第18話 オーガ令嬢と勘違い



 狩りを行う時、狩人は極力気配を殺す。自然に紛れ、獲物に気配を悟らせない。殺気を漏らすなど言語道断である。

 まあ騎士は国を守るために襲い掛かるモンスターを屠るのが仕事だから、狩人の作法が分かっていなくてもしかたがない。とはいえ、背後に誰かいるだけでも落ち着かないのに殺気をちらつかせられたら尚更気になる。



「ルドルフ卿。それではいけませんわ」


「……どういう意味でしょうか、ロメリィ嬢」


「そのように殺気を隠せていないと、獲物に気づかれてしまうでしょう? いけないわ。狩りをするなら……獲物を狙う直前まで、殺気は完全に収めておかないと」



 振り返り、山吹色の瞳を見つめた。青ざめて身を固くする様子は怯えているようにしか見えず、直ぐに視線を前に戻す。……どうやら彼とは目を合わせてはいけなかったらしい。魔力量はそれなりに多いはずなのに、それでも怯える人間はいるなら私はどうやって目を合わせてよい人間と合わせてはならない人間を見分ければいいのだろう。

 そんなことを考えていたら前方にコチットの低木を発見した。ホーンラビットを狩れたらこれを使って食べるという約束をリヒトとしているのだ。通り掛けに実を二つほど取っておく。



「コチットだな」


「ええ。丁度良かったわ」



 ふと、思いつく。コチットで香辛料として必要なのは固い殻の内側に詰まった黒い粒だ。外側の殻はそれなりの厚みと硬さがあり、砕けば小さな破片ができあがる。それを矢のように飛ばして扱えば私でも狩りができるかもしれない。ならばと早速コチットの実を握り潰す。



「……今割る必要、あったのか? っていうかほんとに素手で割るんだなロメリィ……」


「少し考えがあって。…………ところでルドルフ卿、どうなさったの?」



 コチットの実を割った瞬間、背後でひゅっと息を飲む音が聞こえたので気になっていた。先程より顔色の悪くなっているルドルフは、もしかすると体調が悪いのかもしれない。



「顔色が悪いですわ。休んだ方がよろしいのではなくて? ……そうだわ、これを預かっていてくださる? 護衛はカーン卿が居れば充分ですもの。貴方は先に戻って、ゆっくり休んでいて」


「……はい……」



 今必要なのはコチットの外殻で香辛料部分は必要ない。ルドルフにコチットの中身を預け、足取り重く戻っていく姿を見送った。……余程具合が悪いようだ。無事に戻れるだろうか。



「戻るまで付き添った方がよかったかしら」


「いや、いらないだろ」


「……そう?」



 リヒトは冷めた目をルドルフの背中に向けていたが、直ぐに前を向いて無言で立ち尽くすカーンを見やる。……彼も彼で顔色が悪い。いや、カーンは最初から青ざめていたが。もしかして騎士団内で流行り病でもあって、私に怯えていただけでなく具合も悪いのではないだろうか。



「あんたは、どうすんだ」


「そうね。カーン卿にはそのまま案内をお願いしようと思ったけれど貴方も顔色が悪いわ」


「い、いえ、自分は何もありませんので……っ……ご、ご案内します」



 ……そうか。なら彼はただ、以前対立した時の恐怖が刻み付けられて私に怯えているだけなのだろう。私もあの時は必死だっただけなので、もう威嚇する気はないのだが刻み付けられた恐怖は中々ぬぐえないものである。

