第22話 オーガ令嬢と竜の息吹
魔法の練習がしたい時はウラノスに許可を取れば演習場を使える。私とリヒトは放課後に許可を取って演習場を訪れていた。
広い空間に土と岩だけがあるような空間。ここにあるものなら壊してしまっても魔法で再生できるので、少しばかりやりすぎたとしても問題ない。思いっきり練習ができる。
「で、ロメリィがもうすぐで使えそうな魔法っていうのは?」
「竜の息吹だ」
「……やっぱりか」
リヒトが楽しそうに口角を上げた。最近、彼は楽しそうに笑うことが増えたように思う。それでもやはりまだ急にどこかに消えてしまいそうな儚さのようなものも残っていて、以前よりは良くなってきているが心配が消えたわけでもないという状況だ。
「それで、本当に口から出すつもりなのか?」
「そうだ。体内であれば魔力が練れることが分かったからな」
「……いや、まあ、当然の帰結なんだろうけどな。すごい光景だろうなそれ」
私の祖先である竜とて口から出していたのだから当然だと思っていたが、私は竜ではなく人間の形をしている。出来たら格好いいと思うのだけれどそれはオーガ的価値観であって、人間的ではないのかもしれない。
人間の魔法という技術は、想像の具現化だ。想像し難ければ呪文という言葉にしてもいいし、頭の中で完結していてもいい。とにかく明確に結果を頭の中で思い浮かべることが重要である。
彼らにとって魔法とは体の外に出した魔力に想像の形を与えるものなのだから、私以外に体内で作ったものを吐き出す魔法を使おうとする者はいないだろう。
「……淑女としてはまずいだろうか」
「まずいだろうな」
「そうか。でも覚えられるなら覚えておいた方がいいからな」
取れる手段が多いというのは良いことだ。選択肢を増やす努力を怠る気はない。私は人間の世界だけで暮らすわけではないし、貴族の前ではマナー違反になるとしてもそれ以外なら使える場面はあるかもしれない。
「ロメリィらしい。……で、どういう風にできないんだ?」
「それがな……こう、胃の中に魔力の塊を作るまではできる。あとは吐き出すだけなんだが、つっかえる」
「……つっかえる?」
竜の息吹は魔力の塊を放出するものだとウラノスが言っていた。体内であれば魔力を動かせる私はさっそく体の中で魔力の塊を作る練習をして、吐き出すことを考えて胃の中でそれが出来るようになったところまではいいのだが、出せないのである。
「上に持って来ようとすると吐き気がな……」
「……まあ、胃だからな」
さすがに吐き気と戦いながら魔法を使うのはどうかと思うので、気持ち悪くなったところで魔力の塊を解くのを繰り返していた。つまり弾はできているがそれを打ち出せない、そんな状況なのだ。
リヒトはしばらく考えていたがふと思いついたように顔を上げた。
「口の中で作ったらいいんじゃないか?」
「なるほど、それならできるかもしれない」
早速彼の助言通り口の中で魔力を練ってみる。胃の中よりも舌や口の筋肉を動かしやすい分、魔力を練りやすい。口いっぱいにほおばった肉でも噛むように魔力を練っていると、それを見たリヒトが小さく笑っていた。
「くっ……ちょっとリスみたいでかわッ……い、いやなんでもない」
「んむむんむ」
「っはは……何言ってるか全然分からないぞ、ロメリィ。あーもう……この姿はほかの貴族には見せられないな」
口を開けたら魔力が出てしまうので会話はできないし、笑っているリヒトの言う通り貴族の前でやるのもマナー違反になるだろう。マナーの関係ない平民である彼の前だからできることだ。
食事は少量ずつ口に運ぶもので決して頬張るような量を口に入れてはいけない。この姿を見たらババリアには「はしたない!」と叱られると思う。
(次はもっと最初の魔力を減らして、少しずつ密度を上げていくか。それなら頬張るような姿にはなるまい)
充分な密度の魔力が練れたら目標と設定した岩の方を向く。距離としては十メートルくらいだ。カパッと口を開け、魔力の塊は息を使って送り出した。風を切りながら飛びだした塊は目標まで一直線に飛び、岩を文字通り消し飛ばす。
