第12話


 両脇を森林に囲まれた路面が剥き出しの道を、数名の男女が進んでいた。

 先行するのは、二台の荷車と、それぞれを牽引けんいんして歩く二人組の男達。

 両方に布が被せられていて、中身が見えないようになっていたが、先頭からやや遅れて進む荷車からは、積み重なった貨物が布の上から見て取れた。

 後を追うように歩くのは、ウィプとミイシュの他に三名の警備隊員。

 そして、最後尾から――ミイシュが握る縄に引かれて歩くルイス。

 合計十人からなる縦列を、陽の光が照らしていた。

「なんとも不気味な男ですね」

 小首を傾げるように男が言って、

「一緒に行動していた歌鳥を仕留めた瞬間からこの調子なんですよ」

 ミイシュが肩をすくめて説明すると、男は微笑んだ。

「なるほど。困ったものですね。どうするおつもりで?」

「最初こそ、警備隊に引き渡そうと思っていたのですが……。正直渡されても困りますよね」

「まあ、はい」

「だから僕らが連れていきますよ。じつは彼、楽器が弾けるんです」

「ほう、目が見えないのに、それはすごい」

「でしょう。旅費の足しに、こき使ってやりますよ。――どうです。この辺りで休憩がてら、一曲披露してもらいませんか」

 提案を受けた男が、チラリと先頭の荷車を見つめた。

「そうですね。街からもだいぶ歩いたことですし、休憩しましょう。終わったら、私も戻らなくては」

 男が警備隊の隊員に指示を飛ばす中、ミイシュはルイスを一瞥する。

 魂の抜けたような顔で、こちらを見つめていた。



 脇道に逸れた場所に荷車を止めて、一行はルイスを囲むようにして木陰に腰掛けた。

 ミイシュが縄をほどいて、ルイスの両手を自由にしてやる。

 拘束を解いても大丈夫なのかと、一人の隊員から危惧きぐする声が上がったが、

「心配ありませんよ。皆さん、普段から厳しい訓練を受けて治安維持にいそしんでいるはず。成人男性が一人暴れたくらいで、どうってことない。でしょ?」

 楽器をルイスに渡しながら、ミイシュは笑顔で言った。

 それもそうだなと、容器に注いだ飲み物を口に運ぶ隊員の肩を、囲んだ仲間たちが叩いて笑う。

「じゃあ、よろしく」

 ミイシュの声に応じて、ルイスはこくり、頷くと楽器を構えて、

 瞬間、

 ……高価な皿を連続して叩き割ったような雑音と、数名が口に含んだ飲み物を噴き出す音が森に響いた。

 ――注目を浴びる演奏者の隅。二台並ぶ荷車の、片方。

 布が盛り上がって、何かが這い出た。



 絶句しながら演奏を眺めていた一同を、横殴りの衝撃が襲った。

 ルイスが掻き鳴らすものとは、明らかに波長の違う音の奔流。

「……は?」

 一人、また一人と、警備隊の隊員が倒れていく。

 残ったのは、特徴的な笑みが失せている男と――

「ふむ。見事だ」

 背後で聞こえた二人分の物音に、男は振り返って、

「ぶっ!?」

 ミイシュが繰り出した前蹴りを顔面に食らって、地面に倒れ伏した。

 持っていた容器が内容物を撒き散らしながら転がっていく。やがて、目の前に立っている誰かの足にぶつかって止まった。

「……なっ?」

 男が顔を上げると、自分を見下ろすルイスが立っていた。

 その瞳に光はない。無機質で、どこまでも冷めている。

「ど――どうした、お前達っ!?」

 反応がない隊員の容態を慌てて確かめる男に、

「安心しろ。気を失っているだけだ。今はな」

 ウィプが言って、男を誘導するように首を振った。

 導かれた視線の先には――少女が立っていた。

 初めて出会ったが、首元まで伸びている〝その髪〟を見て、男はその正体を察する。

「歌鳥の……。どうして?」

「うむ。答えよう。〝じつは殺してなどいない〟からだ」

 驚愕の色に染まった男を見下ろして、ウィプは続ける。

「次はこちらの番だ。――何が〝しかたない〟のだ?」

「は?」

「キサマに髪の毛を渡して、本体はわたしが預かると言った時に、キサマ、言ったじゃないか。〝しかたない〟と」

 男の目が、激しく泳いで、

「ああ、あれはだって……」

「わたしが強く引き取りを申し出たからしかたない、か?」

「そうですよ!」

「だからなんだ? キサマは〝それでも〟強硬姿勢を貫くべきだった。立場上、それが自然だ。あの時のキサマの態度は、どう見ても追及を避けるために引き下がっていた」

「いや……」

「次だ。〝目が見えないのに、それはすごい〟とはなんのことだ?」

「……は?」

 気の抜けた声を発した後、男が顔を向けたのは、ルイスだった。

「私が何か?」

 〝視線を受けて応答した〟ので、男は思わず、尻餅をついたまま、手と足をいで後ずさった。

 距離を取った男に向け、ウィプとミイシュ、ルイスとランランが歩み寄る。

 木の幹に追い詰めて、逃げ場をなくした後で、

「どうしてキサマが、この男は目が見えていないと思ったのか、当ててやろうか」

