第7話

「それで――」

 ルイスが、首だけ回して後ろを振り向いた。

「どうして、我々が前を歩いているのかな?」

 その問いに呼応こおうするように、ルイスと手を繋いで歩くランランもまた、ならうように後ろを向いた。

 ウィプが、

「いいから前を向いて歩け」

 不思議そうな顔で自分を見つめているランランに言って、先頭を歩く二人は渋々指示に従った。

「道なりに、まっすぐでいい。曲がる必要があれば指示する」

「まあ構わないけど、理由は気になるところだね」

「教えてやる。振り返らず聞け」

 物言わぬ背中で答えたルイスを見つめながら、ウィプは続ける。

「店を出た時からキサマらのことをつけている人間がいるのだ」

「なんだって? ――痛っ」

 反射的に振り返ろうとしたミイシュの向こうずねにりを入れつつ、ウィプは、

「気付いた素振りを見せて姿を消されるよりは、このまま認識できる状態のほうがいい」

「……まさかとは思うが、そんな状況で一直線に宿へ向かおうなんて――。考えていないだろうね?」

「お望みなら、そうしよう。歌姫の熱狂的なファンかもしれないからな」

「あいにく、姿の見えない観客にく労力は持ち合わせていないんだ。タダ働きは御免ごめんでね」

「聖職者いわく、神は常にわたしたちを見守っているらしい。しかし、姿かたちはこちらから見えない。それでも、知らずのうちに日頃の行いを還元してくれるというのだ。そう考えると、タダ働きなんてものは存在しないという見方もできる」

「……ウィプどのには、詐欺師の素質があるね」


「――キサマだって、そうだろう?」


 背後からの突き刺すような呼びかけに、ルイスは小首を傾げるように振り返った。

 ……その眉間みけんには、深いしわが刻まれている。

 怪訝けげんそうに自分を見下ろす男と視線をわして、

「そんな顔をするな。――ただの狂言きょうげんだ」

 ウィプは、口元を緩めた。


 ※※※


「それで――」

 ルイスが、首だけ回して後ろを振り向いた。

「どうして、我々が前を歩いているのかな?」

 その問いに呼応するように、ルイスと手を繋いで歩くランランもまた、倣うように後ろを向いた。

 ルイスと目が合ったミイシュが答えようと口を開けて、

「…………」

 わからなかったので、口を閉じた。

 代わりに、ウィプが言うのだ。

「いいから前を向いて歩け」

 先行する二人が、名残なごり惜しそうに前を向き直す。

 隣を歩くウィプを、ミイシュは不思議そうな表情で見つめていた。

 ルイスの疑問は、彼だけのものではない。自分もわからないのだから。

「道なりに、まっすぐでいい。曲がる必要があれば指示する」

「まあ構わないが、理由は気になるところだね」

「教えてやる。振り返らず聞け。――店を出た時からキサマらのことをつけている人間がいるのだ」

「なんだって?」

 思わず、ミイシュは声を上げた。反射的に振り向こうとして、

「――痛っ」

 ウィプに向こうずねを蹴られて、うめいた。

 いかにウィプが非力とはいえ、急所への攻撃。しびれるような痛みが脳天までほとばしる。

 足を止めて、その場にうずくまって、患部かんぶをなぐさめるように手でさすった。

「気付いた素振りを見せて姿を消されるよりは、このまま認識できる状態のほうがいい」

 自分を置き去りにするウィプの声が聞こえた。

 確かに。

 ミイシュは納得して、しかし――やはり気になって、振り返った。

 ウィプの言う、追っ手の姿。不審人物。……敵。

 それがどのような姿をしていて、どれほどの距離があって、いかほどの人数なのか。

 視認して、一計いっけいあんじるべく。

 ミイシュは、もうじきとばりが下りる世界を、垣間かいま見た。

 緩やかな傾斜をともなって伸びる石畳の道。まばらに生えた人の群れ。帰路きろにつく者もいれば、これから夜を楽しむ者もいるだろう。夜回りの警備隊員が巡回していた。

 両側に立ち並ぶ建物群が、自らを形作る煉瓦れんがと同じ暖色の光に照らされて影をあらわにする。

 ――探した。

 一瞬のうちに。

 あくまでも、耐えがたい痛みにうずくまった拍子ひょうしの出来事であると。

 自然な仕草しぐさよそおって、ミイシュは目を走らせた。

 区切りをつけるように立ち上がり、若干ばかり離れた三人を追う。

 追いながら、彼はわずかな猶予ゆうよで得た情報を精査する。

 おそらく、解は得た。


 〝それらしき影はない〟。


「――それでも、知らずのうちに日頃の行いを還元してくれるというのだ。そう考えると、タダ働きなんてものは存在しないという見方もできる」

 ウィプに追いついても、彼女からは一瞥さえもらえない。

 ……何か、考えがあるのだろう。

 渦巻く謎を咀嚼そしゃくするため、ミイシュは考え込むように視線を落とした。

 不意に目に留まったのは、ルイスとランランが繋いだ手。

「ウィプどのには、詐欺師の素質があるね」

「キサマだって、そうだろう?」

 ……ウィプの声に応じて、ルイスが振り返ったか。彼の体が内側に開いた。

「そんな顔をするな。――ただの狂言だ」

 刹那せつな、ミイシュは見た。

 それは、歩幅のズレ。辻褄つじつまのほつれ。

 本来であれば謎を呼ぶ事象は、しかしミイシュの中では鍵に転じた。


 ルイスの手を、引いていた。

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