第16話 オーガ令嬢は眩しい
イリアナという公爵令嬢に話しかけられ、なんやかんや友人関係となったことを連休明けの昼休みにリヒトへと話した。
王城の近辺は貴族街といい、貴族の屋敷や別荘、貴族向けの高級店が並ぶ区画であり、イリアナの家もそこにあるらしい。私は城住まいなのでお互いに家が近いことになる。休日にはお茶会をしようという約束もしたため、リヒトに会えない日も予定が立ちそうで嬉しい限りだ。
「という訳で貴族の友人ができた」
「……そっか。じゃあ、今度から昼食はその令嬢と食べるんだな」
「いや? 私は君と過ごす時間が一番好きだからこの時間を減らす気はないぞ」
貴族の友人関係と平民の友人関係は結構違うものだ。友人であろうとマナーは欠かせないのが貴族である。リヒトと過ごす時間に代われるものではない。私にとって彼と二人で過ごす時間は、実家に帰った時のような安心感がある。人間の国でくつろげるのはこの時間だけなのだから減らすつもりは毛頭ない。
リヒトは私の返答を聞くとほっと安心したように息を吐いた。俯き加減になると前髪で隠された表情はさらに分かりにくくなる。
「……そっか……」
「それよりリヒト、一つ気になっていることがある。……君は髪を伸ばしているのか?」
貴族令嬢であれば髪は長くしているのがマナーで、貴族令息であれば清潔感があればどのような髪型でも構わないという。リヒトの場合は髪の長さがバラバラなので、貴族たちの中に居ると目立つ。平民にも髪型の決まりがあるのだろうか。
「ああ、いや……気にしてないだけ」
「そうか。……私は君の顔が見えた方が嬉しいんだが」
「ぐ……ロメリィはなんでいつもそんなことを言うんだ」
そんなこととはどんなことだろうか。悪い言葉は使っていないし、リヒトも嫌がっているようにはみえない。いや、言葉が抽象的で分かりにくかったかもしえない。顔が見たいというだけではたしかに少し失礼かもしれなかった。
「私はただ……リヒトだけが怯えず私の目を真っ直ぐ見てくれるから、君の目が見えたらもっと嬉しいと思っただけなんだが」
「…………そういうことか」
今のところ、いくら見つめ続けても怯えた様子がないのはリヒトだけである。グレゴリオでも十秒以上見つめたら一度は目を逸らすのだ。どうも私の目は人間を脅かす力が強い。
平常でもこうなのだから、怒った時などはもっと酷いだろう。そういえば国の騎士団が村を潰しにやってきた時などは頭に来ていたし、私の正面に立った騎士はバタバタと気絶していたことを思い出す。あとで聞いたのだが私は怒ると目の色が変わるらしい。
「じゃあ……今度切っておく」
「いいのか?」
「ああ。切る理由がなかっただけだから」
そんな話をした翌日。何か妙に騒がしいというか、聞こえてくる噂話に変化があった。どうも抽象的で分かりにくく断片的な情報しか集まらなかったが、似たような空気感には覚えがある。
そう、あれは三年ほど前だ。私が拾ってきた泥だらけの小動物を洗ったら思っていたよりもずっと綺麗な毛並みで可愛い子狐だったので、オーガの女たちがちょっとはしゃいでいたあの時のような雰囲気である。
しかし誰も彼も私が通りがかるとピシャリと口を閉じてしまうため、それ以上のことは分からない。何があったのかと思いながら教室へ入り、自分の席へと向かった。リヒトは先に来ていたようで、窓の外を眺めている。
「ごきげんよう、リヒト」
「……おはよう、ロメリィ」
こちらを振り返ったリヒトの夜空のような瞳とはっきり目が合って、少し驚いた。さっそく前髪を切ってきたらしい。
気怠げな目は私を見ると柔らかさを帯びて、まだ力を取り戻しきった訳ではないのだろうけれど、初日に比べればその瞳には光があるように見えた。
(たぶん、造形が整っている……と思う)
実は、人間の顔立ちの美醜についてはあまり分からない。オーガの顔の美醜は分かるのだけれど、人間の顔をたくさん見るようになったのはここ最近のことだからだ。
しかしリヒトの顔のバランスが整っていることは分かる。目の位置が均等で、歪みがない。見ていて気持ちのいい顔だ。
「早速切ったのね。とてもいいと思うわ」
「ん……俺はちょっと落ち着かないな。外に出たら眩しくて驚いた」
「目を遮る前髪がなくなったから暫くはそうでしょうね。直ぐに慣れるはずよ」
「……慣れるもんかな、これ」
そう言って短くなった前髪を触っているが人間は慣れる生き物だ。それに髪で目が隠れているよりは目を晒している方が視界も良好であらゆる出来事に対処しやすくなる。嫌ではないならこうしていた方がいい。
