第31話 オーガ令嬢、社交パーティーへ行く



「歩いて会場まで来る貴女を嘲笑う者がいるかもしれませんわ。……けれど、ロメリィさまは馬車にはお乗りになれませんものね」


「そうですね。……リヒトが一緒なら、乗れるのですけれど」


「まあ! 愛の力ですわね。それなら彼に送り迎えを頼んではいかがかしら? エスコートは……できないけれど。ロメリィさまのエスコート相手は、まだ決まっていないのでしょう?」



 貴族女性がパーティーに参加する時はエスコート役という、共に歩く男性貴族がいるものらしい。必ずいなければならない訳ではないが、エスコートする相手がいないと馬鹿にされる風潮だという。

 そもそも重いドレスと高いヒールを履くせいで歩きにくい女性を、会場に入るまでに段差などで転ばない様に支える男性がいた方が良い、というところから始まった文化らしいので、私には必要ない。

 私は誰かに支えられる必要はないし、もし必ず支えて貰わなければならないとしたらそれを頼みたいと思うのは一人だけである。



「いらないわ。リヒト以外に支えられたいとは思っていない……というより、支えられる人はいないと思っているから」



 私には弱点と呼べるようなものはほとんどない。馬車に乗る恐怖というのはその珍しい弱点の一つであったが、リヒトのおかげで克服できそうだ。他に、誰が同じようなことをしてくれるというのだろうか。私の弱みを助けて、支えてくれた初めての人間がリヒトだ。彼以外に同じことができるとは思っていない。

 それに重たいドレスだろうが高いヒールだろうが、それでも体勢を崩すようなことは決してないという自信がある。リヒトが参加できないなら形式的なだけのエスコートなど必要ないのである。

 


「ふふ、そうなのね。……ロメリィさまも乙女になったわね」


「そうかしら……?」


「ええ。ならば貴女は、普段通り堂々としていればいいと思うのよね。貴女は一人でも気高く美しい貴婦人。たった一人の竜の子、ジリアーズなんだもの。何も分かっていないお馬鹿さん達にようやく理解していただける日が来ると思うと、とても嬉しいわ」



 イリアナは貴婦人らしく微笑んでいるが鬱憤が溜まっていたのだろう。言葉が刺々しい。彼女はあまり感情を隠せない性質なので、私でも分かりやすい。

 彼女は私がパーティーに出る日を本当に心待ちにしているようだ。そこまで望まれるなら私も気合いが入るというものである。



「要注意人物といえば……ミルトン侯爵家の者には気を付けた方が良いかもしれないわ」



 聞き覚えのある名だ。リヒトを専属にしようとしていた家である。会えたなら私がもらい受ける予定だと一言断っておくのが礼儀だと思っていたのだが、イリアナはその家をあまりよく思っていないようだ。



「粗野で粗暴で嫁の貰い手のないオーガ令嬢を貰ってやるだのなんだのと……あの侯爵の口に扇を叩きこんでしまいたくなったわ」


「ふふ。それでは二度とお喋りが出来なくなってしまいそう」


「あら、無駄口しか叩けないならそうなってしまえばいいのよ。……とにかく不快なの。ロメリィさまもお気をつけて」



 彼女の忠告は胸に留めておく。私はそう怒りっぽい方ではないが、全く怒らない訳でもない。リヒトの件を話したら直ぐに離れるとしよう。

 そうしていくつか彼女からの助言を受けながらパーティーに向けて対策を練り、後日リヒトにも送り迎えを頼んでみると快く引き受けてくれた。衣装などは王族御用達の店から調達され、化粧係も城の者なので一流だ。


 こうして準備万端でパーティー当日を迎えた。背の高い私は広がりのあるふわりとしたドレスよりも、すらりと体の線を出すドレスの方が似合うと周囲の者に推されたため、体にぴたりと沿った形の真っ赤なドレスを着ている。

 足元に布がまとわりつくので邪魔と言えば邪魔だが、横に大きく広がるスカートのドレスよりは動きやすいのかもしれない。

 髪も綺麗にまとめ上げ、化粧は印象が強くなり過ぎないように薄めに。……周囲の者が言っていた言葉なので私にはよく分からないが、鏡の前に立った時は確かに普段と印象が違う。



