お地蔵さんのお供物

結城綾

みかん色の夜色

放課後に仲の良いお友達と遊んだ後、黄昏色に染まったあたたかくも肌寒い時間帯で、少女は一人で歩いていました。

今日はテレビで気温が下がると事前に聞いていたので、ピンクのニット帽と紺色のマフラー、それに五本指が白になって他が黒色の軍手を装備させられていました。

てくてくと地面を踏んではコンクリートを少し滑らせながら歩いていると、いつも見かけるお地蔵さんがどっしりとたたずんでいました。

多くの人々を長年見守ってきただけに、それなりと貫禄があるのでしょう。

周辺には雑草が生い茂っていて古く咲いて緑に囲まれています。

ただ、少女にとってはどこか悲しそうな佇まいをしているひとりぼっちの人間にしか見えませんでした。

「お地蔵さん、何をしているの?」

幼さが残り可愛らしい声にお地蔵さんは反応するはずもありません。

しかし少女は独り言を語り続けて、石でできた頭をゆるやかに撫でながら何度も何度も声をかけます。

「どうしたら声をかけてくれるんだろう……」

少女は迷いに迷った、子供ながらの解決策を必死に思いついては地面を指でなぞっていく。

雑草の下は土で固められているため、小柄な指を沈ませて付着する。

泥臭い匂いのある指を鼻に近づけ嗅ぐ。

思わず土を擦り落としていくが、ランドセルの重さに耐えきれずに座り込んでしまいます。

その時に、少女は記憶をフラッシュバックさせてランドセルの中身を必死に漁ります。

ポリエステルの音がごそごそと箱の中でこだましていくと……。

さっさっさっと風を連想させる音の正体は、みかんでした。

それもそのはず、お友達の友人におすそ分けで何個かもらっていたのです。

袋の中に入っているのかなかなか取り出せずに焦る少女。

「と、取れないよ……あれ?」

少女はぽかんと唖然としました。

軍手をしていることに焦って気がつかなかったからでした。

それじゃあ取れるはずの袋の封を開けれないわけです。

軍手を片手ずつ外して地面に置くと手がかじかんできました。

指を滑らせながら袋を開けて、みかんを二個取ると、

「つめた!」

と反射的に口を開きました。

みかんの皮をぺろりぺろりと外していくと、だいだい色の球体にアルベドという白い筋がひっついた物が出てきたのだ。

するとその状態のみかんをお地蔵さんの正面に置いたのではありませんか。

「お地蔵さん、おいしく食べてね」

朗らかな声をひっそりと伝えたら、さっきと同じようにもう一個のみかんを剥いて一緒に食べ始めました。

そしたら微小でまんまるとした白い雨、雲の上で凍ったまま無事に辿り着いた雪が降ってきたのです。


「あっ……雪だ!」

この地域では滅多に降らないと言われているので、心の底から大喜びです。

辺りを見渡すと、電球色の蛍光灯が真っ暗になった星空を照らしています。

少女はそれをみかんのあたたかみとアルベドの筋に似た細雪に照らし合わせて物不思議に感じていました。

「うわぁ〜!綺麗だねお地蔵さん!お地蔵さんもそう思うでしょう!」

何も語りませんが、背中では語っていそうなお地蔵さんです。

喜びを分かち合っていましたが、軍手を外していたからか体が冷えて鼻水を垂らして顔を汚してしまいました。

「あ、そろそろ帰らなきゃ……バイバイ!」

軍手を手際よくはめてランドセルを持った後に、大きく手を振りながら走り去る少女を横目に、石でできているはずの顔がにっこりと笑ったのは気のせいでしょうか。






あたたかい玄関の光を浴びながら扉を開けるとお母さんがお迎えしてくれます。

「すずちゃん、早く手を洗って宿題しなさい!」

母親特有の怒りと愛くるしさを混ぜた表情になれたのかせっせと手を洗ってランドセルをこたつの近くに置いて中に潜り込む。

全身がぬくもりに包まれたような感覚にふやけてしまい横垂れていると……。

ふと目に入るだいだい色に今日の冒険を思い出して、思わず満面の笑みをしました。

こたつの布を素早くめくりランドセルの中にあるみかんを取り出すと、皮の中に詰まっている光と雪国が透けているように見えてまた笑ったのでした。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お地蔵さんのお供物 結城綾 @yukiaya5249

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