第35話 オーガ令嬢の愛する力



 今日は非公式な会談がある。休暇中で人気のない学園の一室に、私とリヒト、グレゴリオにウラノスという四人で集まっていた。

 私がリヒトを婿にすると決め、リヒトがそれを了承したために王族でも色々と話し合いが行われたらしい。そこで決定したことをグレゴリオが伝えるための会談だが、緊張しているのはリヒトくらいのものでウラノスは朗らかに笑っているし、グレゴリオだってそう重たい雰囲気は纏っていない。



「平民である彼を公爵家の婿とするのは、ジリアーズであっても外聞が悪い。リヒトは没落した貴族の子であったということにし、貴族の後見人を立てるか貴族家の養子として家名を与え、貴族の一員として登録する……という方法でどうにかすることに決まりました」



 グレゴリオは何か悟ったような、すべての苦痛から解放されたかのような穏やかな笑顔でそう告げた。ジリアーズは見染めた相手を決して変えないので、王族も協力するしかないと言っていたイリアナの言葉を思い出す。どうにか折り合いをつけてくれるなら、私は文句などない。



「……リヒト。実親の存在がなかったことになるが、それについて何かあるか?」


「いや……ない。元から、あの人たちにとって俺は自分の子じゃないだろうし」


「なら、この案で問題ないな……ロメリィ嬢は何かありますか?」


「いえ、リヒトが良いなら私は特に」



 私から反対意見が出なかったことでグレゴリオは安心したように息を吐いた。このあたりの貴族の事情について私は疎いのだが、彼が頑張ってくれただろうことは分かる。それに私はリヒトを婿にできるなら割と他のことはどうでもいいと思っていて、理不尽なことでなければいくらでも協力する気はあった。

 


「後見人には僕がなりますよ。養子になってくれても構いませんしね、リヒト君なら歓迎します」


「先生が……?」


「はい。僕は君たちの協力者だと思って頂ければ」


「……ウラノス先生は権力に興味がないので、そのあたりでは信用できるというか……適材ですから」



 ジリアーズに婿入りする人間の後ろ盾となる者が権力に固執していると面倒である、というのはグレゴリオの口ぶりから察した。やっぱり私にはいまいち分からないのだが、頷いておく。

 リヒトの秘密を知る者は少ない方が良い、ということなのだ。これからは「平民とされていたリヒトは実は没落貴族の子であり、優れた魔力を持っているのでガージェ侯爵家のウラノスが家に迎え入れ、貴族に戻った」とすべての貴族に通達される。調べればその嘘は簡単に暴かれそうだと思うのだけど、王族がなんとかしてくれるのだろう。



「それから、卒業後にはジリアーズに領地を与えることになりました。そちらに本邸を構え、王都には別邸を用意します。ホロニャのあたり一帯をジリアーズ領とし、貴女が治めてください。領地経営についてロメリィ嬢は素人ですから優秀な教育係や補佐官を派遣します。……人材は検討中です」



 何故かここでグレゴリオが腹のあたりをそっと押さえた。心配になって声を掛けようとしたがそのまま彼が説明を続けたので口を閉じる。

 ホロニャ山にオーガの集落があることが分かり、あのあたりの住人は逃げ出して盗賊が住み着き無法地帯になりつつある。元々の領主にとっても悩みの種であり手に余る状況で、手放したいという意思が読み取れるような嘆願書が届いているらしい。

 しかしそんな土地でもジリアーズなら喜んで欲しがるのではないかということで、私の領地になる方向で調整しているという。

 自分の領地だとか土地だとかいう感覚はよくわからないが、つまり私が好きなように運営できて、オーガが山を出て麓に村を作ってもいい――というようなことなのだろう。それなら悪くはないし、人間とオーガの共生の地を目指してみるという試みもできそうだ。



「卒業と当時に、貴女はジリアーズの爵位を継承することになります。ジリアーズ女公爵として……国の貴族として、今後もよろしくお願いします。特に関係の悪い国との社交の際などは是非、顔を出していただきたいと」


