第9話

「…………。どこからけばいいですか?」

 ウィプを下ろしたミイシュがたずねた。

「まあ……。見ての通り。聴いての通り」

 答えたルイスが肩をすくめて、両手をゆらす。白銀にきらめく刃物には、血は付着していない。ただ、反射した光をのように映す刀身は、鋭利なつやほこっていた。

「とりあえず……。どうして、逃げずに僕たちを待っていたんですか?」

「ああ。それかい。ウィプどのが言っていたことを思い出したんだ。敵に姿を消されるよりは、姿を認識しておいて、対処した方がいいって」

「対処したほうがいいとまでは言っていないが」

「思いいたった、というわけさ。先に言っておくが、誰も来ないと思うよ。先程の波長は少し特殊でね。今だって、お二人とも、頭がうまく働かないのではないかな?」

「キサマは違うのか?」

「私は平気だよ」

「なるほど。それはいいことを聞いた」

 即座にウィプが両手で耳をふさいだ。

「…………。何をしているのかな?」

んだろう?」

「ふふ、好きにすればいい。両手なんぞで塞いだところで、無駄だと思うがね」

「そうか?」

「単純に、ランランは器用なんだよ。声を届ける方向や、対象を選ぶのが」

「もう少し大きな声で話してくれると助かる。こう暗いと、読唇術どくしんじゅつでも読み取りにくい」

「……届かなくても、こちらには問題ないよ」

 冷めたひとみで吐き捨てると、ルイスは続ける。

「ひどいね。お二人とも。ずっと私たちをだましていたんだね」

「人聞きの悪いことを言うな。一度たりとも騙していない。キサマが勝手に〝誤解ごかい〟しただけだ」

「はは。ウィプどのは、もしかして、本当に詐欺師だったりするのかな?」

「いいや。わたしは学者だよ」

「……学者?」

「ああ。怪物かいぶつ学者だ」

 ルイスが眉根まゆねを寄せた。そして、

「ああ――。ああ。……ああ。…………ああ」

 うめくような声を何度もあげた。それぞれが、違う意味を含んでいるようだった。

 最後に「なるほどね」とつぶやいて、少しだまってから、

「は――。うくく、うははっ!」

 耐えきれないというように、笑いだした。

「……なにがおかしい?」

「いや、なに。いて言えば、ウィプどのの存在がおかしくてね」

 笑いをこらえるような鼻息を漏らしつつ、ルイスは、

「今のご時世じせいに、怪物学者? 絶滅危惧種じゃないか」

「ふむ。その通り。数十年ほど前に〝剣聖とその愉快な仲間たち〟が怪物を根絶ねだやしにしたせいで、同胞どうほうは減少傾向にある。研究対象が少なくなっているし、絶滅したと見做みなされた怪物も現れているせいで、世間から必要とされなくなってきた。……昨今さっこんの人間が強すぎて、我々が手立てを考える前に真っ向勝負でなんとかできてしまうのも一因いちいんだろうな」

「世間一般では散々な言われようだろう? それがなんともかわいそうでね」

「問題ない。わたしは世俗せぞく頓着とんちゃくしない。生きているのだからな。需要じゅようが無ければ存在できないほど矮小わいしょうではないんだ。それはキサマらだって同じだ。そうだろう」