 ウィプが淡々と、語り始める。

「それは――キサマに報告した部下たちが〝優秀〟だったからだ」

 傍に転がっている数名の警備隊員を一瞥して、視線を男に戻した。

「キサマの部下は、キサマの命令通り、標的の男女を発見した。――そして観察した。洞察した。わずかな仕草を。……だが」

「…………」

「キサマが思っている以上に、この男はキレ者なんだ。……自分たちを狙う者は、必ず、情報を集める。そう考えている。だから〝目が見えないフリをすることで自分が無警戒になるよう仕向けた〟のだ。そして、事前に情報を集めた敵がついに接触してきたとき。相手は自分の目が見えていないと思って接してくる。普通の人間では、そこまで気付かない。よくよく観察しなければわからない程度の仕草を見せて〝相手に気付かせる〟……。どうだ? なかなか、おそろしいことを考えるだろう」

 区切りをつけるように息を吸って、

「――そして、だ。キサマら〝気付いた〟な?」

 黙って話を聞いていた男の顔が歪んだのを見て、ウィプは目を細めた。

畢竟ひっきょう、キサマはこの二人にとっての〝敵〟なのだよ。彼女、キレイな髪をしてるからな。いかにも、好事家こうずかが喜びそうな、キレイな髪を」

「…………」

「さて。以上が、わたしの見解だ」

 ミイシュが男を見張る中、ウィプが動く。――懐から取り出したのは、小型のポーチだった。

「返そう。どうやらわたしたちにはもう、必要ない」

 受け取ったポーチから、ルイスが中身を確認する。

 太陽の光を浴びてきらめく刀身は、よく研ぎ澄まされていた。

「彼らが運んできた荷車に、五人分の食料が積んである。三人分の食料と、荷車を片方、おまえたちにやろう。残りはわたしたちのものだ」

「……私達を、見逃すというのかい?」

「勘違いするな。わたしたちは何も見ていない。ただ、この道を通りすがって、偶然放置されていた荷車と貨物を頂戴するだけだ」

 言って、ウィプはきびすを返した。

 積み荷を整理するべく動き出した相方を背に、ミイシュは一度、足元で怯えている男を見下ろして、

「…………」

 それから、顔を上げた。……ルイスとランランを交互に見て、微笑んだ。

「少し不謹慎かもしれませんが、楽しいひと時でした。ウィプだって、そう感じているはずです。ありがとう。二人とも、お元気で」

 握手を求めて差し出された手を前に、

「……君達は、これからどうする?」

 ぎこちなく応じながら、ルイスが訊ねた。

「家に帰ります。依頼なんて知らない。今の僕らは、本当に通りすがりと同じなんです」

「……そうかい」

「ええ。では」

 律儀に一礼してから、ミイシュもまた、ウィプの後を追う。

 走って追いついて、

「帰ろっか」

「ああ」

 短い会話を終えた、直後、

 ――音が、響いた。

 二人が振り返ると、気を失って幹にもたれ掛かっている男をよそに、こちらへ向かってくるルイスとランランの姿があった。

「……こまったことがあってね」

 後頭部を掻きながら、ルイスが切り出す。

「食料、三人分では足りそうにないんだ」

 おどけて見せたルイスに、ウィプは呆れたように笑って、

「運がいいな。わたしは小食なんだ」

「……五人分でも足りないかもしれない」

「はあ?」

 ウィプが思わず訊き返すと、ルイスは焦ったように空を見て、

「――じつは、私達、拠点を探して旅をしているんだ」

 消え入るような声で、言った。

「…………」

 目を丸くして驚くウィプの背が、優しく押された。

 振り返れば、子供のように瞳を輝かせるミイシュがそこにいる。

「……いいのか?」

「第一歩だよ、村長」

 村長、と呼ばれて、ウィプは一瞬微妙な顔をしたが、

「……募集していると言ったのは、わたしか」

 決心をしたように、前を向いて歩を踏み出した。

 ルイスがひざまずく。その様子を見て、ランランもまた愉快そうに笑うと、ならうように続いた。

 両者から差し出された手を、両手で握る。

「うむ。よろしく頼む。――では初仕事だ、村人A、村人B」

「……は?」

 背後にある荷車を、ウィプは指差す。

「一緒に村へ向かうということで、荷車が一つ空いた。わたしは疲れたので、あれに乗って帰る。引いていけ。――運がいいな。わたしは小食なんだ」

 唖然あぜんとしている二人を背に、ウィプは今度こそ、踵を返した。

「――ねえ、あの二人が村人Aと村人Bなら、僕は?」

「はあ?」

「まさか忘れてたとかじゃないよね? ねえ?」

「……ええい、暑苦しい! 離れろ!」

 すがりつく相棒を両手で押しのけながら、ウィプは荷車に向かって懸命に進む。

 苦笑しながら後を追うルイスとランランの背中で、一陣の風が吹いて樹々を揺らした。


第一幕「嘘つきたちの演奏会」

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