第3話 白髪の公女3

「なぜ母様は、あのように情けない人を守ろうとなさるのです」

「あなたにはきっと悪い父親よね。……でも、あの人にも良いところはあるのよ」


 釈然としない顔で、紅玉は首を傾げた。

 良いところなどない、とでも言わんばかりの顔の紅玉を見て、媛玉は苦笑する。


「ふふ、そんな顔をしないで。昔は……しっかりした人だったのよ」

「想像できませんよ」


 媛玉の手が紅玉の頬を優しく撫でた。


「許してあげて、紅玉。あの人は心が疲れてしまって、もう自分しか見えていないの」

「別に……母様がいれば他は何もいりませんから」


 紅玉は媛玉の手に猫のように頬を擦り付ける。

 自分と違った温度の温かさが心地よかった。


「紅玉、わたくしがいるわ。わたくしが何百人分でも何万人分でもあなたを愛しているから」

「母様一人分でいいですって」


 母の大きすぎる愛に紅玉は笑ったが、媛玉は眉根を寄せ神妙な顔をしていた。


「あなたはこの髪のせいで、自分を偽るのが当然になってしまったわね」

「そうですか?」


 自分ではそんなつもりなかったのだが。


「ねえ、紅玉。今いくつだったかしら」

「十五になりますが」

「だったら、もう少し大きくなったら恋をなさいな」

「恋ですか!? そんなの私なんかには無縁ですって」

「誰かを想う気持ちは自分を強くするのよ。それこそ『私なんか』なんて言えなくなるくらいに」


 媛玉は遠い目をして、紅玉の後ろに誰かを見ていた。

 母にもそのような経験があるのだろうか。


「でも……」


 この髪色を知って、自分を愛してくれる者などいるものか。

 ましてや、後宮という閉鎖的世界でどうやって異性と出会えというのか。

 指先を突き合わせ言いたいことを飲み込んでいる紅玉に、媛玉は「もう少し先かしらね」と苦笑した。


「なにより、あなたには家族を作ってほしいの。紅玉の子はきっと愛らしいでしょうし、わたくしが見たい」

「いきなり何ですか、もう。気が早すぎますよ」


 照れくさそうに眉を下げた紅玉の頭を、媛玉が柔らかく撫でた。


「愛した人と自分の血を引いた子がこの世にあるというのは、何にも代えがたい幸せなのよ」

「そんなものですか?」

「ふふ、そんなものよ。あなたにも好きな人ができたら分かるわ」


 紅玉は肩と一緒に眉も上げて、じゃれた顔をした。

 そんな自分の将来、まだ想像できない。

 今はただこうして、いつか来るかもしれない将来に思い馳せているだけで幸せだった。


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