第40話 闇の起源
翌日、
駅前広場から裏通りへ続く路地を抜けた辺りに、ツタに覆われたビルがある。その一階に、外壁の半分がツタに覆われたおしゃれなカフェがある。
「ちょっと中をのぞいて見るね」
景介はそう言って、アンティーク風の木のドアを開けた。
「普通のカフェだね。お客さんも二人しかいないけど、とりあえず入ってみようか」
「はい」
景介に続いて店に入ろうとしたとき、急に背中がゾクリとした。
「ぼくに会いに来てくれたのかな?」
背後から明るい声が聞こえた。
恐る恐る振り返ると、ギャルソン姿の
「景介さん!」
深月は閉まりかけたドアに手をかけた────が、ドアは異様に重く、深月の力では止まらずパタンと閉じてしまう。
これが龍人の力なのかはわからないが、景介と引き放されてしまった。
「深月ちゃんだっけ? 邪魔が入らない所で話そうか」
サングラスを外した龍人が、深月の手をつかんでゆっくりと歩き出す。彼の手は、まるで氷のように冷たい。
「ぼくはね、人間が闇を育てるのを見るのが好きなんだ。ほんの少しの毒を植えつけるだけで、人はその闇を自分で増やしてゆく。自分の中の欲望や悪意に引きずられるんだよね」
裏通りの真ん中で、彼は立ち止まった。
夏の日差しが照りつけているはずなのに、黒いガラス越しに見ているように薄暗かった。
「昔、この辺りには武家屋敷があったんだ。そのお屋敷に祀られていた守り神が、長い間放置されて祟り神になった。祟り神ってわかる? 人に禍をなす神様のことだよ。そのあと戦争があって、たくさんの人が空襲で死んだ。炭になるまで火に焼かれて苦しかったろうね。死にゆく人の無念や怨念が長い時間をかけて降り積もり、この土地の闇は大きくなった。その闇を、今はぼくが育ててる」
龍人の言葉に嘘偽りは感じない。それは深月が、あの夕闇の世界へ行ったことがあるせいかも知れない。
「どうしてあなたは、闇を育ててるの?」
「面白いから」
龍人は即答した。
深月が絶句していると、彼はずいっと身を乗り出してきた。。
「ねぇ、負の感情ほど正直なものは無いと思わない? 人間は本音と建て前を使い分けるけど、負の感情は人間の本心だよね? ぼくは人間が嫌いなんだ。自分勝手で、弱い者を傷つけても平気だ。きみも人間が嫌いでしょ? ぼくとは正反対の力を持ってるけど、きみも人間が嫌いなはずだ」
龍人の言葉にドキッとした。
「違う……あたしは、人間が嫌いじゃない」
確かに、深月は人の悪意を知っている。けれど、優しさも知っている。学校で一人ぼっちだった時も家族がいたし、今は大切な友達もいる。
「それは本心じゃないよね」
「ウソじゃないよ。あたしにも大切な友達がいるもん」
柔らかだった龍人の目に怒りがひらめいた瞬間、つかまれていた手首が締め付けられた。
「その大切な友達は、きみと同じくらい、きみのことを思っていてくれるのかな?」
「……そんなの関係ないよ。あたしが大切だと思えることが大事なんだから」
「馬鹿みたい」
龍人が放り出すように深月の手を放した。
「――――深月ちゃん!」
景介の声がした。彼が走って来るのが見えた途端、周りは明るさを取り戻し、龍人は姿を消していた。
「急に店のドアが開かなくなって……一人にしてごめん!」
息を切らせた景介が、心配そうな顔で深月を見下ろした。
「深月ちゃん、龍人に会ったんだね? 気分が悪そうだ。歩ける?」
「大丈夫」
深月は、龍人の言葉を早く景介に話したかったが、景介は首を振った。
「話は戻ってからにしよう。急いでその闇を浄化した方がいい」
(そうか……あたしは、また闇をもらってしまったんだ)
ぼんやりしたまま、景介に手を引かれて歩き出す。
龍人とは違う温かい手に安心したせいか、タクシー乗り場まで来た時、深月はめまいに襲われた。
タイミング悪く、タクシーは一台もいない。
「一緒にいれば大丈夫だと思うなんて、僕の考えが甘かったよ。本当にごめん」
景介に支えてもらいながらタクシーを待っていた時、アマミの声が聞こえたような気がした。
振り返ると、スポーツバッグを担いだ制服姿のアマミが立っていた。驚いたような顔で深月を見ている。
「深月ちゃん、乗って」
やっと来たタクシーに乗り込んで窓の外を見ると、アマミはまだ同じ場所に立っていた。
「守矢神社までお願いします。深月ちゃん、どうしたの?」
「上田くんがいた」
タクシーが走り出し、アマミの姿が見えなくなる。
「そうか、さっきの子が上田くんか……」
そうつぶやいたきり景介は黙ってしまった。
深月は目を閉じて、遠ざかるアマミの姿を思い出していた。
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