「……それ、ロメリィに他国を脅せって言ってるのか?」


「ロメリィ嬢に脅す気はなくていい。ただその場にいてくれれば充分だと……先日、思い知った」


「ああ、先日のパーティーは面白かったらしいですね! 僕も行けばよかったかな」



 先日のパーティーでの私の行動は、多くの貴族に恐怖心を植え付ける結果になったということで私はあのあと酷くババリアに叱られてしまった。そう言うババリアは私が怖くないのかと不思議だったのだが、私の意図と周囲の認識がずれているだけだから自分が怯えるようなことはないがあの行動は淑女ではないと小一時間説教されたのである。



『まあ、あれでは貴女の周囲の者に手を出そうなんて誰も思わないでしょうけれど。けれど貴女と近づこうとする者もいなくなってしまいましたよ、どういうことかお分かり?』


『そうなのですか。リヒトに誰も手を出さないなら結果は上々ですわね』


『上々な訳がないでしょう! これだから貴女という人は――』



 私を社交に呼びたがる貴族は余程肝が据わっているとまで言われたので、私は問題なかったと思ったけれど社交は失敗だったらしい。……イリアナからは機嫌の良さそうなお茶会の誘いが来たというのに。どういう状況なのかは彼女から詳しく教えてもらった方がいいかもしれない。

 長い説教を思い出しそうになったので頭の中から目を吊り上げた婦人の姿を追いやった。床を割ったこともしっかり叱られ、それについては深く反省している。物はいつか壊れるとはいえ、他人の物を壊してはいけない。



「ごめんなさい、殿下。床の修理費用は……出せないのですけれど……必要な素材などありましたら、モンスターでも鉱石でも取ってきますのでおっしゃってくださいね」


「いえ、魔法で修理できますので問題ありません。……でもそうですね、ロメリィ嬢ならそういう方法がとれることは覚えておきます」


「…………なあ、床の修理ってなんだ。ロメリィ何したんだよ」



 隣からリヒトが小声で尋ねてきた。そういえばパーティーで何があったかなんて彼には全く話していなかった気がする。

 グレイス=ミルトンのリヒトに対する言動には腹が立ったが、それを抑えつつどうにか私の意見を理解してもらおうと貴族の言葉で説得してきた。しかし怒りを抑えようと頑張ったせいで体に力が入りすぎてちょっと物を壊してしまったと、そういうことなのだが。



「私の大事な宝に誰も手出しをしないでほしいとお願いしてきただけですわ。ただ、少し……力が入りすぎて床を割ってしまって……」


「…………ああ、ちょっと想像できた。ロメリィのお願いは、脅しに聞こえたんだろうな」


「全くその通りで……はあ……いえ、済んだことは仕方がありません。ロメリィ嬢に関しては受け入れ、諦めることが肝心なのだと教わりましたからね」



 どこかで似たようなことを言われたような気がする。それを言ったのは、イリアナだっただろうか。グレゴリオは彼女の婚約者なので彼女からそう言われたのかもしれない。



「とにかく方針としてはお伝えした通りで、細かいところはこれから詰めていきます。どうか、くれぐれも、ご協力をお願いします。ロメリィ嬢はできるだけ、問題を起こさないよう……できるだけ問題を起こさないよう、残りの学園生活を送ってください」



 二度も同じ言葉を繰り返して念押しされたので頷いた。私としても別段、問題を起こそうとして起こしているつもりはないのだが。何故か私の周囲の認識がすれ違っていることが多いのである。

 これからの大まかな行動方針は決まった。今後はそれに向けて、グレゴリオを筆頭に王族が全面的に協力しつつ色々と調整してくれる。その代わり私は、彼らの要請を受ければ社交に出たり、王家と仲が悪くないことを示すために彼らの依頼を受けて貴重な素材を取ってきたりすることになるという訳だ。



