第6話
「――おい!」
裾をウィプによって引っ張られたところで、ミイシュの意識が引き戻される。
「どうしたの?」
満ち足りた表情をしているミイシュと裏腹に、ひどく心配そうな様子でウィプが瞳を潤ませた。
「おまえ……。いいから座れ。な?」
「うん」
おとなしくミイシュがイスに腰掛けたところで、
「この愚か者が!」
「え」
ウィプが怒号と共に体当たりして、ミイシュがイスから転げ落ちた。先刻、暴漢を拘束する前の一幕のような光景がまたも店内に現れる。
「急に何するのさ!?」
あまりに急な出来事に、さすがのミイシュも苛立ちを覚えた。がばっと身を起こそうとして――
「ミイシュレク」
ひそりと、ウィプが耳元で名前を呼んだ。
「いまから頭突きする。そしたら、わたしの質問に答えろ」
続けざまに早口でささやいた。
「――うん」
ミイシュが相棒の異変を察したように答えて、ウィプが馬乗りの姿勢で身を起こす。息を吸い込んだ。
「キサマ、かような見事な演奏が終わった後は、一分間は無言で余韻に浸るのが最低限のマナーであることも知らないのか! 恥を知れ不作法者が!」
大声で叫んで、ミイシュの胸元に頭突きを見舞った。
予告されていた痛み。一瞬だけ顔をゆがめるが、ミイシュはすぐにやってくるであろう質問に身構えた。
「おまえにはアレが美声に聴こえた。間違いないか?」
頭突きを見舞ったままの姿勢でウィプが小声で訊ねる。
ミイシュが、答えようとして、
「…………」
困惑した表情でこちらを見ているランランに気付いて、一瞬だけ間を置いた。
それから、
「ああ! そうだった! 僕としたことが基本的なマナーを忘れていた! なんてこった!」
右手で額を抑えて、表情を隠しながら、言った。
「…………」
短い沈黙の後で、ウィプが続けて質問する。
「自殺衝動はあるか?」
「いや! 僕としたことが、本当にとんでもないことを!」
「何か異常はあるか?」
「いやあ、本当に自分が情けない!」
「…………。もういい。わかった。気を抜くなよ」
ミイシュの意図を汲んで、現状を把握したウィプが身を起こす。
不自然な言動だとルイスとランランは疑問に思うかもしれないが、真意がわからなければそれでいい。即興の
「ごめんよ。これからも僕のマナーが間違っていると思ったら殴り飛ばしてくれてかまわないから」
「わかればいい。次から気をつけたまえ」
二人がイスに座り直す。
「お見苦しいところをお見せした」
ウィプが謝罪して、ランランが頭を振る。
一方で、ルイスは弦楽器を弾いていた。指摘され、顔を上げる。
「ああ、終わったかい? それでは出発しようか」
ボロロン、と、ルイスが楽器を撫でるように弾いて立ちあがると、ランランもまた、倣うように席を立つ。
それから――ルイスの手を取って、歩き出した。
「……どうかした?」
席に着いたまま動こうとしないウィプを不思議に思ったミイシュが話しかけた。
先行するルイスとランラン。
ウィプの視線は、その二人が離れぬようにと固く繋いでいる手に導かれていた。
やがて、彼女は口を開く。
「……ミイシュ」
「うん?」
「これからする質問に、怒らないから、正直に答えてみろ」
「うん」
「わたしは〝おねえさん〟に見えるか?」
含みのある言い方だった。
逡巡の後、ミイシュが唸って、
「……いやあ。見えない、かな?」
歯切れ悪く答えた。
ウィプがミイシュの顔を見上げる。
「
「え?」
怪訝そうな声を発した相方を尻目に、ウィプは知らんぷりするように立ち上がる。
呆気に取られていたミイシュが慌てて後を追おうとして、
「…………」
出口付近で待っているルイスとランラン。二人と目が合った。
「いざ行かん、久方ぶりの暖かな寝室へ」
ボロロン。
肩から紐で吊るした弦楽器をルイスが鳴らした。
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