第24話 オーガ令嬢と試験結果
かくして魔法学園の休暇前試験が始まった。魔法基礎学、魔法応用学、魔法実技、魔法史、魔法技術学の五項目である。
各種目百点満点で、採点はウラノス。この成績は上位三名のみが順位と点数を公開されるということもあってか、どの生徒も真面目に取り組んでいるようだった。
私とリヒトはとくに気負うことなく試験期間を過ごした。ただ体が疲れては頭も回らなくなるということで昼の運動は控えて軽い柔軟だけをこなし、あとは互いに試験の範囲の知識の確認をしていたくらいだ。普段は誰も来ない図書館にもちらほらと生徒が足を運んでいたので、その間はまた別の休憩場所を探すことになってしまったが。
「ロメリィ、ここどうやって見つけたんだ?」
「高い場所に上ったら見えたのでな」
「……まあ、そうだよな」
他の生徒たちが散歩やお茶会を楽しむ花園の奥、そこにひっそりと隠れたように薄暗い東屋がある。おそらく元々はこちらが中心部だったのが、花園を広げたりなんたりとした際に隅に追いやられて忘れられてしまったのだろう。生垣の迷路の奥でもあるので、他の生徒はこの場所を知らないようだった。
正面から入らず裏の方から、壊れてしまっている生垣の隙間を通って入ればすぐに行ける。しかしこういった廃れたような雰囲気のところに貴族たちは近づかないので、私以外が見つけることはなさそうだ。
「……ここもなんだかんだ静かで落ち着くな」
「そうだな。緑の香りも濃いので私も好きだ」
蔦に絡まれた東屋は、緑の葉で日の光を遮られて涼しい。段々と暑い季節になってきたので、これからは日当たりのいい図書館裏の東屋よりもこちらの方が過ごしやすいのかもしれない。
長期休暇が始まるまでの短い期間ではあるが、こちらに来てもいいだろう。
「そういえば実技は大丈夫だったのか?」
昨日は実技の試験があった。ウラノスに自分が出来る最も難しい魔法を見せる、という内容だ。その魔法に使われる魔力量や技術力を見て、彼が採点する。魔法研究が大好きなウラノスなので採点は厳しいとされていた。
リヒトは私が普通の魔法を使えないことを知っているのでそれを気にしてくれたのだろう。
「ああ。竜の息吹を見せたら喜んでくれた」
「……あ、小さい方のやつか。そうか、それなら評価も良さそうだ」
頬を膨らませて魔力を練り、大口を開けて吐き出す方の竜の息吹は威力が高すぎるし、ババリアに「淑女は大きく口をあけてはなりません!」とマナー違反を叱られるだろうから貴族の前ではできない。
だからこそリヒトに付き合ってもらって小さく息を吹きかけるようにするだけで使える竜の息吹を完成させたのだ。
「長期休暇中一緒に研究しないかと誘われたくらいだったから、きっといい評価がもらえると思う」
「……ウラノス先生らしいけどな。あの人、変わった魔法が大好きだから」
「ああ。しかし予定があるからな、しっかり断っておいた。……楽しみだな?」
「……ん……」
長期休暇にがリヒトを連れて里帰りする予定なのだ。後半では社交にも出ることになっているが、とにかく今は里帰りを楽しみにしている。リヒトも小さく笑いながら、どことなく照れ臭そうに頷いてくれた。
そうして一日一科目ずつをこなし、合計五日間のテスト期間が終了する。試験二日、週末休み二日、試験二日、中休日一日、試験最終日という日程だったので試験終了まで一週間かかった。
その後一人でウラノスが採点をしなければならないので、結果が出るまでもうしばらくかかる。授業はその間自習期間となり、学校に来て学習しても良いし自宅で勉強しても良い。しかし自習期間とは名ばかりで、休暇に入って領地に帰省する者も多くなるためその準備期間とされている。
となると貴族たちは学園には来ないのだが、私は登校した。もちろんリヒトに会うためだ。
「おはよう、リヒト」
「おはよう、ロメリィ」
他の誰もいない教室でリヒトと挨拶を交わす。周囲に人がいないことは確認済みだったので貴族口調ではない挨拶だ。いつもは誰かしら貴族の目があり貴族言葉を使っていたので、このように挨拶を交わしたのは記憶にある限り初めてだった。
「今日は旅行の計画を立てるんだな」
「ああ。休みは目前だからな、しっかり考えておかないと」
私にとってはリヒトと一緒に予定を立てるのが帰省の準備になる。馬車に関してはグレゴリオが手配してくれることになっていて、オーガの村での滞在期間が二週間、往復の移動時間を一週間という日程で考えていた。
「……王族に用意してもらった馬車に、本当に俺が乗っていいのか?」
「むしろリヒトのために用意してもらったんだ。乗ってくれ」
私はいまだに馬車に乗れない。何度か試してみたけれど、乗る前にぴたりと足が止まってしまう。物理的に止められている訳ではないのに動かないから不思議だ。
グレゴリオには私ではなくリヒトに使ってもらうことをしっかり説明している。「本当に婿と決めた訳ではないんですか?」と訊かれたが、そのつもりはないと答えたら快く用意してくれた。
「ん、じゃあ移動は馬車だな。三日かかるから泊まる場所を決めとこう。大体一日で進むのはこの辺りまでだから……」