なによりリヒトの顔色が見やすくなったのが良い。血色はそんなに良くないし他の男子生徒に比べてもまだ細すぎるくらいだが、入学初日よりは健康的になってきている。
そんな私たちの横をイリアナが通り過ぎつつ「ごきげんよう」と小さく声をかけてきた。私が同じように挨拶を返すとさっさといなくなってしまったが、平民と関わるとろくでもない噂を流されるという貴族でありながらリヒトと一緒に居る私に挨拶をするのは結構勇気のいることではないだろうか。……やはり私はイリアナが嫌いではない。休日のお茶会が楽しみだ。
「皆さん、おはようございます。一週間後に魔法演習を行いますので、その説明をします。ではまず、資料を配りますね。資料を読んだら二人一組を作ってください」
授業の時間となり教室にやってきたウラノスは、そう言いながら演習の資料というものを配り始めた。彼が魔法を使ってそれぞれの生徒に物を配る光景にも慣れてきたな、と思いながら届いた紙に目を通す。
獣の住む森に入って、簡単な魔法を使って獣狩りをする。モンスターはほぼ出現しないが護衛として騎士団から十五名の騎士が派遣されるので、二人一組の班を作るようにと記されていた。そうすれば十四組になり、少なくとも騎士を一人ずつは護衛につけられるという計算のようだ。
「リヒト、私と組みませんこと?」
「……俺と組もうって言うのはロメリィくらいだぞ」
「……ああ、やっぱり髪を切って正解ね。貴方が喜んでいるのがよく分かるもの」
彼の表情が分かりやすくなったので、言葉での返答が曖昧でも答えが分かった。そうして笑いかけるとふいっと顔を逸らされてしまったが、不思議と嫌な気持ちにはならない。怯えて目を逸らした訳ではなさそうだからだろう。
「直視できない……」
「……私の髪、眩しいものね」
「…………ああ、そうだな」
言われてみれば窓から差し込む光を反射する私の髪は、視界が明るくなったばかりのリヒトには眩しいだろう。こればかりはどうしようもないので慣れてもらうしかない。
しかしそれにしても、ただの獣狩りで護衛の騎士がつくというのはいかがなものか。貴族には魔法という力があるのだから自分の身くらい守れて当然だろうに。
「ジャイアントボアくらいのモンスターが出るなら護衛が必要というのも分かるけれど……精々ホーンラビットくらいなのでしょう? 子供でも獣ついでに狩れるのに、過保護だわ」
「……それ、オーガの子供が基準だな。人間は無理……いや、俺は狩ってたか」
「でしょう? 私もよく狩っていたもの」
リヒトがちらりとこちらを見て、ふっと笑みを零す。……楽しそうではあるが、やはりどこか悲しさが滲んでいる。どうしてそんな顔をするのか考えてみたが――やはり、平民の中で差別されていたことが関係しているとしか思えない。詳しい出来事を聞いた訳じゃないが、思い出したのだろうか。
「……ホーンラビットは焼いたら美味しい」
「そうね、私はコチットの実を砕いて振りかけるのが好きよ」
コチットは辛さと風味を兼ね備えた香辛料である。直径三センチほどの殻を持つ木の実で、どこにでも自生していて見つけやすい。ほとんどの動物やモンスターは食用にしないので奪い合いにならないし、料理に幅を出すのでとても便利な食材だ。
「たしかにコチットは美味しいな……でもあれは堅すぎて専用の道具がいるから中々食べる機会がなかったな」
「え? 私は拳で砕いていたけれど……」
リヒトは数秒固まって私を見ていたが、ふいに俯いて肩を震わせ始める。あちこちで組を作る話し合いが行われる中、多少笑ったところで注目を浴びることはなさそうだが堪えているようだ。
どうやら普通の人間はコチットを素手で割れないらしい。たしかにオーガでも堅いとされる分類のものではあったので当然かもしれない。
「……はぁ…………俺、子供の頃にロメリィに会いたかったな」
「まあ。では演習中にホーンラビットを見つけたら、私がコチットの実を割るからそれで頂きましょう」
「……それも悪くないな。でも俺たちが狩る予定なのは普通の動物であって、モンスターじゃないんだからな」
それはそうなのだが、出るかもしれないモンスターのリストに名前が挙がっているのだから期待してしまう。
そんなことを話しながら演習をただ楽しみにしていた。……私の認識は、甘かったのかもしれない。
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