「……うわ、凄い威力だ。跡形もないぞ。……ああ、純粋な魔力だからか。魔法として使う時に別の力に変換してない分、効率がよくて籠ってる力が多いんだ。竜の息吹は強力だったって文献にも残ってるしな」
例えば浮遊の魔法は地面に引っ張る重力という力に反発するよう、反対側に引っ張る力をイメージする。そこに弱い風の魔法を重ねて進む方角を決め、移動しているものらしい。調節すれば空も飛べるようになるが、重さや地面との距離が離れるほど使う魔力が増えていく。この魔法は魔力を二つの別の力に変換しているといえる。変換するのにも魔力を消費するため、こういう二属性同時魔法は魔力量がなければ多用できない。
しかし竜の息吹はただ魔力の塊を打ち出すだけなので変換に使う消費がない分効率よく使え、そんなに多くない魔力でも岩を消し飛ばせるという訳だ。
純粋なエネルギーが周囲を焼くから炎の魔法と見間違う、とウラノスが言っていた通りの結果である。
「もっと込める魔力を減らして、それから小さくしてみようと思う」
「ん、そうだな。それなら……ふっ……さっきみたいな顔にもならないし、いいんじゃないか」
「……そんなに面白かったか?」
「……ああ。ロメリィはいつも綺麗でカッコいいから、なんていうかな。小動物みたいなことするから普段との差がすごくて」
何故だろう。綺麗だとか格好いいだとか、散々オーガ達に言われ慣れていたはずの言葉なのに、腹のあたりがくすぐったい。
不思議に思いながら自分の腹をなでた。……妙な感覚だ。
「しかし魔力を小さく圧縮するのは難しい気がするな……上手く想像できん」
「ああ、あれは練習がいるよな。……まあロメリィならすぐできそうだけど。イメージしやすくなるように、俺が手本を見せようか」
「ああ、頼んだ」
「じゃあ……光がいいかな。分かりやすいと思う」
私が壊した岩と別の岩に向かって、リヒトが手をかざした。そこに現れた人間より大きな光の玉はゆっくりと縮んでいき、やがて親指の爪程の大きさへと変わる。小さいのに、大きかった時よりも眩しい光を放っていた。密度が上がって光量が増えたということだろう。
その小さくなった光の玉は岩に向かって放たれ、飛んでいく。そのまま岩を貫通した後、再び大きな光の玉へと変わって霧散した。
「あれは……岩が溶けているな」
「……この距離で見えるのか。ロメリィだからおかしくないけど」
十メートル以上離れた岩に開いた二センチ程度の穴の様子くらいなら見える。オーガの中でも私は一番視力に優れていた。……いや、私はオーガではなく竜交じりの人間だが。
「光は密度が高くなると熱を発するからああなる。そして収束させるのをやめたらああやって消える。……手本になったか?」
「ああ、想像しやすくなったと思う。やってみよう」
そうして次は小さな飴でも転がすように口の中で魔力をまとめていく。表面上は殆ど変わりがないように見えるだろう。扇で隠せば完璧だ。
しかし小さくまとめるというのは結構難しいもので、思ったよりも時間がかかった。十分以上無言の時が流れ、ようやく出来た魔力の玉を、今度は吹き矢でも飛ばすようにふっと吐く。直系一センチ程度の小さな玉が勢いよく飛んで行った。
今度の玉は岩にぶつかると、収束していた力が解けたのかぶわりと広がって当たった部分の岩が砂のようになった。
「……これで狩りを行うと獲物が消え去るな」
「まあ……暫くは込める魔力量を試行錯誤してみてもいいんじゃないか。もう少し小さくできたら……ロメリィの扇を加工して穴の開いたデザインにできればほら、扇の内側から出せるし色々誤魔化せたり、なんてな」
「ああ、それはいいな。グレゴリオに相談してみよう」
それから数日間の間、リヒトと一緒に息吹の威力調整のための練習をした。どの程度の魔力でどの程度の威力なのか調べ、私が思う通りの調節を出来るようになってからグレゴリオに扇の相談をすると「あの悪寒はこれでしたか」と言われたのだがどういう意味だろうか。
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