正義の味方、クリムゾンレッド
第14話
森を抜けて、男は立ち止まる。
金髪に赤い帽子を被った、目つきの悪い青年だった。ほっそりとした痩せ型の体型をしていて、白のシャツに赤茶のベストとカジュアルな服装をしている。手首には機構の透けた時計をはめていて、よく
不意にしゃがんで、土で汚れた革靴に指先で触れる。指輪に埋め込んだ魔石がほんのりと淡い光を放つと、革靴に付着した汚れが
今一度鼻から息を吸い込み、肺の中を空気で満たす。
乾いた両目をこすって、両手のひらを叩き合わせた。いい音が鳴った。
目の前に広がるのは、山間に広がる殺風景な緑とまばらに点在する空き家だ。
「よォ、戻って来たぜェ」
ニヤリと笑みを浮かべると、男は胸元の襟を整えながら、
※※※
「ん?」
目的地を目指して歩いていた男が、それを見つけて歩みを止めた。
見覚えのある背の低い少女と対峙している、黒衣の人間。背中を向けているので顔は確認できないが、見ているだけで落ち着かない、どこかただならぬ雰囲気を身にまとっている。
見知らぬ存在が見知った存在と会話しているのを見て、思わず男は眉をひそめた。
と、少女がこちらに気付いた。面と向かっている人間に何か口走ると、長身の〝それ〟は用心深く、顔を隠すように帽子を目深に押さえて振り返った。
「おい、お前――」
二人の元に駆け寄ろうとした瞬間、何かに
小石か、石畳の段差か――。わからないが、一瞬、視界から人が消えた。
改めて前を向き直したとき、そこには少女がひとり、立っているだけだった。
確かに、誰かがそこにいたはずなのに。
驚き、瞬きしている男の背後で、
「あーっ! エルゥが転んでる!」
聞き馴染んだ少年の声がして、しまった、というように男は顔をゆがめた。
「いやだから、転んだわけじゃねェって。小銭が落ちてたから拾ってただけなんだ」
「またまた。いつもの〝都会の人間〟アピールはどうしたのさ。普段なら小銭なんて見向きもしないでしょ?」
少年が、エルゥと呼んだ男のことを楽しそうに小突いていた。
背は男と同じ程度だが、比べて歳は若く見える。茶色のハンチング帽に身の丈に整ったブラウンのコートを羽織っていた。ピンと伸びた背筋と、優しそうな、悪く言えば警戒心の欠けた顔立ちが彼の性格を表しているようだった。
「ああクソ、しくじったなァ――」
鬱陶しそうに、しかしどこか嬉し気に少年を引きはがす男が、前方からやってくる少女を見て、
「おっと」
ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべて、自らも早足で迎えに行った。
「よォ、ウィプーラニア。相変わらずちっこいな」
「だまれ、エルゥクス。相変わらず性格の悪さが顔に出ているぞ」
腕組みをしながら言い返したのは、背の低い黒髪の少女だった。
カーキのジャケットに青のパンツ。うまく着こなしているものの丈は長い。丸眼鏡に陽の光を反射して、エルゥクスと呼ぶ男を見上げていた。
「エルゥクス? 誰だそれは。オレは王都を拠点に活動している記者のエリック・ハワードだ。エルゥクスなんて田舎臭い名前の男、知らないねェ」
「どれだけ外面を取り
精一杯に背伸びして対峙する少女に、エルゥは鼻を鳴らして――、一歩だけ前に出た。
「あれェ?」
そして突然、何かを探すような仕草を見せて、
「おい、ミイシュレク。ウィプーラニアが消えちまったぞォ?」
近場にいた少年に――、ミイシュに声高らかに訊ねた。
ミイシュが、エルゥと、目の前で肩を震わせているウィプの間を何度も視線で行き来していると、
「あ!」
わざとらしい声を上げたエルゥが、膝に手をついて前屈みの姿勢を取った。
「なんだよォ、こんなところにいたのかよォ。小さすぎて見えなかったぜ。ごめんなァ?」
ウィプの頭にポンと手を置いて、もう片方の手で眼鏡を取りあげる。
度の入っていない
ぶるぶると爆発寸前のように肩を震わせていたウィプが、
「おまえ……」
怒りと羞恥で真っ赤に染まった顔を上げると、
「おお、それだよそれ。いやぁ、いつ、
もう一押しだと言わんばかりに、エルゥが
〝林檎姫〟と呼ばれたウィプが、涙を溜めた瞳をまんまるに見開いて、頬をぷくっと膨らませると、
「おまえーッ! おまえおまえおまえおのれおのれおのれこのバカバカバカバカバカバカバカバカバカアホアホアホアホアホ!」
ついに爆発して、エルゥに両手拳で襲い掛かった。
ボコボコと殴りつけても、エルゥはものともせず、愉快そうに笑うばかり。
あまりの凄惨さに、ミイシュは額に手を当て、重たい息を吐いた。
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