第36話 浄化の能力


 目を覚ますと、深月みつきは見知らぬ部屋にいた。家具のないガランとした和室で、床の間には水墨画のような掛け軸がかかっている。

 起き上がってもめまいは起きなかった。

 しばらくしてカラリと襖が開き、浅黄色の袴姿の景介けいすけが入って来た。


「深月ちゃん、気がついたんだね」

「景介さん……ここは守矢神社ですか?」

「そうだよ。安田くんから話を聞いて、彼に深月ちゃんの様子を見に行ってもらったんだ。冷たいお茶、飲むかい?」


 景介はお盆の上に置かれたグラスに、ティーポットから緑茶を注ぐ。


「あのっ、安田から何を聞いたんですか? あの人、いつここへ来たの?」


 深月がそう言うと、景介はフッと笑ってグラスを差し出してくる。


「まあ、お茶でも飲んでひと息つきなよ。安田くんがここへ来たのは、二週間くらい前かな。深月ちゃんに言われて来たって言ってたよ。彼に僕の所へ行くように言ったのは、深月ちゃんなんでしょ?」

「そうだけど……」


 言われるまま冷たいお茶をひと口飲むと、何だかホッとして体が軽くなった。


「安田くんからいろいろ聞いたよ。彼、深月ちゃんの友達をケガさせたんだってね。見かけは怖いけど、彼は案外ピュアなものを持ってるよね。自分に憑いていたものを深月ちゃんに負わせてしまったんじゃないかって、僕に相談しに来たんだ」

「……そうなんだ」


 深月は安田の顔を思い浮かべた。彼はたぶん、自分に纏わりつく闇に初めから気づいていたんだ。


「安田くんは普通の人なのに、鋭いところがあるよね。彼の闇は消えてたけど、深月ちゃんは相当きつかったんじゃない?」

「うん。めまいが酷かった」

「今日もずいぶん貰って来ちゃったみたいだから、浄化しておいたよ」

「浄化?」

「うん。浄化しきれてない霊の痕跡がいくつかあった。倒れたのもそのせいだよね? ちょっと背負いすぎなんじゃないかな」

「そんなこと言われても、自分じゃ防げないもん」


 深月はうつむいた。闇を背負っている人に触ると、自分がそれを引き受けてしまう。それがわかったのは良いけれど、どうすれば防げるかはわからない。


「深月ちゃん、まさか……無意識にやってるの?」

「え?」


 深月が目を丸くすると、景介は額を押さえて大きなため息をついた。


「深月ちゃんは幽霊が見えるだけじゃなくて、悪いモノを浄化する力があるんだよ。小さい頃は、それで大変な目に合ったんだ」

「じゃあ、あたしは、自分が背負った闇を浄化してたの?」

「そう。今までは無意識に浄化してたんだろうけど、自覚が無いままじゃ危険だよ。前に僕と話したあと、きみの周りで何があったか全部教えて」

「全部?」


 深月は思い当たる出来事を思い返した。

 オリエンテーション合宿の父子の幽霊。安田の手に触れた時のこと。ビルの非常階段で梨沙を助けた時のこと。弾けるような音と振動を自覚したのはその三回だけだ。


「そう言えば、前に駅前広場で景介さんを見かけたよ。安田のことを見てた。あの人のこと、前から知ってたの?」

「何度か見かけたんだ。ずいぶん闇を抱え込んでたから気になってね」

「じゃあ、どうして浄化してあげなかったの? 景介さんは浄化できるんでしょ?」


 深月がそう言うと、景介は困ったような顔をした。


「うーん……深月ちゃんは自分の中で浄化するみたいだけど、僕は違うんだ。聖水とか神社みたいな神聖な場所が必要なんだ。それにね、僕は彼に闇を植えつけた人を知りたかったんだ」

「闇を植えつけるって、どういうこと?」


 深月は眉をひそめた。


「最近、この町の闇はものすごく増えた。安田くんだけじゃなくて、たくさんの人が闇を抱えてる。僕の所属する神道組織の神力調査部からも何とかしろと通達があった。それほど今の状況は酷いんだ」

「その……神力調査部ってなに?」

「神社の中でも神力を持つ神職たちの集まりで、闇を祓って町や人を守る役目を負ってるんだ。昔はあかねさんも調査部の一員だったんだよ」

「おばあちゃんが?」


 深月は驚いた。確かに彼女にも霊感があったけれど、深月から見れば普通のおばあちゃんだ。とてもそんな怪しげな組織の一員だったとは思えない。


「町中を歩いているだけなら大抵の人は闇の影響を受けない。けど、中には闇に引きずられてしまう人もいる。そういう人は自ら闇を増やしてしまう。僕が安田くんを見逃したのは、彼の闇が人一倍濃かったからなんだ。誰かが意図的に闇を植え付けている。そんな気がするんだ」


「まさか……あの占い師が?」

「うん。安田くんの話が本当なら、龍人って占い師が関係していると思う。彼が何者かはわからないけど、この町の闇を増やしたいらしいな」

「景介さんは、龍人をどうするつもりなの?」

「一応、この町を守る神社の者としては、何とか闇を祓いたいと思っているよ」


 景介はそう言って笑う。


「でも、彼が深月ちゃんに近づいたことが気になるよね。梨沙りさちゃんの件をきみに邪魔されたと思っているか、きみの浄化能力を恐れているのかも知れないね」

「……え?」


「まぁ、気をつけるに越したことはないよ。さっき僕は、きみの中に浄化しきれてないモノがあったって言ったけど、このまま何も無ければ、時間と共に全部浄化できたと思う。でも、またすぐに他の霊や闇を背負ってしまうと、きっと小さい頃のように体に負担が出てくるはずだ。めまいや動けなくなるだけじゃ済まないよ。きみ自身が闇に飲み込まれるかも知れない」


「闇に……」


 路地裏に溜まった闇を思い出す。

 あの中に飲み込まれそうになる恐怖は、もう知っている。


「景介さんは、裏通りにある行き止まりの道に行ったことある? すごく闇が溜まってて、入ったら別の空間に誘い込まれて出られなくなるの。あたしは、その場所に入った事がある。もしもあの闇を育ててるのが龍人なら、あの場所を荒らしたあたしを憎んでるのかも知れない」


 深月はアマミと一緒に闇の空間に入ったときの事を、景介に打ち明けた。



「なるほど、そういう経緯があったのか」


 景介は大げさにため息をつく。


「……深月ちゃんは、お手伝いさんと二人暮らしだったよね? 心配だから、しばらくうちに来ないか? 遠い親戚だし、うちの婆ちゃんは茜さんとも仲が良かった。体が回復したら浄化能力の修行をしてみるのも良いし、どうかな?」


 考えといてね、と言って景介は部屋から出て行った。

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