第28話 オーガ令嬢と友人のオーガ村生活



 リヒトが私の村にやってきて、一週間が経った。彼は何故か私の父親と共に寝起きすることになり、そして日に日に仲良くなっているのが目に見えて分かる。少し置いてけぼりをくらっているような寂しさと、大事な相手同士が仲良くなっていることへの嬉しさを同時に抱えて不思議な気分だ。



「リヒト! 魔法教えて!」


「ん、ああ……いま行くからちょっと待って」



 そしてリヒトはオーガの子供に大人気である。子供とはいってもオーガなので背丈はあり、リヒトとあまり目線は変わらないのだが、人間の年齢に換算すれば十歳程度になるだろうか。

 オーガでは気功術を覚え始める年齢だがリヒトの魔法を見てそちらを覚えたいと思う子供も何人かいた。どちらかといえば体格に恵まれない方の細身なオーガの子達で、魔法の方が向いていると感じているのかもしれない。

 最初の頃は戸惑っていたリヒトも今では楽しそうに子供たちに教えている、立派な師となっていた。



『オーガが魔法使うなんて聞いたことないけどな……本当に教えていいのか?』


『いいんじゃないか。一度気功を極めると私のように普通の魔法は使えなくなるが……子供の内ならどちらにでも修正できるようだからな。試してみたいならやればいい』


『そうなのか。じゃあ教えるけど……オーガメイジとかそんな名前で新種扱いされそうだな』



 そんな会話をしたのが五日前で、既に魔力を外に出して小さな水滴や火を灯せるようになっている子供もいる。

 目に見える成果であり、子供たちは喜んでリヒトを尊敬し、大人たちは微笑まし気に見守っていて――リヒトも嬉しそうに見えた。それだけでもここに連れて来られてよかったと思う。



「ロメリィ……! 今日こそお前に勝ってみせる! 試合を頼む!」


「ああ、分かった」


「ロメリィ! その後おれに指導して! 衝撃波がだせないんだ……!」


「分かった、ちょっと待っててくれ」



 このような感じで私も私で忙しい。本来なら婚姻試合とは相手の父親に挑んで娘に見てもらうものだが私の場合は父親より私が強いため、自ら試合をするのだ。防具をつけるように言われたのはこのためである。

 婚姻試合を申し込むオーガを軽く投げ飛ばした後、修行が上手くいかないという少年少女の相談に乗り、婚姻試合を申し込まれて相手を地面に転がし、子供たちの鍛練内容を一緒に考える。そんな充実した時間を過ごしていたらあっという間に日が暮れた。



「子供の体力ってすごいな、ついていけない……」


「はは。以前のリヒトなら一日もたなかっただろうな」


「……それはたしかに。俺、結構体力ついた気がする。ロメリィのおかげだな」



 明るいうちは私もリヒトもオーガたちにあれこれ構われるため、なかなかゆっくり話す時間はない。やはり私は眠るまでリヒトと話してみたいのだが、その役目は父親に取られていた。

 だから家に帰ってから眠るまでの時間が私とリヒトの時間である。学校に居る時よりも一緒に居る時間は少ないけれど、それでも普段よりもずっと長く、深く過ごせている気がした。……学校に居る時はほとんど授業であって、まともに話せるのは昼休みくらいのものなのだから当然かもしれない。



「もう折り返しか。一週間たった実感ないな……一日がほんとに短く感じる」


「それは楽しいからだろう。楽しい時間は短いものだ」


「……ああ、そうだな。毎日すごく楽しい。さすがロメリィの故郷だよ」



 その時の彼は本当に楽しそうに、屈託なく笑っていた。初めて見る類の笑顔で、ついじっと見入ってしまう。この一週間でリヒトは少しずつ、元気になってきているのだろう。ここには彼を平民だと見下す者も、魔力持ちだと気味悪がる者もいない。

 オーガにとってリヒトは強い力を持った、敬うべき存在だ。魔法という新しい力ももたらしてくれて、子供も大人もこの一週間ですっかりリヒトを気に入っている。旅立つ前には盛大に見送りの宴をやりたい、と彼らの方から言い出すくらいには。


(やはりリヒトはずっとここに居た方がいいんじゃないか? 卒業したら本気で勧誘してみようか。……そういえば、卒業後の話はしたことがなかったな)


 オーガの村を出て、自分より力のある婿を探すために人間の国の貴族の学校に通い、貴族との繋がりをつくりながら様々な人間を見ること。それが私の当初の目的だった。

 貴族の友人は出来たし、同期生たちの力はもう分っている。それ以外の貴族たちがどのようなものかは、休暇後半の社交パーティーとやらで見る予定だが――今のところ、リヒト以外に私より力を持っている人間はいない。

 しかしリヒトとてまた、弱っていて力を失っている状態なのだ。求婚しようとは思わない。


(私は卒業したら……別の国の人間も見に行くべきだろうか。ドロマリア以外の国もたくさんあるというしな。いや、その前にこの国の人間を一人残らず見ていくべきか。リヒトは……どうするつもりなんだ?)


