められるところと言えば割と話が短めだったことくらいか。


 何が助け合いだ。俺達可能性・・・に対して一般人がどんな対価を用意出来ると言うのだ。一方的な奉仕を助け合いとは断じて認めないぞ。


 搾取する対象を守るという意味なら納得出来るがな。奪うなら金持ちがいいし、奪える量が少しずつだとしても長期的に多く手に入るなら我慢できるヤツもいる筈だ。


 エリカが無力になっても俺のエリカに対する対応は変らないがな。




「あれ? そう言えば何か忘れてる気がする。とても重要なことだったような……」



〔くだらない事だから忘れなさい。それより貴方には、もっと優先することがあるでしょう?〕



「それもそうだな。ありがとうエリカ」




 流石はエリカだ。気が逸れたパートナーを察知して、いち早く軌道修正してくれるとは。あのオッサンに使った時間で、エリカへ贈る最強の『証明』が僅かとはいえ遅くなってしまった。


 それに比べ、(俺にとって)どうでもいい話でスタートダッシュの機会を奪うとは最悪だな。これからは『邪神(笑)』でいいだろう。


 いや、これもエリカに倣えば〔くだらないこと〕の一つだろう。これを含め、さっさと忘れて最短での『証明』方法を考えよう。


 何故か持っていたノコギリを工具箱に仕舞いながら、強く決心した。
















「ァァァ……」



「食料の確保と情報集めをしながら俺のユーザー同類狩りだな」




 それが、モンスターに襲われてる隣人の断末魔を聞きながら出した結論だ。


 考えついでに検証したスキル以外の能力、ゲーム仕様がどこまで使えるか確認したが、残念な事に大半は使えなくなっていた。






・ステータス


・アイテムボックス


・メッセージ(使用不可)


・フレンド(使用不可)


・イベント(未開催)


・クラン(使用不可)


・ガチャ(使用不可)






 最初にステータスを開いた時はあまり見ていなかったので分からなかったが、メニューにある項目の殆どが(使用不可)になっている。




「勿体ないな」




 この仕様に気付いた時に思わずボヤいてしまったが、よく考えると別にこのままでも問題ない気がしてきた。


 俺の目的は、あくまでエリカへの最強を『証明』することである。極論、俺は戦闘に支障がなければいいわけだ。


 そして、現在使えない項目は戦闘には直接関係ないものが殆どであり、クラン戦をするつもりもなければ、新戦力を追加するつもりもない俺としては、ガチャもクランも必要ない訳だ。


 メッセージに至っては、この前の運営メッセージを除けばアンチからの罵倒しかこないからな。フレンドなんてもってのほかだ。


 だが、運がいいことにアイテムボックスは使える。これさえあれば、食料を含める物資の保管が楽になる事間違いなしだ。


 アイテムボックスの中身は運営から届いたメッセージに書いてあったように、ほぼリセットされていたが幸いにもエリカの専用装備だけは残っていた。よかった、他の何が無くても構わないがコレだけは欲しかったからな。


 ちなみにエリカの専用装備は【絶対制裁】を発動した時に現れた黒い大剣のことである。


 【絶対制裁】に限らずスキルを発動する度に現れたが、発動後は勝手に消えてしまったので技の演出のためだけに現れる形だけの物かもしれないと思っていた為に嬉しい誤算だ。


 これがあるとエリカはノーリスクで強くなれるので戦闘面で助かるし、何よりエリカの専用装備は彼女のストーリーに欠かせない物であり、この専用武器を使ってこそのエリカだと思うので、本当にありがたい。


 念の為、武器を出してステータスも確認しておくか。偽物なら本物を探しに行くか、武器ガチャの開放と石集めしなきゃいけないし。





 名称:【阿鼻決別】(※エリカ・デュラ専用)


 効果:[敵1体につきATK+10%][ダメージを受けるごとにATK+10%(300秒毎にリセット)]






 よし、ステータスを見る限り本物だな。しかし、何度見ても素晴らしい性能だ。


 一つ目の効果は、『コグモ』では敵数の上限により最大+50%だったが、現実となった今では最大何%までいくのか楽しみである。



 それに素晴らしいのは性能だけではない、見た目もだ。


 鍔の無い簡素な造りの大剣で、柄から剣先まで吸い込まれるような漆黒をしており、剣から立ち昇る刀身と同色の霧はエリカの消えぬ怨念を表現するかのように絶え間なく溢れる。


 ああ、美しい。見ているだけで吸い込まれそうだ。




「取り敢えず頬擦りしとこ」



〔止めなさい! 私の剣に変なことしないで!〕




 頬擦りがダメならば抱きしめよう。そして(エリカの)剣に俺の血を吸わせて俺達の一体感を更に高めるんだ。


 ひしっ、と抱きつき、刃を体へ押し込む俺。興奮で沸騰した頭は流血と共に冷めていくも、そんなもの誤差の範囲だ。今の俺は誰にも止められない。




〔はぁっ!? どうしてそんな嬉しそうな顔で抜き身の剣を抱きしめてるの!?〕



「アハハハハハッ。愛してるぞエリカ!」




 エリカ(の剣)を包んでエリカ(の声)に包まれる、最高の気分だ。


 この世に俺以上の幸せ者はいないだろう。


 そして俺は【復讐誓約】が発動するまで(要は一回死ぬまで)剣を抱きながらエリカへ愛を叫んだ。

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