第41話 心にもないこと


 龍人りゅうとは人間なのだろうか。

 カフェのドアが開かなくなったり、結界のような薄暗い空間を作ったり、かき消すようにいなくなったり――龍人の力は人間離れしている。それに、龍人がこの町の過去を持ち出したことも疑問だった。


 深月みつき景介けいすけは毎日のように龍人の話をした。けれど、彼を探しに行こうとはしなかった。

 景介曰く「彼に対抗する手段を見つけるまでは止めておこう」ということだ。



「深月ちゃーん!」


 境内の玉砂利を蹴って、夕夏ゆうかが走ってくる。

 景介のすすめで、今日は神社で宿題をすることになっていた。他の場所よりも安全だからだ。


「夕夏! 海斗かいとさんはやっぱり来なかったんだね」

「うん。安田くんが気になるみたい」


 夕夏は呆れたように肩をすくめる。


「そうだよね。今の安田を見てもらいたかったからちょっと残念。でも仕方ないね」


 深月は、遠くで植木の刈り込みをしている安田をながめた。


「あいつね、つい最近まで髪の毛が青かったんだよ」

「そうなんだ。今は真っ黒だね。確かに、お兄ちゃんに比べたらすごく強そう」


 夕夏はそう言って苦笑いする。

 深月と夕夏は、社殿の脇にある母屋で宿題を始めた。


「何にもないけど、ゆっくりしておゆき」


 ふくちゃんが麦茶を持ってきてくれた。


「なんか、可愛いおばあちゃんだね」

「うん。ふくちゃんていうんだよ」


 漢字の書き取りをしながら、何となく梨沙りさの話になった。


「あれから記憶戻ったかな?」

可奈かなちゃんたちの話だと、記憶は欠けたままだけど元気だって。占いには興味が無くなったみたいだよ」

「そうなんだ」

「深月ちゃんは、まだ占い師のこと探してるの?」

「ううん。景介さんは一人であちこち探してるみたいだけどね」

「その方がいいよ。なんか危険だもん。近づかない方がいいと思う」


 夕夏が怖い顔で言う。


「そうだね」


 深月は頷いた。今の自分では、景介の足手まといになってしまうだろう。


「ねぇ深月ちゃん、上田くんとは連絡取ってるの?」

「ううん」

「それじゃ知らないよね? お兄ちゃん情報だと、上田くんと彼女さん、ケンカしたらしいよ」

「ケンカ?」

「うん。部室前の廊下で言い合いしてたんだって」

「ふーん」


 同好会から部に昇格すると言っていたから、きっと活動内容のことで意見が食い違ったのだろう。


「深月ちゃんクールだね。気にならないの?」

「もちろん気にはなるよ。でも、関係ないし……」

「そんなことないでしょ?」

「だって、アマミにはもう会わないって、彼女さんと約束しちゃったし」

「そっか。心にもないこと言っちゃう時ってあるよね」


 しきりに頷いている夕夏を、深月はぼんやりと見つめた。


「心にもないこと……なのかな? でも、アマミに迷惑をかけたくないのは本当だよ」


 今ならわかる。アマミと気まずくなった原因は、たぶん、子ども扱いされるのが嫌だったからだ。でも本当は、アマミが心配してくれるのは嬉しかった。


「深月ちゃん、どうしたの?」

「ううん、何でもない」


 ノートのマス目にひたすら漢字を埋めていっても、心に空いた穴は埋まらない。

 夏休みの宿題はずいぶん進んだけれど、深月の気持ちは下がったままだった。

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