番外編

第36話オ ーガ村の夜語り



 長期休暇を利用してオーガの村にやってきたその日の夜。リヒトはロメリィに就寝の挨拶をした後、彼女の育ての親であるオーガのタンダの部屋に通された。

 大きな家具に囲まれた部屋にいるとちょっとだけ小人にでもなったような気分になる。そんな部屋の床には二組の大きな布団が少し離れた距離に敷かれていて、そのうちの片方をタンダが指し示した。



「リヒト、おぬしはこちらで眠るといい」


「あ、はい」



 ロメリィの寝室に招かれるのは断固拒否したが、見知らぬ他人と同じ部屋で眠るというのも緊張するものだ。

 なんらかのモンスターの毛皮で出来ているらしいかけ布団を被ったところで部屋の明かりが消えると少し落ち着いた。夏とはいえ山中にあるこの村は夜になると結構冷える。布団の中が温かくて心地良い。


(……でも眠れないな。なんか、起きてるのに夢を見てるみたいで)


 人間である自分がオーガの村にやってくるなんて、少し前なら考えられなかった。そしてオーガ達がまるで同族の客人を迎えるようにリヒトに接してくることも、貴婦人らしい容姿のロメリィが貴族たちの中に居る時よりもずっとオーガ達の中に馴染んでいることも、何もかもが衝撃で、まだその衝撃を受け止められていないのだろう。



「……眠れないようだな」


「あ……ごめん、なさい」



 寝付けずに寝返りを打っていたら暗がりからタンダに声を掛けられた。リヒトが動くことで出る衣擦れの音などで彼の睡眠を邪魔してしまったのかもしれない。



「いいや、構わん。……眠れぬならせっかくだ、人間の国でのロメリィの様子を聞かせてくれんか。あの子のことだから、きっと周りを振り回しているのだろう? おぬしも大変ではないか?」



 暗闇の中でタンダの落ち着いた声が静かに響いてくる。姿が見えなければ相手がモンスターだなんて思えないほど、それは慈愛に満ちた優しい声で、遥か昔にリヒトに向けられていた両親の声を思い出す程だった。



「ロメリィは……人間の中に馴染もうと頑張っていると思う、いや……思います……?」


「なんだ、なにか慣れない言葉遣いをしようとしているのか? 話しやすいように話して構わんぞ」


「……ありがとう。じゃあ、そうする」



 丁寧な言葉を知らないリヒトが平民らしい言葉を使っても、貴族ではないオーガである彼は気にならないようだった。

 そうしてタンダにロメリィがやってきたことを話す。彼女は努力をして貴族らしい振る舞いを覚えた。しかしどうにも思考の基盤がずれたままで、貴族らしい容姿とそれに反する行動をする。微妙にすれ違う貴族とロメリィの認識で誤解を招きやすい。しかしそんな彼女だからこそ、リヒトは友人になれたのだ。



「俺は平民だから本来なら貴族のロメリィと友人になんて、なれないんだけどな」


「……平民と貴族は民族が違うのか?」


「……ロメリィも同じこと言ってたなぁ」



 彼女にしたのと同じような説明をすると、彼女と同じように理解できないという反応が返ってきた。やはりこのオーガはロメリィの親なのだ。ロメリィの価値観の根底に、タンダの存在があるように感じる。



「民族や種族が違えど、力がある者は称えられるべきだ。村の者も皆、リヒトの力を感じ取っているからな。喜んでいただろう?」


「ああ、うん。……俺にはそれが結構、驚きで……まあここのオーガ達はロメリィで人間に慣れてるっていうのもあるのかと思ったけど。いや、ロメリィはオーガ思考だから人間っていうのもちょっと違うか……?」


「ロメリィがオーガ脳なのはそうなのだが、あれは儂らの中でも浮いている。十二歳の頃には衝撃波も打ち出せたし、大抵の大人より強かったからな……」



 ロメリィがオーガ的価値観を持ち、力こそすべてという思考なのは間違いないが、オーガは普通十代のうちにあのように強くなることはない。人間の年齢をオーガ年齢に換算したとして、三十代のオーガでも不可能だという。

 一人で周囲の成長を飛び越して一気に強くなったロメリィは特殊だ。切磋琢磨する友も、超えるべき師もいない。オーガたちの鍛錬を見て一度でその型を覚え、一人ですべてを昇華する。オーガたちの目標はロメリィとなり、誰もが彼女の背を追っている現状を彼は語った。



「だから対等な友人などいなかった。……外の世界へ送り出すことは心配でもあったが、おぬしのような友人を得られたなら良かったと思える。これからも娘と仲良くしてやってほしい」


「それは……」



 勿論、リヒトとてロメリィとこの先も親しくしたい。けれどそれは恐らく学園を卒業するまでの話だ。その後はリヒトもロメリィの傍にいることなどできないだろう。

 返答に詰まってしまい、沈黙が流れる。拒絶したい訳ではないが、拒絶と受け取られてしまっただろうか。



「……リヒトはロメリィが好きか?」


「えっ……!?」



 自分の恋心を見抜かれたのかと思い動揺した。できるだけ表に出さぬように自分でも封じ込めている感情だ。ロメリィには全く気付かれていない様子のその感情も、タンダから見ればわかりやすいものだったのだろうか。



「友として、あるいは同胞……仲間として、思ってくれているだろうか」


「……あ、ああ……大事な友人だと、思ってる、けど……」



 どうやら恋愛感情としての「好き」ではなかったらしいと胸をなでおろす。勿論、その感情を抜きにしてもロメリィのことは大事に思っている。友人として、人間として、尊敬しているし好きだ。



「ならばいい。おぬしにも何か事情があるのだろう。……おぬしがロメリィを大事にしている限り、ロメリィも変わらぬ。おぬしらの繋がりが切れることはあるまい。ロメリィが、決して切れぬようにするからな」



 そう言われて考えてしまう。卒業後もロメリィが、リヒトに会いに来ることを。

 どこかの貴族の物となり、物理的に離れ離れになってもロメリィはリヒトを忘れることなく、会いに来てくれるのかもしれない。馬車で一週間かかるような距離を数時間で走れるという彼女なら、どれほど遠く離れても、時には顔を見にきてくれるのかもしれない。


(……そうだったら……卒業後も頑張れるんだけどな)


 卒業後、リヒトは貴族の物になる。だからせめてそれまではロメリィの隣で、友人として過ごしたい。その先は――難しいと思っている。最初からその先なんて、望まない方がいい。


(あんまり希望を持つと、現実に裏切られた時につらくなる。……卒業まで、だ。その先なんて考えるな)


 それでもロメリィなら何か、規格外なことをして卒業後も友人関係を続けようとしてくれるのではないか――そんな気がしてしまって、首を振った。布団を頭まで被って、冷静になろうとする。



「そろそろ夜も深いな。……今日はロメリィに振り回されて疲れただろう。ゆっくりおやすみ、リヒト」


「……おやすみ、タンダさん」



 タンダは深く尋ねることなく、リヒトを気遣って会話を打ち切った。このオーガはとても優しい。その優しさは娘にもしっかりと受け継がれていて、この家の心地よさを作り出している。

 とても温かい家族、親子。それを羨ましく感じるリヒトはまだ知らない。近い将来、隣で眠るオーガを「父」と呼ぶようになることを。



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