第29話 オーガ令嬢と別れの宴




 村の滞在も二週間目となり、明日には王都に向かって出発することになっている。私たちの滞在最終日ということで、オーガ達は総出で宴の用意をしてくれていた。

 村の中心にある広場で大きな焚火をして、ご馳走を並べ、酒を飲んで騒ぐ。酒はこういう宴でもなければ出さないので、酒好きのオーガなどは朝からご機嫌で鼻歌を歌っているくらいだ。



「リヒトは明日には帰っちゃうのか。また来てくれよ」


「まあ、来れたらな」


「微妙な返事だなー。もうこの村に住んじゃえばいいのに」



 リヒトに一番懐いている子供が駄々をこねて、リヒトは少し困ったような顔をしつつも嬉しそうに笑っていた。子供とはいってもリヒトとは頭一つ分も変わらないのだが、微笑ましい光景ではある。



「……それが出来たら俺も嬉しいけど。でも人間には色々あるんだ」


「ええー……あ、じゃあ誰かと結婚しろよ! 婿入りならいいだろ!?」



 リヒトが思いっきり咽た。たしかに私はリヒトをこの村に連れて帰る計画をしているので、そのあたりも重要な問題だ。リヒトであれば婿としても引く手あまただろう。実はオーガの男にはないリヒトの力と魅力に、ちょっとそわそわしている女衆も何人かいる。問題は人間であるリヒトが、オーガを嫁として迎える気があるかどうかなのだけれども。

 彼をこの村に連れて帰るなら、彼の結婚についても考えなければならないだろう。私にはその責任が生じるはずだ。



「あのな、俺なんかじゃ誰も婿になんて欲しがらない」


「そんなことはないぜ。結構女たちはリヒトのこと噂してる。……あ、でもロメリィ以外にしてくれ。ロメリィには俺、大きくなったら婚姻試合申し込むんだ!」


「待て。君が大人になる頃には、私はもう若くないぞ」



 二人の会話は聞こえていたので口を挟むことにした。オーガと人間では歳を取る早さが違う。私の三年が彼らの一年なのだ。彼が大人になるまでに二十年近くあり、その頃の私は四十を目前としている。人間の寿命は六十年程度、オーガの寿命は二百年程度なのだから夫婦として一緒に生きていくことは不可能だ。


(となるとリヒトの嫁も外から連れてくることになるな。ふむ……このオーガの村も人間と共生できるようにならないものか)


 課題は山積みである。しかし私はリヒトの穏やかな人生のために、力を尽くすつもりでいた。人間の国に居たらリヒトはきっとまた、取り戻しつつある力も失ってしまう。……それは許容できない。

 まあいざとなったら攫って来ればいいかとも思っているのだけれど。人間の国を捨てることにためらいはないし、リヒトも同じ気持ちであれば問題ないだろう。



「寿命なんて小さい問題だろ。俺は好きな女のさいご? まで一番傍で過ごしたいだけだぜ。だからロメリィは俺が大きくなるまで待っててくれよな!」


「それは誰の受け売りだ、あまり意味が分かってなさそうだぞ。……しかしそう望むなら頑張って修行に励め。私は力ある者が好きだ」


「よーし分かった。リヒト、魔法教えてくれ! 俺は気功も魔法もできる最強のオーガを目指すからな!」



 子供は無邪気なものだ。なんだか複雑そうな顔をしたリヒトはその子供に引っ張られて修行場に連行されていった。今日の宴の主賓である私とリヒト、それから子供たち以外は忙しなく宴の準備をしているので私やリヒトは子供の相手をするのが正しいのかもしれない。

 私もリヒトとは話したかったが、子供たちからすれば今日がリヒトと遊べる最後の一日であり、村を出立すればまた二人旅となる私にはいくらでも時間がある。ここは彼らに譲るとしよう。


(宴の時にも話す時間はあるだろうしな。最後までこの村を満喫して、ここを好きになってくれたらいい)


 そうして私は魔法ではなく体術方面で鍛えて欲しがる子供たちの相手をして過ごし、日が暮れる頃には宴が始まった。

 以前は人間に見つからないよう、村の中心部で大掛りな火を焚くことはなかったのだが今は事情が違う。人間とは平和協定を結んでいるのだから隠れる必要がない。中心に大きな火と料理を温めるかまどの火で、夜でも充分に明るく感じる。



「では見送りの宴を始めよう。ロメリィ、リヒト。主役はおぬしらだ。好きなだけ食べて飲んで、楽しんでくれ」



 村長の一言で宴が始まった。宴と言えば酒を楽しむものなので、私もさっそく二人分の杯に酒を満たしてリヒトに持って行く。

 人気者のリヒトはすでにオーガ達から色々と料理を取り分けてもらっているようで、オーガと料理の皿に囲まれていた。



「リヒト、これを飲むと良い。私のおすすめだ」


「ん、ああ。ありがとう。ちょうど喉乾いてたところだった」



 言葉通り余程喉が渇いていたのだろう、リヒトは杯の酒を一気に煽って――目を見開いて咽た。甘くて飲みやすいとはいえ酒なので、酒豪でない限りはその飲み方はしないだろうから当然だ。



