第2話

 目覚めは最悪だった。


 響く轟音、何かが燃える音、無数の断末魔に耳にこびり付く。




「うっせぇ、なんなんだよっ!」




 心中から不安と恐怖が湧き上がった。それを振り切るように怒鳴りながらカーテンを開ければ、地獄絵図が広がっていた。


 虚ろな目で犯される女性、バラバラに引き裂かれる子供、空には無数の怪鳥が飛び回り、地面には人型の黒塊が転がっている。


 それらを成したと思われるのは化物達だった。比喩では無く、本当に小説やゲームから飛び出してきたような──




「こいつ等『コグモ』のモンスターかっ!」




 『蠱毒こどく蜘蛛糸くもいと』、通称『コグモ』は人気ソーシャルゲームのタイトルで世界観は特殊な能力を与えられた者達が、たった一つしかない『何でも願いを叶えられる』権利を巡って殺し合うという設定だ。


 そして、いずれ殺し合う間柄だとしても効率よく生き残る為にチームを組む者達は出てくる。主人公は男性だが、そうして出来たチームの一つを指揮するリーダーだ。


 『コグモ』は、俺が大好きだったソシャゲのタイトルでもある。昔はユーザー同士のランキングバトルで一位を取るほど熱中しており、熱が冷めた今でも惰性で続けながらランキング上位をなんとか維持している。




「なんで、こんなところに『コグモ』のモンスターがにいるんだよ」




 再確認するまでもなく、『コグモ』のモンスターはゲーム内の存在であり現実には存在しない。だが、現に眼下で建築物を破壊し、人間を虐殺している。


 あまりにも現実離れした光景にしばし呆然とした後、夢かと疑い頬を抓るが、ちゃんと痛い。


 どうして、こんなことに。昨日までに、実装予定のキャラに課金する予定の貯金で遊べばよかった。


 嘆いても状況は変わらない。とりあえずモンスターに見つからないよう開けていた窓とカーテンを閉めて身を隠すことにした。




「ちくしょうっ!」




 『コグモ』のモンスターがいるなら主人公達も出てきて奴らを倒してくれよ。それが駄目なら、せめてゲーム武器の一つでも渡してくれ、俺がいくら課金したと思ってるんだ。


 恐怖でガタガタ震えていると、あることを思い出す。現状を変えることが出来るかもしれない、けれど期待するには心許ない微かな希望が。




「……昨日、変なメッセージがきてたな」




 現実的に考えるなら、この状況で気にするべき事は他に山程あるだろう。しかし、メッセージと魔物の出現したタイミングから、どうにも無関係には思えなかった。


 いや、それは言い訳で本当は普段通りにゲームをやることで落ち着きたかったのかもしれない。どう言いつくろっても今の俺は冷静では無かったのだから。泥棒に入られた被害者が警察ではなく親しい相手に電話を掛けるような心境だったのかも知れない。


 震える手でスマホ掴みアプリを開く。どうせ、すぐに裏切られる期待だと思っていたら、意外なことに希望は繋がっていた。




「メッセージが増えてる」




 昨日のやり取りの後、一切反応がなかったのに今日の早朝にメッセージが送られていた。普段なら運営の営業時間外なので絶対に送られることはないというのに。


 その不自然なメッセージには、こう書いてあった。




 『おめでとうございます。


 全プレイヤーの中でエリカ・デュラの親愛度が最も高い貴方へ彼女の能力を進呈します。能力はステータスで確認出来るので、ご自身でご確認下さい。


 なお、所持アイテムやキャラクター等は一部を除きリセットされますので、ご了承下さい』




「どういう事だ?」




 能力の進呈? それも親愛度が関係してるようだが、あんなのキャラを使い込めば上昇する何の意味もないただの、やりこみ要素だ。


 ステータスの増加やストーリーの開放がある訳でもない、せいぜい得られるとしたら自己満足だけのキャラをどれだけ使ったかを示す数値。それが親愛度だ。


 いや、逆に考えれよう。不自然な程に得られるモノがない親愛度、そして昨日の運営が送ってきたメッセージの『愛していますか?』『証明して下さい』の文から察するに、この世界で何かをさせるための隠し要素か。


 大まかな考察が終わり、次は『能力』とやらがエリカのストーリー由来の力なのか、ゲームの戦闘システム由来の力なのかで出来ることが大きく変わるな、と考える。


 まぁ、俺の最推しであるエリカに関する力なら何でも嬉しいのだが。思考の合間に、そんな惚気(?)を挟んでいると、脳内に聞こえる筈のない声が響いた。




〔ルーベン、『裏切り』は許さないわ。私に証明しなさい〕





 それは俺が愛した彼女の声だった。


 ありえない。それが、俺の理性が下した判断だ。何故なら俺が聞けるエリカの声は機械越しのノイズが混ざった音声だけであり、そもそもエリカを含めた『蠱毒の蜘蛛糸』に出演した声優は昨日までに全員謎の失踪を遂げているのだから。