「ああ、それはグレゴリオが宿もしっかり用意してくれると言っていた。たしか街の名前が――」
二人で地図を覗き込み、そういう話し合いをしていく。それだけで楽しかったせいかあっという間に時間が過ぎ、その後は貴族たちがいない食堂で食事を摂った。ウラノスをはじめとする職員がいるため、この期間も食堂は利用可能だ。私が顔を見せると酷く驚かれたが。……半分くらい怯えも交ざっていた気がする。
そのようにして充実した自習期間を一週間過ごしたら、いよいよ試験結果の発表だ。教室の前に成績優秀者三名のみが張り出されている。
100点×五科目なのだから、合計は満点でも500点となるはずだ。しかし一位の生徒――リヒトの点数が505とされていた。
ちなみに私は五教科満点で二位、三位は490点のグレゴリオである。生徒たちはこの成績の結果を見てざわついていた。
「平民のあの点数は一体なんだ?」
「満点以上で一位というのは……何の不正だ。講師に賄賂でも渡したか?」
「渡せるような賄賂があるとは思えない。どういう媚を売ったんだ?」
それは騎士家系の生徒たちだった。他の貴族よりも逞しい体をしていて、日頃から鍛えているのだろう。しかしどうやらあまり利口ではないらしい。
いくら変わり者のウラノスとはいえ、王族もいる貴族中心の学園でそのような不正が許される訳がない。……変わり者ゆえの評価基準で加点要素があったのだろうから、それを贔屓と感じる者はいるだろうけれど。それは“リヒト”だからではなく、誰でも同じことをすれば同じ加点がもらえるものだ。ウラノスとはそういう人間である。
「貴方がた、おやめになった方がよろしいわ。学園の講師は国王陛下に選ばれていると、ご存じでしょう? 今の発言は陛下を疑うも同然よ」
「い、いや、そんなつもりは」
「ではどのようなおつもりなのかしら」
私が口を出す前に別の生徒が声を上げた。扇で口元を隠しながら、厳しい視線を男子生徒に向けているのはイリアナだ。彼女が口を出さなければ私が何か言っていただろう。
慌てる男子生徒と言い訳を許さないイリアナを、グレゴリオが仲裁しに出てくる。私とリヒトはそれを離れた場所で眺めていた。成績は大きく張り出されているので、生徒たちの集まりに近づかなくても見えるのだ。
「……ウラノス先生、あれを加点したのか」
「心当たりがおありなのね、リヒト」
「ん……ほら、魔法応用学の解答用紙、最後の方に自由欄があっただろ。あそこに……ロメリィの竜の息吹の考察をだな」
「ああ……それは、ウラノス先生が気に入りそうですわ」
竜の息吹を実演で見せて大喜びしたウラノスは私に色々と質問していたが、私は覚えたばかりの感覚を上手く貴族の言葉で言語化できなかったので、彼は長期休暇の間に自分で調べるから協力してほしいと言い出したくらいだった。しかし私はそれを断っている。
代わりにリヒトが私の魔法についての考察をしてくれたので、つい興奮して五点くらい追加してしまった。なんてことがあってもあのウラノスならば仕方がないと思う。
「平民とはいえ優秀であるのは事実ですわ。だからロメリィさまも注目しておられるのです。貴方がたは不平不満を述べる前に、あの平民を超える努力でもなさればよろしいのよ」
イリアナの舌弁はまだ続いていた。そしてその内容に全く持って正論だな、と頷く。彼女の声が離れた場所で聞こえているのは私だけで、リヒトは「何をもめてるんだろうな」と不思議そうに眺めていた。
「イリアナさまがリヒトを庇っています」
「は? ……え? 俺を? なんで?」
「不正を疑う他の生徒へ、貴方が優秀なのは事実だと。……貴方の力をきちんと見ている者もいる、ということですわ、リヒト」
暫くして場が治まるとイリアナは少し不機嫌そうにこちらに歩いてきた。ただ私をめがけてきたわけではないようで、近くに来て目が合うとほんのり目を大きくして、少し恥ずかしそうに一度目を伏せた。
「私、イリアナさまのそういうところがとても好きよ」
「……もう。ロメリィさまはすぐそうやって、嬉しいことをおっしゃるんだから。誰にでもそうなのかしら」
隣でリヒトがぴくりと反応したのが見えて、それに違和感を覚えつつも今はイリアナから目を逸らす訳にはいかない。話している相手から目を逸らすのはマナー違反なのだ。
「では、良い休暇をお過ごしくださいませ」
「ええ。イリアナさまも。社交でお会いしましょう」
この成績発表をもって、学園は長期休暇に入る。この後は個別にウラノスから呼び出され、総評を受けたら各自帰宅だ。
いよいよ始まる長期休暇に胸が躍る。しかし何故か、リヒトの瞳がほんの少し暗くなっている気がして気になった。
「……どうかいたしました?」
「ん、いや。なんでもない」
……何でもないようには見えないのに、何故だろう。彼が話す気がないのを察したのでそれ以上は詮索しなかったが、妙な様子が心配になった。
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