 ウィプの淡々とした語り口調に、ルイスの熱が冷めていく。

「…………」

 やがて深呼吸して、ばつが悪そうに刃物ので側頭部をいた。

「全部知っているんだね。私たちが本当は何者なのか」

「ああ。〝騒音をき散らす謎の二人組が出没しているのでどうにかしてほしい〟という依頼を見かけたので、様子を見に来たらアタリだった」

「なら、怪物学者様の見解けんかいを聞こうじゃないか。私たちは何者なんだい?」

 その問いに、

「あ」

 ミイシュが、思わず声を上げて、

「うむ。では教えてやろう」

 ウィプが、こほん、と咳払せきばらいした。

歌姫うたひめランラン改め〝歌鳥うたどり〟ランラン――と、そのお連れくんだな」

「すばらしい。さすが――」

「怪物は普通、知能を持たないが……。時折、人に近い容姿、知能のどちらか、もしくはその両方を持った個体が発生する。それらを、我々の領域りょういきでは怪物の特異個体とくいこたい、つまり特異体とくいたいと呼ぶ。ランランは、人と意思の疎通そつうができることから、人間に近い知能をゆうしていると推察できる。加えて、見る角度によって色彩しきさいあざやかに変える特徴的な髪の毛は、本来であれば歌鳥の羽根はねにあたる部位だろう。外見は非常に人間的といえるが、料亭りょうていでなんでもまるのみにしていたあたり、臓器ぞうきのほうはつくりが違いそうだな。異常なまでの食欲は〝声〟を発するために相応のエネルギーを摂取せっしゅする必要があると考えればに落ちる。ともなって発声器官も異常な発達をげていそうだ。先程さきほどから度々発している声は、通常の歌鳥にもみられる攻撃方法ではある。もっとも、ランランのそれには歌鳥特有の〝耳にした者を自殺に追いやる〟効果は見られない。本来ならば被害者の屍肉しにくを食らって生きる怪物だが――人間に近い肉体を持つことで、おそらく生命活動も変容へんようしたのだ。また、特異体全般ぜんぱんに見られる特徴だが、特異体は通常個体よりもしゅ特有の能力を十全じゅうぜんに扱える。本来白痴はくちの怪物が高い知能を得ているのだから、当然だな。それで、わたしが推察した限りでは、歌鳥の特異体であるランランは〝声〟に様々な効果を乗せられるのだ。たとえば、そうだな。わたしたちが実際に経験した事例じれいを挙げてみるとわかりやすいか。料亭でキサマらが演奏しているとき、うつくしい歌声を聴いた者と、そうでない者がいた。特定の対象にはうつくしい歌声を届けることができるが、どうでもいい存在には不快に感じる歌声が届く。――いや、それだけではない。少々あらっぽくなるのだと思う。あのとき店に殴り込んできた男は、様子がおかしかったからな。待てよ? 店主はランランだけでなく、演奏そのものをほめていたな……。ルイスの破滅的な演奏を聴いたら邪魔に思うのが普通なのに、特に言及げんきゅうする様子はなかった……。もしかしたら、歌鳥の特異体は特定の対象の聴覚を麻痺まひ、ないしは操作できるのかもしれない。これは見方によっては洗脳せんのうに近いな。ふむ。どう思う?」

 ウィプが視線を上げると、あくびしていたルイスが映る。

「ん……。ああ、やっと終わったか。どう思うって、言われてもなあ。……だいたいは合ってるんじゃないかな?」

「そうか。それはよかった」

 表情を変えずに、しかしどこか満足そうにウィプがうなずいて、

「ねえ」

 ミイシュに肩を叩かれて、ささやかれた。

「あの人〝外見は非常に人間的といえるが~〟の辺りから、たぶん話聞いてなかったよ」

「なんだと」

「ずっとそわそわしてたもん。最初に〝誰も来ないと思うよ〟って言ってたのにね。たぶん、自信を持ってそう言える時間が過ぎたから、ちょっと心配なんだよ。思いのほか長話になってるから」

「なんだ。そうだったのか?」

 おそらく、会話が聞こえていたルイスに訊ねると、

「…………。まあ、そうかも、しれないね」

 非常に歯切はぎれの悪い答えが返ってきた。

 続けて、


「つまり、時間切れってことだ。殺すつもりはなかったけど、失礼するよ」

 

 ランランと繋いでいた手を、振り上げた。


 歌鳥の特異体が、息を吸う。


 そうして、歌姫は――


 姿を消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る