「なっ……さ、酒かこれ」


「ああ。……もしかして嫌いだったか?」


「いや、飲んだことなくて……てかこれさっき子供が飲んでただろ。いいのか。人間だと十六歳からだぞ」


「オーガも同じだ。まあオーガの十六歳は人間でいえば五歳程度だが問題ない」



 十六歳のオーガでも酒に負けることはない。ずっと昔からオーガは生まれて十六年経てば酒を飲んでいい事になっている。人間とはそもそもの構造が違うし、気にしなくていいと伝えた。

 そもそもこれは子供向けの弱い酒なのだ。これで酔う者などいない――と思っていたが人間とオーガは違う。リヒトはその一杯で完全に酔っぱらってしまった。



「ははは。へぇ、それでどうなったんだ?」


「勿論決闘だ。俺たちは大概のことを拳で決めるからな」


「あーロメリィもそういうところあるもんな。はは、全員ロメリィみたいだ」


「ロメリィが俺達オーガっぽいんだよ、たまにロメリィが人間だってこと忘れるもんなぁ」


「はは! ロメリィはオーガ脳だからな」


「違いねぇ」



 先ほどから笑いが止まっていないのがリヒトである。こんなに笑うリヒトを見たことがないので、私は彼に話しかけるのも忘れて驚きながらその様子を眺めていた。リヒトと話したがるオーガが多いので、私は彼の隣の席を譲って別の丸太椅子に腰かけているため、その姿がよく見える。

 酔うと本心が出やすくなるオーガはいるが、この変わり様は中々見ない。人は酒でこんなに変わるのだろうか。


(いや……むしろ、こっちが元々のリヒト……なのか)


 周囲から否定され、自信を失う前のリヒト。私はその時の彼を知らないが、もしかすると明るくたくさん笑っている今の彼が――本来の姿なのではないだろうか。

 オーガたちもそんなリヒトといるのが楽しいのかこの辺りに集まってくる。中心の焚火からは離れているのに結構な人数だ。



「リヒトー! 魔法見せてよ、すごいやつ!」


「んーすごいのか……どんなのがいい?」


「うーん派手で綺麗なやつ!」


「ん、じゃあ……俺の得意なのを見せてやる。空を見上げててくれ」



 リヒトが空に向かって手をかざしたので、子供たちと共に私や近くに居たオーガ達が空を見上げる。彼の手から放たれた色とりどりの光が、夜空に向かって飛び出して、様々な形を作った。蕾が現れたと思ったらそれが花開いたり、愛らしい動物が走り出したりして、実に多彩な形と色で夜空を彩る。キラキラと光り輝くそれら絵に子供たちは歓喜の声を上げ、大人たちは感嘆の息を吐いた。



「やっぱリヒトはすごいなぁ!」


「ああ。すごいなぁ」



 この二週間で何度も聞いた言葉。私がリヒトに聞いてほしかった言葉があちこちから聞こえてくる。リヒトはそれをどう受け止めているだろうかと空から視線をリヒトに向けると、彼は丁度こちらに向かって歩いて来ていた。



「なあ、ロメリィ。……ここは、とても温かくていい場所だな。俺は……ここが、とても好きだ」



 酔っているせいなのか、宴の雰囲気のせいなのか、リヒトが初めて屈託なく笑う。再び空を見上げて新たな光の絵を描く彼の瞳には魔法の光が反射して、キラキラと輝いていた。

 今の彼の瞳には陰りがない。光がちりばめられた夜色の瞳はまるで満天の星空のようで――。


(……綺麗だ。今まで見た、何よりも)


 おそらく一時的なものだ。酒や宴の雰囲気や、オーガの村という彼にとっての非日常など様々な要因が重なって、このひと時だけリヒトの瞳は力を取り戻している。私はそんな彼の横顔に魅入ってしまった。

 だって私はずっとこの姿が見たかったのだ。初めて会った時から、力を取り戻したリヒトがどう見えるかが気になっていた。それがようやく、叶った。星空を映す瞳はまるで宝玉のようで、驚くほど美しく輝いている。

 もっと、ずっと、この先も。輝くような彼のこの姿を見ていたい。……誰よりも近くで、最期まで。


(ああ、そうか。……こういう気持ちか)


 昼間に子供のオーガの曖昧な告白を受け流したばかりだが、彼の言葉の意味を理解した。愛する相手の傍に、誰よりも近く、誰よりも長く居たいと思う。その者か、己の最期の時まで自分が一番傍にいたい。……ならば私は、リヒトを愛しているのだろう。私は誰にもその役目を渡したくないと思ってしまったのだから。


(……ふむ。よし、婿に来てもらえるよう努力してみるか)


 まずは、彼の意思の確認が先だ。私が婿入りしてほしいと思うだけではだめだ。リヒトも同じように、私の傍にいたいと思っていてくれなければ無理強いになる。彼が幸福でなければ、この輝きは失われてしまうのだから。それでは意味がない。



「リヒト、婿入りをしてこの村に住まないか?」


「あはは、ロメリィまでそんな冗談言い出すなんて。あんたも酔ったのか?」



 どうやら冗談としか思えないらしい。笑って流されてしまった。酒のせいもあるのかもしれないが今はなすべきではないのだろう。

 そう言えば私の言動は勘違いをさせると聞く。王都に戻って、イリアナに相談してみるべきかもしれない。



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