第13話 オーガ令嬢の友人
魔法学園に入って一ヶ月が経った。学園生活は特に何事もなく送れている。私に関わってこようとする貴族はグレゴリオくらいなので、なんだかんだリヒトととばかり過ごしているけれど。……何故か最近のグレゴリオは顔色が少し悪いので少々心配している。
リヒトは学園内の寮で暮らしていて、私は王城で暮らしているので一週間の内にある三度の休みは会うことがない。
人間の暦では一週間の中日と週末の二日は休日と定められているのだ。学園もそれに従って開かれているので、週末は少し憂鬱だった。リヒトと話している時だけ
(リヒトは……そう、気の置けない友人だ。友人……友人で合っているよな?)
友人関係がどのようなものなのか、私は知らない。オーガたちは友人というより同胞であり、家族である。私一人だけが成長の仕方も違ったし、成長に合わせて鍛錬の内容も、それを共にこなすオーガも変わった。オーガ同士であれば同じ成長をして、ずっと共に同じ鍛錬をこなしている友人関係の者たちがいたが、私は一緒になった彼らを置いて先に進む。そうしているうちに集落内の最強となってしまい、若いオーガたちの憧れであり、先達のオーガたちの誇りとなった。……やはり対等な友人はいない。
(人間の友人とはどのようにしてなるものなんだ。……リヒトに訊くか)
そうして昼休み、いつも通り図書館の裏の東屋で昼食を摂りながらリヒトに尋ねてみた。
「ところでリヒト。私と君は友人で合っているか?」
「え? ……俺たちって友達、なのか……?」
「…………違うのか……」
私の質問を受けたリヒトはかなり驚いた顔をして尋ね返してきた。つまり、彼にとってそれは予想外の言葉だったということだ。その反応に意外なほどショックを受けた。きっとこれが友人関係なのではないか、と舞い上がっていたのは私の思い込みだったらしい。
「あ、いやそうじゃなく……貴族と平民で友達って言う感覚が……いやロメリィにはそういうのないのか」
「そうだな。その感覚は私にはないな」
「だよな。……あと……その、俺を友達にしてくれるとは、思ってなかったから……」
友達にしてくれるとは思わなかった、なんて妙な言い方をするので首を傾げた。人間の友人関係とは、何か特別な方法で結ぶものなのだろうか。
「……俺は、平民なのに魔力を持ってる。だから気味悪がられてて」
「平民は魔力を持っていないのか?」
「あ、そこからなのか。……基本的にはそうだ。でもたまに俺みたいなのが生まれる」
貴族と平民の決定的な違いは魔力の有無。だからこそ貴族は魔力を持つ自分たちを優等な存在だと思い、平民を劣等なものとして見下しているのかもしれない。
そして魔力を持たないはずの平民の中で魔力を持ってしまったリヒトは、そこで差別されるようになったのだと話してくれた。……少しだけ、リヒトの自信のなさの根源にあるものを理解した気がする。
「だから、俺みたいなのをロメリィがすでに友達って思ってくれてるとは……思わなくて。まあ、その、ちょっと期待みたいなのはしてたけど、まさか本当にそうだとは思わないっていうか」
「君はよく自分を卑下するが、私はリヒトのことを素晴らしい人間だと思っている」
「……ロメリィは、何も知らなかったからそう思ってくれたんだよな。……知っても、変わらないのか?」
「変わる訳がない。知識と偏見は別物だ」
知識も力であるのだから私も新しい知識の吸収には貪欲な方だ。しかし知識に付随してくる価値観に関しては、良し悪しのどちらでも個人の意見、いやどちらかに傾いた時点で偏見であるとも言えよう。
貴族には魔力があり平民には魔力がない。ここまでが知識で、魔力がある貴族の方が優れている、魔力を持った平民は不気味という価値観になれば偏見となる。
そして個人の価値観というものは、その者の人格形成がされるまでに身に着けた偏見で出来上がるものだと思う。私の場合はオーガの里で育って私という人間がすでに出来上がっているので、今からどのような知識を手に入れても己の価値観に合わない他者の偏見に染まることはない。
