第17話 オーガ令嬢と魔法狩演習
獣狩りの魔法演習は晴天の元に行われることとなった。今日は気温も温かくて動物が活発に活動していそうだ。
演習中は二人一組の班に一人の騎士がつくのが基本なのだが、私の組には護衛の騎士が二人つく。ジリアーズにはどのような危険もあってはならないということらしいが、私より弱い護衛に意味があるのかは疑問である。
狩場となる森の前、生徒たちは普段の制服とは異なる“乗馬服”という服を着て集合していた。ここは学園からは離れた場所なので、それぞれの馬車などで移動してきている。……私は徒歩だが。
学園に住んでいるリヒトはウラノスと二人で馬車に乗ってやってきたようだった。私のペアは彼なので近づいていくと、ウラノスが笑顔で話しかけてきた。その話が始まる前にリヒトは私に軽く手を振ってから離れていく。講師と一緒にいて貴族たちの注目を集めたくないのだろう。
「ロメリィさんにはリヒトくんと組むのを勧めるつもりだったんですが、僕が言うまでもなく組んでくれてよかったです」
「まあ。それは何故ですの?」
「ロメリィさんの魔法の使い方は特殊です。人前ではあまり使えないでしょう?」
私の使える魔法は身体強化であり、それは下等魔法とされる類のものだ。貴族的な心証は良くないし、なにより貴族が直接獲物に飛び掛かるなんてありえない。かといって遠距離の物を攻撃しようと扇を振るおうものなら今度は力が強すぎて獲物がはじけ飛ぶだろうから狩りに向かないと言われた。
……獲物を直接捕まえるのは淑女としてよろしくないらしい。マナーとして習っていなかったのでそうするつもりだったのだが控えようと思う。
「それにリヒトくんは魔法の扱いが飛びぬけて上手いですから、ロメリィさんをサポートしてくれるかと思いまして。お二人は仲も良いですし、今日の演習はリヒトくんを頼ってください」
ウラノスは貴族の中でもあまり平民に差別意識がない――というより、魔力量や魔法の扱いの良し悪しで人間を計っているきらいがある。リヒトの魔法は卓越しているので好ましい生徒なのだろう。
己の確固たる基準で人を見ているのでブレがないが、貴族らしくはない気がする。フワフワしているように見えて他者の意見や価値観に流されないのがこのウラノスという人間である、というのは見ていて理解した。結構好ましい人柄だと思う。
「私ははやく竜の
「あはは。そうですね、出来たら最強ですよねぇ」
なんとなく、ウラノスは私が息吹を使えるようになるとは思っていないような気がした。もう少しでコツが掴めそうなところまできているのだが、言わないでおこう。せっかくなら飛び切り驚かせてみたい。……ウラノスは変わった魔法の研究が好きなようだから、きっと喜ぶだろう。
ウラノスとの話も終わったのでリヒトを探す。貴族たちと離れて木の陰に隠れるようにして佇んでいたのを見つけたので近づいた。
「話、終わったんだな」
「ええ。私はあまり魔法を使わない方が良いので、リヒトを頼るように言われましたわ」
「ん? ロメリィは魔法の調節が苦手なのか? ……魔力は随分鍛えられてるように見えるんだけど」
「苦手と言いますか、オーガは身体強化の魔法しか使いませんので……私もそれしか使えなくて」
「ああ、なるほど。体内に巡らせる方を極めたから外に出せないんだな。それで……怪力になったと」
リヒトはそれで納得したようだった。最後まで説明しなくても殆ど理解してくれるので話が早い。彼は頭の回転も速いので助かる。
本当に、何故彼が虐げられるのかさっぱり理解できない。こんなに優秀な人間なら大事にするべきだと思う。
(この才能が誰にも大事にされていないなんておかしな話だ。……ああそうか、私が大事にすればいいのか。そうしたら、リヒトの心の傷も少しずつ治るかもしれない)
彼は誰からも虐げられていたから心に傷を負ったのだと思う。つまりその逆のことを行えば治療になるかもしれない。という訳で私はリヒトを大事にすると決めた。なんならオーガの里に連れて行って、己の素晴らしさを自覚するまでオーガ全員で持て囃したい。
失われた自尊心を取り戻させるには、やはり私が彼を優秀だと思っているとしっかり伝えるのがいいだろう。毎日でも貴方はとても力のある人なのだと伝え続けるべきだ。
「リヒト、良ければ私に魔法を教えてくださらない?」
