第15話 変わり者講師と変わり者公爵令嬢
ウラノス=ガージェは魔法研究に没頭する変わり者と揶揄される人間だ。カージェ侯爵家の三男だが、三十を間近に控えていても婚約どころか浮ついた話の一つも出たことがない。なんなら社交界にも出ないで魔法研究塔へ引きこもり、魔法書を読み漁っては新しい魔法を考えるのが趣味の男である。
そんなウラノスに王命が下された。貴族学園の講師となれ、という命令だ。そして今期入学のロメリィ=ジリアーズという娘と良好な関係を築き、なんなら特別な仲になっても良いという意味の分からない副次的な命令もでている。
(いや、分からなくもないか。何せ相手はジリアーズだもんな)
竜の血を引く唯一の家系。一世代一人しか子供が生まれず、竜も既に滅びているためその血を守ろうと王家は躍起になっている。
しかもそれは、国の内側に留めておかなければならない。対外的にも竜の守護があるなどとアピールできるし、実際にジリアーズの子は皆魔力が豊富で国防に大きく貢献する存在でもあった。
(ただしその高慢さが悩みの種でもある。正直、少し前まではジリアーズが最も権力を持っていたと言っても過言じゃない)
自分の家の重要さをよくわきまえていたジリアーズは高慢で、横暴な家系でもあった。代々受け継がれていたその性質は竜の血筋故のものだとも言われており、逆らえない貴族たちは恨みつらみを持ってもいただろう。
ウラノスは偶然にもそんな貴族たちの会話を聞いたことがある。
『このままジリアーズをのさばらせておいていいのか?』
『ううむ……幼い子供のころから親と引き離して“教育”すればあるいは……』
『なるほど。すでに血を残す役目を終えた高慢な親はもういらない。子供を大人しい子に育てればいい』
貴族の陰湿な陰口などはよくあるもので、それもそのうちの一つだと思っていた。しかしその後、ジリアーズ一家が事故に遭い、公爵夫妻は死亡、その子供が行方不明となってしまう。
誰かが本当に、あの時の話のように思って実行したのではないか。けれど偶然かもしれない。真相は分からぬまま、事件はジリアーズ家の喪失という結果で終わってしまった。誰かの思惑があったのではないかと考えていても権力から遠い三男坊のウラノスにできることなどない。
それから十年後、失われたと思っていたジリアーズの子供が見つかった。そして彼女は今期、魔法学園へと入学させられている。
どうにか国内の者と結婚をさせて引き留めたいという思惑があるのだろう。この学園の職員は今年多くが入れ替わり、そのすべてが未婚の貴族男性であることからも察せられる。
ただ自分にはあまり関わりのないことだとも思う。ウラノスは魔法の研究ができれば満足な人間だ。不思議と友人は多いが、伴侶となりたがる人間がいるとは思えない。ジリアーズの娘もしかりである。
(研究室貰えたのだから、ちゃんと仕事はしないと。……この仕事も悪くはないし)
学園で個人研究室が与えられ最新設備を自由に使っても良いという条件もあったので飛びついた仕事ではあるが、実際にこの職に就いてよかったと思うことはいくつかあった。
ジリアーズの令嬢――ロメリィという生徒が随分と変わった魔法の使い方をすること。そしてリヒトという生徒が非常に優れた魔法の使い手であること。二人とも興味が尽きない存在だ。
そしてこの二人はこれからもっと伸びるだろう。大輪の花を咲かせそうな若芽にわくわくしてしまう。
(自分にこんな一面があったとは。意外と教師職は向いているのかもしれない)
教えがいのある生徒がいることに喜びを覚えるのだから、この学園の講師は天職だったのかもしれない。休日は研究に没頭できるし、学園の寮に住むリヒトがその研究を手伝ってくれることもある。素晴らしい環境だ。
「ウラノス先生、少しよろしいでしょうか?」
「ああ、ロメリィさん。……それからリヒトくん。どうしました? 何か相談でしょうか」
「ええ、少し……魔法について知りたいことがあって」
それはある日の放課後のこと。ロメリィがウラノスの講師室兼研究所へとやってきた。教師としていつでも相談に乗ると言ってあったので、彼女が訪れることを不思議には思わない。
少し意外だったのは彼女のとなりにもう一人の生徒、リヒトがいたことだ。人の理の外で育ったため平民に対する意識が他の貴族と違うロメリィは普段から彼の隣に座って授業を聞いているが、授業外の時間も共に過ごしているのは知らなかった。
「竜について教えて頂きたいのです。特に竜の息吹という魔法について。……私はまだ魔法の知識に乏しいので、リヒトにも一緒に聞いてもらえればと思って付き添いをお願いしたのですけれど、よろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。それにしても竜についてとは……古代魔法ですか、さすがロメリィさんは良いところに目を付けますね」
竜の使う魔法は原始の魔法、古代魔法である。今の魔法は魔力を自然のエネルギーに変換して使うものだが、竜の使っていた魔法は純粋な魔力をぶつけるものであった。それで頂点に君臨できるだけの膨大な魔力を持った生物だったという証でもある。