 その後しばらくカーンの案内で森を進み、ここから狩りに出るようにと言われた場所で私とリヒトはさっそく獲物探しを始めた。



「私は見えない場所に居る気配を探るのが苦手だから、探す時はいつも木に登っていたのだけれど……」


「……ロメリィは自分の気配が大きすぎて周りが探れないんだろうな。探知の魔法を使うから獲物を探すのは俺に任せてくれていい」



 リヒトはそう言いながら地面に手を着いた。足元を何かがうごめくような感覚があり、くすぐったさを覚える。彼の魔力が地面の上を広がっているのだろう。



「……北の方に大きいの一体がいるな。東には小さい動物の群れがある」


「では北へ行きましょう。重さがある方が点数が高いと資料にありましたから」


「ん、そうだな」



 この演習の成果でも成績が出る。獲物の重さと状態によって決まる仕組みで、それらを見て魔法がどの程度扱えるか、制御できるかなどを見るらしい。

 制限時間は二時間でその間に狩った獲物が成績となる。カーンは狩りにはついて来ず、最初の地点で待機するとのことだったので彼をおいて二人で出発した。

 獲物まではまだ距離があるとリヒトが言うので、疑問をぽつりと漏らす。



「護衛なのに一緒に来ないなら意味がないな。自分より弱い護衛は必要なのか元から疑問ではあったが」


「本来はついてくるはずだったんだと思うけど……まあ、ロメリィの脅しが効いたんだろう」


「脅した覚えはないが……?」


「ん、ロメリィは本音を丁寧な言葉で言ってるだけなんだろうけど……本来、貴族の言葉には裏があるものだから、勝手に勘違いしたんだよ」



 同じことを少し前にも言われた。イリアナも私の言動は人を勘違いさせるのだと言っていたし、そんなに誤解されやすいのだろうか。私はただ、とても正直に言葉を発しているつもりなのだが。



「多分さっきの騎士は俺を殺すよう命令を受けてたんじゃないか?」


「……は?」


「俺がロメリィの傍に居るのが気に食わない奴がいるんだろうな。俺はちゃんと自分の身分くらい……ロメリィ?」



 気に食わないという理由で同族を殺そうだなんて、理解が出来ない。そして平民は理不尽にそうして消されたとしても文句が言えない立場なのだろうか。

 私は、認識が甘かったのかもしれない。リヒトの立場は私が思っていたよりももっと、不安定で危ういのだ。



「……目の色が変わってる」


「ん……ああ、怒りを覚えると変わるらしいな、私の目は」



 普段は桃色の瞳だが怒りに感情が傾くと赤く染まると聞いている。自分で見ている訳ではないので、どうなっているのか知らないが。

 しかしどうやら私は怒っていたらしい。リヒトは私の大事な友人だから、当然と言えば当然だ。しかしこの国の人間は彼を粗末に扱うから、腹立たしく思っても仕方がないだろう。



「リヒト。……私は君を大事にするからな」


「はっ……!?」


「君を殺させなんてしない。それから、私はリヒトを絶対に傷つけないと約束しよう。大事な友人として」


「あ、ああ、そういう……」



 当然のことを言ったはずなのに何故か激しく驚いていたリヒトは落ち着かないように目元をこすった。そのせいなのか彼の目元が赤くなっているように見える。



「ありがとう。でも大丈夫だ、俺も簡単には殺されるつもりないし……大体、貴族でも理由なく平民を殺したら罪に問われる。だからこういう場合、事故を装う予定だったはずだ。たとえばモンスターに襲わせるとか……まあそれはもうできないだろうけど」


「ん、そうか……」


「……ちょっと落ち着いたか? 目が戻ったな」


「そうだな。それに……リヒトが怒っていないのに私が怒ってもな」



 不思議なことにリヒトは怒っていないのだ。私だけが怒りに支配されても仕方がないので、一旦矛先を収めることにした。……たしかにリヒトの実力であればそうそう簡単に害されることはないのだろう。

 だからと言って、そう簡単に許せる行いではないと思うが。むしろ機嫌が良さそうにも見えるので彼は随分と懐が広いようだ。



「ロメリィ、そろそろだ。……でもおかしいな、この獲物は全く動いてない」


「……それは妙な話だな」


「ああ。……こっちだ、ついてきてくれ」



 リヒトに続いて深い森を進む。息を潜めて気配を殺し、彼が探知の魔法で見つけた獲物に接近して――その姿を捕えた瞬間、別段気配を殺す必要もなかったことに気づかされた。

 巨体を横たえて大きないびきを立てながら眠っている。それは魔法陣の中に閉じ込められているので、自力では外に出られないだろう。



「……ジャイアントボアか。これが凶器になる予定だった、ってことかもな」



 本来なら動物が多く弱小モンスターくらいしか生息しないはずのこの森に居るはずのないそれが人為的に用意されたであろうことは、私でも分かった。

 恨みがある訳でもない。ただ、見下している相手が気に食わないという理由で、殺生という手段を取ろうとする。これは人の悪意だ。人間とはほんとうに――恐ろしい、生き物である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る