「俺が? ……いいけど、俺で役に立つのか?」
「貴方はとても素晴らしい魔法の使い手だもの。あと少しで出来そうな魔法があるのだけど、上手く感覚がつかめなくて……リヒトの助言があれば出来そうだと思うの」
「それってこの前言ってた息吹じゃないだろうな……いや、でもそっか。じゃあ、演習が終わってからな」
嬉しそうに目を細める表情を見れば自分の行いが間違いでないという確信を持てた。私は私のまま、自分の感情を伝えることが彼のためになる。元々隠し事や嘘が苦手なので、彼の治療とも相性が良いようだ。このままどんどん元気になってほしい。
「では皆さん、狩りのルールは頭に入っていますね。これから騎士の方と共に森へと入って頂きます。狩場は被らないよう騎士の方が案内してくださいますので、まずは彼らに従って移動してくださいね。それでは開始」
待機していた騎士達がそれぞれ生徒の元へと向かう。事前に護衛となる騎士と組みが決められているようだ。
私たちの元には二人の騎士がやってきた。彼らの恰好には見覚えがある。オーガの集落を潰そうとやってきた者達と同じ騎士団の所属らしい。
「ロメリィ嬢にご挨拶申し上げます。私は王国騎士団所属、部隊長を務めますルドルフ=ホーエンと申します。本日はよろしくお願い致します」
「……お、同じく王国騎士団のカーン=スライスと申します。本日は、よろしく、お願い致します……」
部隊長だというルドルフはたしかに、それなりの使い手であるようだ。深い緑の髪に山吹色の目をした青年で、同期の女生徒がちらちらと視線を送っていることから察するに美形である。
もう一人のカーンという騎士は何故だか怯えたような気配を発していて、震えながら私に頭を下げた。不思議に思いながらこちらを見ようとしない彼の顔をじっと見つめて、ふと思い出す。
「ああ、貴方。……私の村に来た方ね」
カーンはびくりと肩を震わせる。オーガの集落を殲滅せんとして剣を手に乗り込んできた男だ。あの時は血気盛んな様子だったので随分と様変わりしており、気づくのに遅れた。
平和で穏やかな私たちの暮らしを破壊しようとしてきた侵入者に私はつい頭に血を上らせて怒鳴ってしまったのだが、それに驚いて気絶してしまった何人かの中に彼はいた。
「あの時は脅かして悪かったわ。私も大事なものを壊されると思ったから……そのようなことがなければ、私も戦う意思はないの。だから、もう安心してくださって結構よ。敵対意思はないでしょう?」
「は……はい、ロメリィ嬢……もちろんでございます……」
……戦う気はないから安心してくれと伝えたはずなのになぜさらに震えるのだろう。そしてなぜリヒトは隣で肩をすくめるのだろう。
(……ん? そういえば、彼らはリヒトには挨拶をしていないような)
しかもリヒトには視線すら向けない。リヒトが私とペアだと分かっているはずだがおかしい。ちらりとリヒトを見ても平然としていたが気になったので尋ねようとしたところ、くいっと袖を引かれた。
「……普通の事だ」
氏があったので騎士の二人は貴族なのだろう。平民に挨拶をしないくらい当然であるということらしい。……やっぱりこの人間社会のルールには馴染めない。目の前に人間がいて、どうしてその存在を無視できるのか。
「では、さっそく狩場へとご案内します。カーン、先頭を」
「は、はい。……こちらです」
カーンを先頭とし、私とリヒトを挟んで殿はルドルフが務める形で森へと入った。リヒトは自分に魔法をかけたようで、地面から少し浮いている。魔法を使って移動すれば疲れないということだろう。
これは授業の前半で伝えられた魔法でもある。私以外の生徒は全員が使えるはずなので、他の生徒たちもこれを利用して移動しているのかもしれない。
「ロメリィも必要なら、俺が魔法かけるけど」
「いいえ。慣れているから大丈夫よ」
私は地に足がついている方が落ち着くので問題ない。しかし歩きなれないと森の中は木の根が張り出していたり、地面のくぼみにはまったりと体力を削られるだろう。
しかし、それにしても。……背後のルドルフが妙に殺気立っているのが気になって仕方がないのだが、何事だろうか。
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