第43話 夕闇の世界へ


「あれ、深月みつき?」


 人でごった返す駅前広場で、アマミは深月によく似た少女とすれ違った。振り返った時には、少女の姿は人ごみに紛れて見えなくなっていた。


(気のせいか……いや、でも)


 諦めて踵を返したものの、そのまま帰る気になれない。

 背中で揺れる長い髪に、小学生かと思うような小柄な体。歩道の端と端だったけれど、自分が深月を見間違うはずがない。

 もう一度振り返ると、ちょうど信号が変わり、歩道に溜まっていた人波が横断歩道を渡り始める。道路の向こうに見えるのは小さなビルの群れ。その先には、あの裏通りがある。


(さっきの子が深月だったら……)


 そう思うと、心が騒めいて仕方がない。


(クソッ、気になるだろ!)


 アマミは舌打ちすると、再び踵を返して駆け出した。



 〇     〇



 気がつくと、深月は夕闇の町の中に転がっていた。


「ここは……どこだろう?」


 以前、アマミを探していた時に引き込まれた闇の世界に似ているけれど、少し違う。

 深月は立ち上がって、辺りを見回した。

 高いビルはひとつもない。その代わりに、木造の古めかしい家が並んでいる。町の中を歩く人たちは、ほとんどの人が着物のような服装をしている。


「──ここは戦時中のこの町だよ。もうすぐ、ここは火の海になるんだ」


 いつの間にか、龍人りゅうとが隣に立っていた。

 深月はハッと身を引くと、眉間にしわを寄せて龍人を見上げた。


「あたしを騙したの? あなたの正体を教えてくれるって言うから……」


 コンビニに現れた龍人は、確かにそう言った。

 人がたくさんいる場所なら大丈夫だろうと思って、深月は龍人の話に乗ったのだが、気づいた時にはこの場所にいた。


「騙してなんかいないよ。ぼくの正体を明かすには、この場所がぴったりだと思ったんだ。ああ、きみの体を勝手に移動させたのは悪かったよ」


 悪びれもせず、龍人は笑う。

 深月は正直、怖くて仕方がなかった。龍人のことはもちろん、この空間から出られないかも知れないと思うと、身体が小刻みに震えてしまう。

 けれど、ここで弱みを見せる訳にはいかなかった。


「それじゃあ、早く正体を明かしてよ。あなたは何者なの?」


 がっちりと腕組みをして体の震えを隠しながら、深月は龍人に詰め寄った。


「そう焦らないでよ。まずは、ぼくの記憶にあるこの町の最期を見てくれないかな」


 スッと伸ばされた龍人の腕につられて、深月はもう一度、夕闇に包まれた町に目を向けた。

 町を行き交う人々は、大人も子供もモンペ姿。社会科の授業で見た資料映像と同じだった。子供たちは大人を手伝って仕事をしていて、遊んでいる子などほとんどいなかった。それでも、彼らは祠の前を通りかかると、丁寧に手を合わせてまた仕事に戻ってゆく。


「あの祠……」


 以前、龍人が話していた武家屋敷の守り神とは、この祠のことだろうか。しかし、この祠はちゃんと祀ってもらっている。

 深月が考え込んでいうちに、遠くから空気を揺るがすようなエンジン音が聞こえてきた。音はすぐに大きくなり、やがてゲリラ豪雨に似た激しい音が聞こえて来た。


 もちろん、降って来たのは雨ではなく爆弾だ。

 日本各地を焼き尽くした空襲。何十万人もの人々を死に追いやったのは、町を燃やすことを目的に作られた焼夷弾しょういだんだったという。

 バラバラと落ちて来る長細いかたまりを見上げたまま、深月は足がすくんで動けなかった。


 あちこちで火の手が上がりはじめる。

 逃げ惑う人々。爆弾のカケラが建物に直撃し、炎がそれを燃やしてゆく。

 突然、背後で落雷のような大きな音がした。

 深月が振り向くと、祠が粉々に砕け散っていた。


「神様が!」


 深月は祠に駆け寄った。

 辺り一面に、砕け散った木片が散らばっている。その中に龍らしき彫り物の破片を見つけ、深月はそれを手に取った。

 祠があった一帯は、深月と龍人をのぞいて火に飲み込まれてしまった。



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