 ああ、でも──




「エリカが望むなら何でもしよう」




 そんなこと、どうでもよかった。


 謎が謎を呼び、ついでに呼んでもいない謎が追加されて分からない事が加速度的に増えていく現状。俺の平凡な脳味噌では処理が追い付くはずもない。


 けれど、彼女は俺の名前を呼んでくれた。現実で親が付けた名前ではない、俺が俺のために付けたエリカ達と関わる為の名前をだ。


 ゲームストーリーで他キャラ第三者へ向けた言葉ではない、俺だけに向けた言葉。


 ほんの少しの言葉だったが、俺の抱く全ての疑問を踏み潰し全身を歓喜で包むには十分だった。




「ああ……、今ならドルオタの気持ちが理解できる」




 幸福の息を吐いてから感想を述べる。


 推しに認知されるのが、これほど嬉しいとは思わなかった。それが認知されるなど有りえないと思っていた二次元嫁相手なら尚更だ。


 しかも運営が寄越したメッセージの書き方だと、エリカの能力を貰えるのは俺だけに思える。つまりはエリカの声を聞けるのは俺だけの可能性が高い。これは非常に嬉しいことだ。


 ゲーム時代、俺以上どころか俺並にエリカを使い込んでるプレイヤーは存在しなかった。


 何故わかるかと言えば、毎月運営が発表していたキャラ毎の親愛度ランキングTOP3で俺の親愛度が2位を大きく引き離しており、同率一位など有りえなかったからだ。(流石にユーザー名までは公表されなかったが数値で自分だとわかる)


 当時は運営がなぜ親愛度ランキングなど発表しているのか理解できなかったが、ゲームの現実化このための布石だったと今ならば分かる。




「ははっ。推しを完全に独占出来るなんて、こんなに嬉しいことは無いな」




 本当に素晴らしい。推しの独占現状を維持し、さらに彼女の言う愛の証明要求を満たすためなら文字通り何でも出来るほどに。




「なあ、証明するには何をしたらいいんだ?」




 僅かに精神のたがが外れてきたことを自覚しつつも自重する気はなく、むしろ自ら狂気に染まらんとエリカの言葉を求める。




〔……〕




 無言、ちょっと悲しい。ゲームでは誰に対しても塩対応だったので、エリカらしいと言えば終わりなのだが、やはり好きな相手とはどんな形でも関わりたいものだ。


 まあ、いい。聞いておいてなんだが、俺が彼女への愛を証明する手段など決まっている。




「っ!?」




 思考は自室の窓が割られる音に遮られた。音の発生源を見れば成人男性ほど大きい灰色の鳥が窓から入って来ていた。


 こいつは外を見たときに飛んでいた鳥の一匹である『ストーン・イーグル』。ゲームでは序盤の雑魚敵だったこいつも、現実になった今では武器を持たない一般人など簡単に殺せるほど強い。実際ストーリーでもそうだった。


 丁度いい。こいつをエリカへの証明の第一歩としよう。




『ガァァァッ』




 『ストーン・イーグル』は威嚇いかくするように咆哮しながら周囲にあった家具を破壊する。少し前の、エリカの力を得る前の俺ならば、震え上がり泣き喚いて許しを請うただろうが今は違う。


 大好きな人に言葉勇気を貰ったのだから。


 さあ、殺してやろう。彼女への証明のために。


 俺の証明方法とは。




「エリカの最強を証明することだ!」




 【絶対制裁】


 何の説明も受けてないエリカの能力は驚くほどスムーズに使えた。


 無意識に技名を念じた直後、虚空から現れた漆黒の大剣が手の平に収まり、そのまま俺は何かに導かれるように『ストーン・イーグル』を斬り裂いた。


 ゲームのエリカと全く同じ動きで。




「ァァァ……」




 俺に抵抗されると思っていなかったのか、嘲笑して余裕を見せていた『ストーン・イーグル』は死に、あっさり灰となって消えた。


 勝てた、勝てたぞ。


 もちろん、こんな雑魚敵で『証明』が出来たとは思わない。だが、これは確かな一歩だ。俺がエリカへ贈る最強の『証明』への。


 今は、たった一度だけ声が聞けただけだが順調に進めばエリカと会話をし、さらに触れ合うことすら出来るかもしれない。




「夢が広がるな」




 世界中の多くの人間は不幸のドン底だろうが俺は最高の気分だった。自身の目的を果たすのは困難な道のりとなるだろうが、それでも一度諦めた当時を思い出せば今は遥かに簡単だろう。


 以前のように否定する人間がいるなら、口を開けなくすればいいのだから。


 そうして、明るい未来を想像した俺は嗤う。


 目的の為ならば、全てを捨て去る覚悟を宿して。

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