第15話
「ウィプ、やめなよ。手が痛くなっちゃうよ? エルゥも、謝りなよぉ」
猛獣のように殴りかかろうとするウィプを片手で止めながら、ミイシュが困っていると、
「ふーむ」
それまで腕を組んでニヤニヤとした笑みを浮かべていたエルゥが、
「まあ、悪かったよウィプーラニア。ごめんなァ」
あっさりと謝罪の言葉を述べて、
「ン!」
ウィプが猛獣の唸り声のような反応を示したので、苦笑いした。
「あと、悪くはないと思うけど眼鏡は掛けてないほうがいいなァ。オシャレしたいなら他にいいものがあるから、今度似合いそうなものを買ってきてやるよ。なんなら着いてくるかァ?」
言いながら奪った眼鏡を胸ポケットに入れたエルゥに、
「……うるさい。何の用があって戻ってきた?」
仏頂面でウィプが訊ねた。
「翼名授与のお祝い、でしょ?」
どこかうれしそうに割り込んだミイシュを見て、ニヤリとした笑みを浮かべながらエルゥが頭を撫でてやる。
「半分正解。賢くなったなァ」
頭をワシワシと撫でられて分かりやすく照れるミイシュを横目に、エルゥは、
「んで、もう半分は――」
懐から手帳とペンを取り出し、ウィプに向かい合う。
「……む?」
どこか不穏な空気を感じ取ったウィプが不安そうな声を上げて、
「…………。おい、まさかとは思うが」
言った瞬間、エルゥが白い歯を見せたので、ウィプは顔を青ざめさせた。
くるくるとペンを回していたエルゥが、ペンの頭をビシッとウィプに向けて、
「そォ! ズバリ〝新進気鋭の翼名保持者、林檎姫の仕事に密着!〟ってヤツだよォ!」
「ふ――」
「ふ?」
「ふ、ざ、け、る、な!」
ウィプが思いきり叫んで抗議した。
「なんだ、イヤなのかよ? 心配しなくても話題にはなると思うぜ?」
「逆だ! 晒し者にされてたまるかという話だ!」
「遅かれ早かれだろォ? 翼名保持者になった時点で引っ張りだこだぜ」
呆れたように言ったエルゥが辺りを見渡して、
「この村、復興させるんだろ? なら足掛かりは大事だ。どォせ人脈作りとかしてないだろう。記事を見た人が訊ねてくれたらいいなァ程度に考えておけよ」
倣うように首を回していたウィプが、苦い顔をした。
「……ふつうの人間を受け入れるつもりは、ない」
重々しく言って、エルゥが笑う。
「わァってるよォ。――ま、オレはどうでもいいんだけどな」
前屈みになっていた背筋を伸ばして、エルゥは切り替えるように息を吸う。ウィプとミイシュを交互に見つめて、
「……なァ、悪いこと言わねェから。いい加減、二人ともオレと一緒に――」
「ああ。同行する」
遮ったウィプの言葉に、エルゥが目を丸くした。
間髪を入れずに、ウィプが、
「はやく詳細を話せ」
「は?」
「わたしの仕事を記事に取り上げるんだろう? 都会に慣れたおまえが、わたしが動くまで村に滞在するとは思えないし、何かネタを持ってきているはずだ。まさか、わたしの私生活を書き起こすわけではあるまい?」
言うので、開いた口が塞がるまで数秒を要した。
まいったな、とばかりに苦笑して、エルゥは息を吐く。
それから、いつも通りのニヤリとした笑みを浮かべて、
「――〝正義の味方、クリムゾンレッド〟って知ってるか?」
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