「ひとまず卒業までは、引き続き私が窓口です。卒業後は……ジリアーズ領に派遣される者が窓口になるでしょう」


「まあ、そうなんですか。私はグレゴリオ殿下でしたら信じて頼れますのに……」



 グレゴリオは胃を抑えながら「補佐官が決まりましたらまたお伝えします」と言っていた。卒業しても彼との縁が切れるとは思えないのが不思議なところである。

 ウラノスは今後もしばらくは学園の教師を続けるが、ゆくゆくはジリアーズの領地に研究施設をつくりたいなんてことをふわふわと笑いながら語っていた。今回の件に協力する報酬として貰う予定であるらしい。


 そうして会談は終わり、グレゴリオとウラノスはそれぞれ戻っていった。昼の時間となっていたため、私とリヒトは軽食を持って東屋へ向かう。残りの休暇は一週間程で、気温はやわらぎ涼しくなりつつあるがそれでもまだ暑さは感じるので、図書館ではなく花園の方だ。

 


「……なんか、あんまり現実感がないんだよな。俺、貴族になるのか」



 リヒトはこれから貴族としての教養を身につけなければならないらしい。私がオーガの村から出てきた時のような勉強を彼もするのだろう。記憶力はあるので苦労はするだろうが覚えられないということはないはずだ。そのうち彼も貴人のように振舞うようになるのかと想像して、気づいた。……彼が平民でなくなってしまうと、マナーが必要になるはずだと。



「そうなると私はリヒトの前でもマナーを着なければならないのか?」


「いや、いらないだろ。俺は実際に平民なんだし……他の貴族がいない時は、そのままで」



 それはよかった。私はリヒトと、こうして鎧も武器も必要なく気楽に過ごせる時間が好きなのだ。彼が貴族になってもそれは変わらないなら安心する。

 そしてこれはきっと、元々貴族ではないリヒトも同じだろう。彼にとっても振る舞いを変えることは大変で、気疲れすることのはずだ。



「一からマナーや貴族の振る舞いを覚えるのは疲れるが、私も手伝おう。これに関しては一度経験した身だからな、かなり参考になると思う」


「はは…………振る舞いは参考にさせてもらうよ。でもそれ以外はちょっと……ロメリィは結構、ずれてるから」


「……それは、自覚はしている。私もまだ勉強中だ。……一緒にやろう」



 今まで以上に常識というものを教えなくては――と張り切っているババリアの姿が思い浮かんだ。覚えることは苦手ではないはずなのに、何故かババリアにはいまだに叱られるし説教される。リヒトが一緒にいてくれたら心強い気がした。彼女は私の事情を知りながら私の教師を務めていることもあって、リヒトの教育も任されるのではないだろうか。そうだったら嬉しい。



「一緒に頑張ろうな。卒業まで……じゃない。これからもよろしくな、ロメリィ」


「ああ、もちろんだ。これから先もずっと一緒だぞ、リヒト」


「……おう」



 リヒトが嬉しそうに笑った。日の元でも夜色の瞳はよく輝いてみえる。人間の国でもこの顔が見られるようになったことが何よりも嬉しい。


(人間の国もそんなに悪くはない。学園生活もまだ残っているし、やるべきことを一つずつ確実にこなしていかなければな)


 もうすぐ後期が始まる。ひとまず卒業までの私たちは婚約者だが、卒業して結婚したとしてもまだまだやることは沢山あるようだ。それでもきっと二人でなら、明るい光の中を歩いていけるだろう。



「そういえば親父殿にリヒトと婚約したことを知らせなければならないんだが……抱えていけば残りの休暇で行けるがどうする?」


「……いや、ちょっとそれは……考えさせてくれ……ぎりぎり馬車で行けないか、無理か……?」



 真剣に悩むリヒトを眺めながら、麗らかな午後は過ぎていった。

 ただ穏やかな時間に未来を思うと不思議と心にも体にも力が満ちるようで、心地よい。


(今ならきっと、どんなことでもできてしまうな)


 今私に満ちている力は、大事な人リヒトを見つけたからこそ手に入れたものだと思う。私はそれが、とても愛おしかった。


 

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オーガ令嬢は力がお好き Mikura @innkohousiMikura

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