一章 私を殺した者の後宮へ

第6話 新しい【紅林】としての人生

 林王朝が滅び、関王朝がたったあの日から五年。

 王宮を焼いた戦火は王都の大半に延焼し、王都はしばらく酷い有様だったが、今やその跡形はなく活気溢れる賑やかな街となっていた。


「ほら、! ぼやっとしてないで店の周りも掃除してきな!」

「すみません、すぐに行きます」


 花楼の女将は、妓女達が出した山のような衣の洗濯を終え店に戻ってきたばかりの娘――紅林を捕まえると、外へと追い出した。


「ったく、あんたみたいな奴ここに置いてやってるだけで感謝もんなんだよ。人の三倍は働きな!」

「……はい」

「あーあー! 辛気くさいったらありゃしない! 本当、その髪色といい幽鬼みたいな子だねえ」


 女将が紅林の髪色に目を眇めれば、娘は視線から逃げるように顔を俯けた。

 髪をまとめた上から被った手巾を、ぐいと目深に引き下げる。

 そういった一挙一動すらも気に食わないのだろう。女将は鼻でわざとらしく嫌悪の息を吐くと、しっしと犬を追い払うように手を振った。


「ほら、さっさと行きな! 言っとくけど、木の葉一枚でも残したら店には入れないからね!」


 言い捨てると、女将は娘の目の前でピシャリと扉を閉めてしまった。


「……木の葉一枚残らずだなんて、無茶を言うわ」


 不満げに声を曇らせるも、それでも紅林は箒を手にして大人しく花楼の外へと向かったのだった。

 春とはいえ、まだ風に冷たさが残っている。


 洗濯で凍えた指先に春風は堪える。紅林は、はぁと手に息を吹きかけながら壁にそって店の周りを掃いていく。碁盤の目状に区画整備されているため、隣の花楼との境もはっきりしており掃除はしやすかった。


 通りに並ぶ花楼はどれも築浅で、青竹色の柱の塗りもまだ剥げ落ちてはいない。今でこそ鮮やかな花楼がひしめく歓楽街だが、五年前は閑古鳥も鳴かずに逃げるほどの荒涼とした場所だったというのに。


「五年で随分と変わるものなのね……街も……私も」


紅林こうりん』――それが林紅玉の今の名であった。


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