第47話 父との和解


「では、深月みつきちゃんは、守矢もりやに引き取らせていただきますね」


 念を押すように、笑顔のふくちゃんがそう言った。

 天井の高いシティホテルのラウンジで、ふくちゃんと景介けいすけと並んで座った深月は、目の前に座るお父さんをじっと見つめていた。



「よろしく、お願いします」


 お父さんはそう言って頭を下げた。


「わたしは明日、転勤先に行きます。その前に、深月と二人だけで話をさせてもらえないでしょうか?」

「もちろん。わたしたちはロビーで待ってますから」


 そう言ってふくちゃんと景介が席を外すと、深月はお父さんと二人きりになった。

 日差しが降りそそぐきれいな庭園が、窓越しにきらきらと光っている。


「今さら何を言っても言い訳にしかならないが、おまえのことを忘れたことはなかった」


 ぽつりと、ひとり言のようにつぶやく。


「おまえの母親にも不思議な力があった。彼女が亡くなってしまうと、おまえの力はわたし一人の手には余るものだった。だからおまえを手放した。わたしが育てるより、おまえの母親を育てた人の方が適任だと思ったからだ」

「うん、わかるよ」


 深月は頷いた。


「あたしはおばあちゃんの家で育って、幸せだった。お父さん……あたしね、やっと友達ができたの。ようやく人と向き合えるようになったの。だから、今はここを離れたくない。お父さんには迷惑をかけないし、守矢さんにも迷惑をかけないようにする。それから……おばあちゃんの家を残してくれて、ありがとう」


 自分でも驚くほど、素直に言葉が出てきた。


あかねさんが遺したものは、元々おまえのものだ。守矢さんにも話したが、おまえの養育費だけはわたしに払わせてくれ。親として、それだけはさせて欲しい」

「うん。ありがとう」

「何かあったら、遠慮しないで連絡しなさい」


 最後にそう言って、お父さんは去って行った。

 ロビーへ行くと、ふくちゃんと景介が待っていた。

 今日から正式に、守矢神社が深月の家になる。嬉しいような、不思議な気分だった。


「母さんが喜んでたよ。娘が出来たみたいだってさ」


 ホテルの出口へ向かいながら、景介が口を開いた。


「たくさんお手伝いしなくちゃね。でも、あたし料理とかあんまり得意じゃないんだよね」

「深月ちゃんには、神社のお手伝いもしてもらうんだろ?」


 ふくちゃんが小さな体を伸ばすようにして、景介を見上げる。


「そうだね。少なくとも、夏休み中は浄化の手伝いをしてもらうよ。忙しくなるから覚悟しといてね」

「はい!」


 景介の手伝いが出来るのはすごく嬉しい。自分の力が何かの役に立つというだけで、心が湧きたつような気がする。



 闇の中から脱出したあの夜、裏通りは何事もなかったように酔った客たちがふらふらと歩いていた。

 景介が、どんな風にあの闇を閉じ込めたのかはわからない。

 彼は翌日、守矢神社の境内に小さな祠を建てた。深月が拾ってきた龍の彫り物を祀るためだ。



「龍人は見つかったの?」

「まだ見つかってない。でも、憑依が解けたからそのうち見つかるよ。彼自身も霊力が強いらしいから、神力調査部が保護するって躍起になってたからね」


 先日、守矢神社の新しい祠に龍の木片を祀った。

 その日の夜。龍人に憑依していた祟り神が姿を現した。彼は龍人に似たきれいな顔を不満げに歪め、深月を見下ろしてこう言った。


「これくらいで、我を押さえられると思ってるのか?」

「それはわからないけど、お供え物はちゃんとしてあげるよ」

「は? 馬鹿にしてるのか?」


 きちんと祀ったからか、今の祟り神には以前までの怖さはない。人に憑依していたせいか、人間らしさが際立っている気がする。

 二人が睨み合っていると、景介がやって来た。


「出てきたね。どう、居心地は?」


 景介の問いかけに気を悪くしたのか、祟り神は姿を消してしまった。それから一度も姿を見せないので、龍人の居場所を聞けずじまいだ。


「早く龍人が保護されるといいね」

「大丈夫だよ」


 確信するように景介は笑った。

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