(そういえば身体強化の魔法はそれに近いのかもしれない。下等魔法とされていて全く研究対象にしていなかったけれど、ロメリィさんの魔法を見たらなぁ……興味が……)
身体強化の魔法は使ったところで大した強化にはならないはずだった。精々普段持ち上げられない重いものを動かせるようになるくらいで、ロメリィのように離れた場所にある岩を砕く空気の圧を繰り出せるようになるものではない。
もしかすると肉体の強さによって効果が変わるのではないか、という仮説を立てた現在、ロメリィの素の身体能力値を知りたいところではあるが相手はジリアーズ公爵令嬢だ。特殊な環境で育ったとはいえ、気軽に協力を願い出ることはできない。
講師は家名を明かさないことで生徒から家の格による順位付けをさせない、ということになっていても、やはり王族や公爵家相手には気が引ける部分がある。ウラノスは権力があまり好きではないのだ。
(その点ロメリィさんはジリアーズとは思えない性格をしていていい生徒だ。……一族の性質は環境によるものだったということか)
己の権力と特権を振りかざすジリアーズの高慢さは、周囲が顔色を窺う環境で生まれたもの。ロメリィはオーガに育てられたということでかなりずれた価値観を持っているようだが、高慢ではないように見えた。
どちらかと言えば修行に明け暮れた武術家のような印象を受ける。魔法を飛ばせないなら強化した体の力で風圧を作り出して割ればいいという発想になるあたりがまさに。
「――という訳で、竜の息吹とは純粋な魔力の塊を放出する魔法と考えられています。炎を吐く、とされる文献もありますが……膨大なエネルギーに周囲の物が焼かれてしまっただけなのではと僕は思っているんですけどね」
そんなことを考えつつもロメリィとリヒトに竜の魔法について説明を終えた。淑女らしく微笑んで礼を述べた彼女はずっと熱心に話を聞いていたのでやはり教えがいがある。
「竜の息吹は私もできそうな気がいたします。口から出せばよろしいのでしょう?」
「あはは、そうですね」
こういう変わった冗談を言うのがロメリィ=ジリアーズである。貴族令嬢が口から魔法を吐き出すだなんてありえないことを微笑んで口にするのだから面白い。
リヒトはそんなロメリィをじっと見つめていた。彼は平民で、貴族には逆らえない。しかしその視線には嫌なものは感じられず、どうやら無理やり従わされているという雰囲気でもなさそうだ。
「リヒトも付き合ってくれてありがとう」
「いや、別に。……まさか本気で息吹を覚える気か?」
「ええ。練習してみようかと」
「……じゃあ、もし出来たら教えてくれ」
そんな冗談を言い合いながら二人は部屋を後にした。随分と仲が良さそうだったのだが、もしかすると――竜の本能として、ロメリィは相手を定め始めているのではないだろうか。
ジリアーズはいつも、将来的に自分の伴侶となる相手の傍に長くいるようなところがあった。それは長く傍にいるから伴侶と定めるのか、本能的に伴侶と定めているから傍にいるのかは不明ではあるが、そういう傾向にある。
(……あの二人なら……子供が出来たら優秀そうだ)
魔力の多い者同士で結婚すると、元から魔力の多い子供が生まれる。今期の生徒の中ではロメリィとリヒトがずば抜けて多い魔力を有していた。
魔力の多い竜の子孫が生まれれば、新しい魔法も生まれるかもしれない。そう思うとわくわくしてしまう。
(よし、二人一組の授業を増やそうじゃないか)
とても個人的な思い入れから勝手なお節介を焼くことを決めたところで、部屋を控えめにノックする音が聞こえた。今日は珍しく客の多い日だ。
「先生、失礼します」
「ああ、グレゴリオくん。どうしました?」
「いえ、先程ここをロメリィ嬢が平民を伴って訪れたようなので……どのような様子でしたか?」
第三王子であるグレゴリオはロメリィの件を一任されているという。彼女の婿をあてがう仕事も任されているような節があり、苦労しているのか最近は少し疲れ気味の様子だった。
「魔法について勉強に来られたのですが、とてもいい子です。……それに、グレゴリオくんが心配するようなことはありませんよ」
「! そうですか……よかった」
「グレゴリオくんもお疲れの様子ですね。相談がありましたらいつでも来てくださって構いません」
王族とはいえまだ十七歳の若者だ。ジリアーズを国に引き留めるという重大な役目を負って心労が募っていることだろう。権力者としてというより生徒として見ていれば労わりたくなる。
しかし彼の心配は杞憂に終わるだろう。何故ならロメリィは、国外から婿を迎えることはなさそうだからだ。
(竜の性質的にあれだけ一緒に居るならほぼ決まりだろうし、僕も後押しするから。安心してくれ、グレゴリオくん)
――安心させるように柔らかく笑って見せたウラノスは、グレゴリオの本当の不安をまだ知らない。
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