第2話 白髪の公女2
他の妃嬪達からも隠すようにして育てられ十五年。
紅玉の本当の髪色を知るのは、母と宮に仕える侍女、そして――。
「媛玉……! 媛玉はどこにいるのだ……っ!?」
彼だけであった。
この世で最高の権力を持つ彼こと、今上皇帝であり紅玉の父親でもある『
宮に飛び込んできた皇帝は媛玉の姿を見つけると、彼女に抱きついていた娘を引き離すようにして押しのけた。
「きゃっ!」
「紅玉!?」
男の力で押され、紅玉は床に尻餅をついて転がった。慌てて駆けつけた鈴礼が、心配の声を掛けながら紅玉を助け起こす。
「大丈夫ですか、公主様!?」
「ありがとう、鈴礼。平気よ、なんともないわ」
紅玉の言葉に、媛玉が安堵の息を吐いたのが聞こえた。
媛玉もすぐに駆け寄りたそうにしていたが、それを皇帝が無理矢理に押し留めていた。
「
泣き言を吐きながら、母の膝にうずめるようにして顔を擦りつける父の姿に、紅玉は密かに息を吐いた。
母の優しさに救われていたのは、父も同じだったのかもしれない。他の宮の妃嬪達と比べても、父はことさらに母を特別扱いした。
「怖い……怖いのだ媛玉……っ! 誰も……民も、臣達ですら余を悪く言うのだ! 後宮すら……他の妃達は皇太子を早く決めるべきだと急かす。まるで余にすぐにでも玉座を下りろとばかりに……」
それにしても、なんと情けないことか。
これが二百年続く林王朝の頂に立つ者の姿だろうか。まるで赤子ではないか。
「陛下、大丈夫ですわ。わたくしが陛下のお傍にずっとおりますから。それに他の妃嬪様方も、そのようなことは決して思っておりませぬ」
「おお、そなたの優しさだけが余の救いだ。な、何でもお主の望みは叶えよう。欲しいものはないか? 帯でも歩揺でも何でも揃えるぞ?」
縋るような目で母を見る父の姿は、娘にすら同情心を抱かせ顔を背けさせた。
きっと他の妃達が同じことを言われたら、即座に飾り物や、それこそ息子に皇太子の座をとねだっただろう。
しかし、母は違う。
「何もいりません。ただ、民の事を一番にお考えください。翠月国の平安を願い、民が笑顔になるようにと考えてくださいませ。それだけがわたくしの望みですわ」
いつも欲しいものを聞かれると、決まって母はこう答える。
そうして父は「やってみよう……」と、いつも肩をすぼめて表へと戻って行くのだった。
他の妃達に、ぜひ母の言葉を聞かせてやりたいものだ。
それと、この国の民にも。
しかし、巨大な壁に囲まれた中で発せられた後宮妃の言葉や想いなど、外には届かない。
国の状況が次第に良くない方へと向かっているのは、宮に閉じこもっている紅玉ですら、漂う空気から察していた。
それでも、きっと父にはどうすることもできないだろう。
彼はいつも、母の宮を訪ねると一直線に母へと向かう。
たとえ紅玉が媛玉と戯れていようが、お構いなしに奪っていくのだ。
娘である紅玉には一切目もくれず、母しか見えていないかのように振る舞う林景台。
彼が自分を娘として見ていないのは知っていた。それどころか、不吉の象徴として疎ましく思っていることも。
娘にさえ狭量な男が、数千万人の民に気を配れるはずがなかった。
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