「あの……本当にこの靴でよろしいのですか? 美しいですけれど、随分重たいです。歩き疲れてしまうのでは……」


「それがいいの」



 鎧蜥蜴アーマーリザードという頑丈な鱗を持つモンスターの銀の皮で作られた靴を履く。鉄のような重さらしいが私はあまり気にならない。何より丈夫であり、ヒール部分が広めに作られているのが良い。これならうっかり地面にピンホールを開けることはないだろう。

 扇は新しくデザインされたミスリル製のもの。クジャクの羽のようなデザインに変更され、実は一部に一センチ程の穴が開いている。いざとなったら口元を隠しつつ竜の息吹を飛ばせるという代物だ。



「これで戦力も申し分ないわ」


「ええ、この美しさならロメリィ嬢が一番でしょう! 本当にお美しいです」



 私の身支度を手伝ってくれた使用人たちはほう、と息を吐くくらい私の仕上がりに満足して送り出してくれた。

 パーティーの会場は貴族街の真ん中にある、社交専用の邸である。社交の時期はここで誰かしらが毎日のようにパーティーや茶会を開いていて、今日は王族の主催のパーティーだった。

 毎年この時期にすべての貴族家に招待を出す大規模なパーティーで、そこには私も含まれる。恒例の社交パーティーではあるが、今回の注目は初めて現れる“行方不明だったジリアーズ公爵令嬢”にあるだろうと言われている。


(つまり私だな。グレゴリオからは自由に動いていいと言われているし、出来れば全員の顔と名前を一致させたいところだ)


 おそらくほとんどすべての貴族が挨拶をしてくるだろうから、出来るだけあらゆる貴族と交流をしてほしいというグレゴリオの話には頷いた。中には素晴らしい力を持っている者も居るはずだから――と付け加えていたあたり、リヒト以外を婿に選んでくれないかという意識はあるのだろう。


(私はリヒト以外を婿にする気にはなれないと思うが……)


 そんなリヒトは城の裏口で馬車と共に待っているので、私はそちらに向かった。グレゴリオが絶対に人目につかないようにと配慮したので、周囲に人の気配はない。学園の制服を着たリヒトが馬車に寄り掛かって待っていたので声を掛ける。



「リヒト。わざわざすまないな」


「ああ、別にこれ……くらい、大丈夫だ……」


「……どうした?」



 ぱっとこちらを見たリヒトが私の姿を見て目を見開いて、ゆっくり顔を逸らしていった。軽く髪をかき乱し、少しだけ前髪で目元が隠れるようになる。



「……ちょっと眩しかった。今日はほら、月明かりが強いしな」


「そうか。たしかに、今日は明るい夜だな」



 空には大きな満月が浮かんでいて、雲一つない。普通の人間でも明かりを必要としないだろうくらいには明るかった。私の金髪は月の光をよく反射しているようなので、思ったより眩しかったのかもしれない。



「じゃあ、会場まで送るし……帰る時まで中で待ってるから」


「……頼んでおいて今更だが、本当に迷惑ではないか?」


「全然。……俺は、ロメリィに返したい恩がいっぱいあるからな」



 馬車の姿を猪へと変えながらリヒトが笑いかけてくる。……私とて彼に恩がある。だから恩を返そうだなんて思わなくていいのにと、そう思う。

 本当は歩いて会場へ向かっても良かった。風聞など私にとってはどうでもいい。それでも送迎を彼に頼んだのは、残りの長期休暇の間にリヒトに会う口実が欲しかったのかもしれない。

 猪の形をした馬車に乗りこんで、向かい側に座ったリヒトが魔法を解いてから出発する。リヒトが外を眺めていたので、私はその横顔を眺めることにした。その顔が段々と赤くなっていくのを不思議に思う。



「ロメリィ……なんでそんなに見るんだ」


「ああ、すまない。つい……見ていたくて」


「うっ……いや俺の顔なんて、面白くないだろ」


「私は好きだぞ?」



 夜色の瞳はオーガの村に居た頃に比べると光を弱めているものの、綺麗なものだ。もっと輝かせたいという気持ちでうずうずしてくる。……まあ私が見つめすぎたせいで恥ずかしくなったのか、今は手で隠されてしまったが。

 卒業後に私が彼を専属にする許可を貰ったことや、その後オーガ村に連れて行こうと考えていることを伝えたらあの輝きは戻ってこないだろうか。



「リヒト、もしよかったらパーティーの後に時間を貰えないか?」


「ん、ああ……いいよ。暇あるから」


「よかった。じゃあ行ってくる」



 会場となる邸に到着した馬車から降りて、一人で立つ。さて、初めてのパーティーだ。気合を入れていこう。



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