《感謝SS①》夜伽……は?

※終章の後~発売記念SSの間です。つまり終章の直後。


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さて……朱香も朱蘭も席を外してしまった。

冊封の儀は行われなかったが、今日はつまり、いわゆる、一般的に言う……。


「初夜……よね?」


呟いた瞬間、かぁっと顔が急速に熱を持った。

まあ、妃嬪が両手で収まらないほどいる後宮に、初夜という考えはなく、『夜伽』という言葉でそのような行為は表される。


その行為の相手である関玿は今、部屋の中をうろうろと歩いて、物珍しそうに棚やら花瓶やら帳やらを眺めている。

どうやら本当に、妃嬪達の元を訪ねたことがなかったようだ。


――どういうつもりでいるのかしら……。


「好きだ」と、あの夜、彼からは想いを告げられた。

それに自分ははっきりとした言葉は返していないが、しかし、その想いを受けるという旨の返事はした。

いわゆる、両想いというものなのだろう。


――こういう時、普通の男女はどうするものなの……!?


あいにく生まれも育ちも女の園である後宮産だ。一般的な男女の関係について、紅林は書物の知識程度にしか知らない。


――関玿は元は平民って話だったわよね? それじゃあ彼に任せれば大丈夫かしら。


正直、後宮の女達より平民のほうが恋愛経験は豊富だろう。

自分の知る書物知識もおそらくは偏っている。後宮に置いてあったそういう閨本ねやぼんは、基本的に皇帝を籠絡させる手練手管を中心として書いてあったし。

しかも、読んだには読んだが、幼かった紅林には書いてあることの半分も理解出来なかった。

相手の気分を高めるためには、手にあるなんたらのツボを押すと次第に血流が盛んになりウンタラカンタラとか……。

今読めばもう少し理解出来るのだろうが、結局その閨本も、母の媛玉に見つかって「まだ早いわ、うふふ」と途中で取り上げられてしまい読了できなかった。


「……朱姉妹に色々と聞いておくんだったわ」


しかし、朱姉妹はいない。

わざわざ呼び出して教えてと言うのも恥ずかしい。


それに、夜伽については、その他にもっと考えなければならないことがあった。

むしろ、そこが一番重要というか、関玿に伝えなければならないことなのだ。


それにしても、彼はいつまで部屋の中を見て回っているのか。


「ねえ、関玿」


返事はない。

聞こえなかったのだろうか。


「ねえ、関玿ってば」


先ほどよりも声を張り上げてみるが、やはり彼の反応はない。

几帳やら卓の脚やらを熱心に眺めては、「なるほどな」と意味分からないことを呟いている。

紅林は腹にたらふく息を吸い込み――。


「ねえっ、関玿!」


思い切り声に変換して吐き出した。

ほぼ怒鳴り声のようになってしまったが、それでようやく彼の耳にも届いたようだ。

卓の下に潜り込んでいた関玿が、のそりと立ち上がった。


「ねえ、関玿。ちょっとその……よ、よ、とぎ……のことで話したいことがあって……」


恥ずかしくて思わず夜伽というところで声が裏返ってしまった。なお恥ずかしい。

顔がまた熱くなって、紅林は両手で頬を覆って俯いてしまう。


あれだけ積極的に迫ってきた彼のことだ。夜伽と聞いて、喜び勇んでやって来るかもしれない――と思ったのに、いつまで経っても彼はやって来ない。


「あら?」


それどころか、彼は立ち上がった場所から一歩も動いておらず、こちらに背を向けたままだった。もしかして具合でも悪いのか、と心配になった紅林は、自ら長牀を離れ関玿の元へと歩み寄る。


「どうかしたの、関玿? どこか悪い――っきゃ!?」


紅林が彼の背中に軽く触れた瞬間、ビクッと関玿の大きな背中が跳ねたのだ。

それはもう盛大に。忌々しい虫を踏みつけてしまった時くらいに跳ねた。

これには紅林も驚き、「どうしたの!?」と慌てた声を出し、彼の正面へと回り込む。


「大丈夫!? って………………え?」


腕で口元を隠していたが、関玿の顔は紅林が羽織っている深紅の長袍よりも真っ赤に染まっていた。


「…………」

「…………」


妙な沈黙が流れる。


「それは……ど、どういうアレなの……?」

「…………」

「え、まさか夜伽のこと――」

「ゲホッ! ゲホッ!!」

「…………」


――嘘でしょ。


冷宮の牢屋であんなことをしてきた彼が、夜伽という言葉だけで、こんな初心な反応をするのか。あの時は、完全に手慣れた男のそれだったと思うのだが。

珍しい生き物を見るように、紅林が関玿をまじまじと眺めていると、関玿の目が紅林をじわりと捉える。


「……夜伽は、今夜は…………しない」

「理由を聞いても?」


夜伽はしないと聞いて、ほっとしている自分と、少し……ほんの少しだけ残念に思った自分がいた。というより正直なところ、あれだけ好意を押しつけてきていたのに、なぜ急に、と少々おもしろくない。


「今抱いたらおそらく……夜が明けても止められない」

「は」

「紅林の姿があまりにも美しくて、しかもそんな紅林が俺の妃なんだと改めて思うと……色々ともうぎりぎりなんだ。あまりにも嬉しいことが今日一日で多すぎて……正直これ以上となると、理性というか倫理というか……色々と振り切れてしまいそうで……」

「……は……ぁわ……っ」


関玿が恥ずかしそうに頬を染めて喋るたびに、紅林の目はどんどんと開いていき、顔も濃く色づいていく。


「だから、紅林。五日猶予をくれ。その間に紅林を妃にできた喜びを落ち着かせるから」


真剣な目をした関玿が、呆気にとられている紅林の両手をぎゅっと握りしめる。


「五日後、必ず抱くから……待っていてくれ」


面映ゆそうにはにかみながらそう言って、関玿は部屋を出て行ったのだが、残された紅林はあわあわと開いた口が塞がらない。


「い……五日後……?」


五日後に彼はどうすると言った?

抱く?

妃になっただけで夜通し抱き潰してしまうと断言した男が、抱くと言ったか?


紅林の閨事の知識は少ない。

しかしその少ない知識でも、関玿に抱かれたら自分がどうなるかくらい容易に想像できてしまった。


「殺されるわ……っ!」


紅林は部屋の入り口から顔を出すと、赤薔宮全体に響き渡るような悲鳴じみた声を上げた。


「朱香ー! 朱蘭ー! 今すぐ十日くらい身を隠せる場所を探してー!!」


昼は他の四夫人達を警戒し、夜は別の意味で関玿を警戒しなければならない日々の幕開けだった。




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ブクマや★、作者フォローなどをしてくださり、ありがとうございます。

読者様の反応が見えるのは、とても嬉しく執筆力に直結します!

重ねて感謝申し上げます。


お礼の意味もかねてSSを書きました。

楽しんでいただけていれば幸いです。










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