つまり人間の国に来て新たに得た知識はオーガの里で培った価値観で判断するのだから、他の人間がどう思っていようと私にとってのリヒトの存在が揺らぐことはない。オーガ的に言えば彼は、圧倒的な努力で魔力という大きな力を身に着けた、尊敬すべき存在なのだ。親しくなりたいと思うのが当然である。
「……それで、結局私たちは友人なのか?」
「そうだったら俺は嬉しいけど……」
「なら友人になってくれ。私はリヒトに、私の初めての友人になってほしい」
そう言うと彼は意外そうに目を丸くした。彼が何を驚いているのかが分からず首を傾げる。変なことは言っていない、と思うのだが。
「どうした?」
「ああ、いや……だってロメリィは……すごく、人に好かれそうだから、オーガにも友達いなかったのが意外で」
「まあ好かれてはいたがな。求婚の嵐だった」
「え」
「オーガでは強い者が美しいのだ。私は村で一番強かったからな」
毎日求婚試合を申し込まれる日々に辟易していたくらいだ。しかしこちらでの生活は体が鈍りそうだし段々とあの生活が恋しくなってきた。これが郷愁というものだろうか。……週末にでも走って帰ってみようか。
「じゃあ、ロメリィは……誰かと結婚の約束をしてたり、とか」
「いいや、私はこの国へ婿探しに来たんだ。私より弱い男に求婚されても結婚する気になどなれんしな」
「……………………そう、なんだ……」
リヒトは何やら覇気のない声を出しながら自分の手首を触っていた。心配になるほど細い手首が見える。もしかすると屈強なオーガを想像して、自分の細さが気になってしまったのかもしれない。
おそらく差別されていたという生活が原因なのだろう。貴族の令息よりもなお細い体は、十分な栄養を摂れていないことを示している。……まあ、入学初日よりは多少肉付きがよくなったが、まだまだ足りない。
「……鍛えたい……」
「それはいいことだな、手伝うぞ。だが君はまず食べることが先だな。良い筋肉は良い食事からだ」
どうやら私の想像通り痩せていることを気にしていたようだ。リヒトの健康は私も常々心配に思っていたし、それは今までの生活が原因だったようなので、いまから健康体になれるように気を付けるのは良いことだろう。幸い彼は今学園で生活しているので、食事に関しては栄養面での心配もいらない。家の設備も悪くないはずだ。……いや、一度どのような場所で暮らしているか見に行くべきだろうか。
「リヒト、君の部屋に行きたいんだが」
「だめ」
「…………いけないのか」
「だめ。……貴族でも平民でも、女が一人で男の部屋に行くのはだめだ」
それは知らなかった。オーガの村では割とよくあったと思うのだが、人間では禁止行為のようだ。ならば仕方ないと諦めた。食事と運動の監督に留めておくとしよう。
そんな昼休みを過ごして午後の授業が終わり、リヒトと別れた放課後のことだった。
「ロメリィ嬢、少しよろしいかしら?」
同期の女生徒に話しかけられた。赤い髪に緑の瞳の彼女は、初日の魔法の実践の授業の時に私を睨んでいたと記憶している。たしか魔法の実践授業の日にウラノスから「イリアナ=ラノック公爵令嬢」と呼ばれていた。
今もあまり好意的ではない視線を私に向けているのだが、迫力がないので子猫にでも威嚇されている気持ちで微笑ましい。
「ええ、何の御用でしょう」
「わたくし、貴女とお話がしたいの。今からわたくしとお茶でもしながら話しませんこと?」
「構いませんわ」
やはり私に何か用事があったようだ。断る理由もなかったので彼女に着いていく。案内されたのはサロンの一室で、そこではすでに茶会の用意がなされていた。
他の生徒はおらず、使用人の女性が温かい茶を注いで退室していく。おそらく彼女が人払いをして二人きりの状況を作ったのだろう。余程重要な話があるのだと察して、私も気合を入れた。
「単刀直入に言いますわ。……グレゴリオ殿下に近づくのは、やめてくださらない?」
「殿下に? 何故ですの?」
「わたくしが婚約者だからよ。……貴女は、元婚約者であって、グレゴリオ殿下とはもう終わったのよ」
……それは、つまり。どういう話なのだろうか。
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