 そういう真面目な話は、とても楽しそうにしているリヒトに訊くのはなんとなく憚られてあとに回す。眠る前に語り合う時間にでもしようと決めた。

 夜の食事も終えて、リヒトが風呂から上がってくるのを待つ。彼はお湯でないと体を洗えないというので彼専用の風呂桶を家の裏に作ってあるのだ。体を洗浄するくらいなら魔法で出来るからいいと言われたが、人間の風呂は気持ちいいしオーガ達も湯の風呂に興味を持ったので作ることにした。他の家でも同じ物が作られているが、私は行水の気分だったので一人で村はずれの泉に行って帰ってきたところである。

 帰りには蛍が飛び始めていて綺麗だったので、あとでリヒトを誘って見に行くのもいいかもしれない。



「あれ、ロメリィ早いな。泉に行ったんじゃなかったか?」


「行って帰ってきた。……蛍が飛んでいて綺麗だったぞ。見に行かないか?」


「ん、いいな。行くよ」



 父親に一言声をかけてから散歩に行く。人間の街には夜でも魔法の明かりが溢れているが、ここでは皆家の中に火を灯すだけだから夜は暗くなる。星の川が流れる空の下を、リヒトの光魔法で足元を照らしながら二人で歩いた。



「ロメリィは蛍が好きなのか?」


「そうだな。私は結構、光るものが好きらしくてな。こういうのは見に行きたくなる」


「……竜の性質かもしれないな、それは。竜は宝石を集めるものだったらしいから。ロメリィは人間でもあるからそこまで強い欲求じゃないとか?」



 そうなのかもしれない。蛍も星空も私はどちらも大好きだ。キラキラ光るものに惹かれるのは昔からで、宝石も勿論嫌いではないが所有したいとまでは思わない。目に入ると嬉しい、くらいのものである。

 村のはずれにある泉には直ぐにたどり着いた。蛍がふわりふわりと飛んでいて、私はそれを楽しく目で追う。リヒトも魔法の光をすぐに消してその光景を楽しんでいるようだった。



「俺をこの村に連れてきてくれてありがとうな、ロメリィ。一生の思い出になると思う」


「それはよかった。……なあ、リヒト。卒業したら君はどうするつもりなんだ?」


「んー……実のこというと、俺の将来は俺が決められることじゃない」



 その話は初耳だ。驚きながら彼の横顔を見つめた。私の目にはこの暗さでもはっきりとリヒトの表情が見える。ここではない遠くを見ていて、儚くて、どこかに消えてしまいそうな微笑みが浮かんでいた。



「卒業したら俺はどこかの貴族の物になる。平民の魔法使いは貴族に仕える決まりだ」


「……そうなのか」


「ああ。俺には自分の将来のことは分からないし、決められない。だからさ……俺が決められるのは卒業するまでの間の自分の行動くらいだから……その間はロメリィと居たい、とは……思ってる」



 今度は彼の目元が赤く染まっている。私は当然、卒業まで彼と過ごすつもりでいたので少し驚いた。リヒトにとっては、それは確定事項ではなかったらしい。



「私は元からそのつもりだった」


「ん……そっか、ありがとな。じゃあ、残りもよろしく」



 リヒトが笑う。嬉しそうに、けれど寂しそうに。彼は卒業したらどこかの貴族の専属になるらしい。しかしまだどの貴族の専属になるかは決まっていないように聞こえた。

 貴族が彼をどのように思っているか、私はよく知っている。まともな扱いにはならないだろう。――ただ、私も貴族という身分を持っているのだ。


(そうか、私がリヒトを専属にしてオーガの村に連れ帰ればいいんじゃないか? うむ、それがいいな。人間の国へ戻ったらグレゴリオに相談してみよう)


 こういう時にこそ権力というものを使うのだろう。私はまだ人間の国の仕組みが完全に理解できていないし、それが本当に可能なのかは分からない。私が頼み込めばグレゴリオは何とかしてくれるとは思うのだが――リヒトにはグレゴリオから許可を貰って正式な決定がされたら話すべきだと思うので、今はまだ私の心の内に留めておくとしよう。

 

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