第3話
店の前通りに集まっていた野次馬が警備隊員によって解散させられていくのを尻目に、鼻血を流していたウィプのもとへ、ミイシュが心配そうに駆け寄った。
「ウィプ、大丈夫?」
「キサマ」
鋭く
「わたしはまだ
先ほどの一件をいまだ引きずっている執念深さに脂汗を流しながらも、ミイシュは彼女の鼻から血が流れていないことを確認して胸を撫で下ろした。
「さて」
切り替えるように言って、ウィプがミイシュの横を通り過ぎた。
「そこの絶望的にセンスのないお三方。どうやら、そっちも終わったみたいだな」
苛立ちを隠さず、怒気をはらんだ声色で指摘すると、
「いや、すごい! すばらしい! 見事だ! じつによい演奏だった! さすがは話題の歌姫だ!」
いままで〝歌姫〟の歌声と演奏を目の前の特等席で独り占めしていた店主が、感動のあまり座っていたイスを吹き飛ばして直立した。
店主ただ独りから鳴る盛大な拍手を受けるのは、いい汗をかいた、とでも言いたげに晴れ晴れとした表情を浮かべている男と、歌い切った、と満ち足りた表情で天を仰いでいる少女。
「おい。聞いているのかね」
盛大な賛辞を贈っていた店主にウィプが話しかけた。
「ん?」
振り返った店主と、傍に立っていたミイシュの目が合う。
「…………」
ミイシュが気まずそうに視線を下に――ウィプに向けて、店主はそこでようやく、ウィプの存在に気付いた。
「ごめんよ。お嬢さん。あまりにすばらしい演奏を聴いていたので、余韻がすごくてね」
「かまわん。それより――」
言って、ウィプは背後の惨状を指差した。
料理がこぼれたテーブル。床に落ちた魚がこちらを見ている。
「先ほど暴漢が暴れたせいで、わたしたちの食事がひっくり返った」
「え?」
気の抜けた声を発する店主の前で、ウィプがミイシュの服の裾を引っ張って、
「見ろ。わたしの連れだ」
「ああ、どうも」
「どうも……」
店主とミイシュが気さくに挨拶をして、
「この男の服に付着した血痕は暴漢を拘束する際に負った傷によるものだ」
「え?」
「ささやかな
唐突に告げられて、焦った様子で店主が口を挟もうとするが、
「わたしは翼名保持者であり剣聖からの補助を受けることができる」
ウィプの言葉によって、それは
懐から書簡を取り出して、店主へ広げて見せる。
ウィプとミイシュの顔写真が並んでいる。ウィプが翼名保持者の候補であり、ミイシュをその補佐官に任命する
「見てのとおり、わたしはまだ正式な翼名保持者ではない。が、すでに翼名授与を待つばかりの身だ。あと数日もすれば、翼名と相応しい身分証が手に入る」
息を吸い、間髪を入れずにウィプが追撃する。
「無論キサマがわたしと戦うというのならば一向にかまわないが、いち市民のキサマと国家公務員の立場であるわたしとでは証言の優位性に差がありすぎる。野次馬も集まっていたので目撃者は十二分だ。暴漢の身柄はすでに警備隊に引き渡してあるし、彼ら警備隊は剣聖が各地に置いた治安維持組織。剣聖から
先ほどまでの
「ど……、どうか、それだけは……! 一生懸命がんばってこの店を開いたんです! 夢だったんです! 畳むわけにはいきません!」
「キサマ、さっきから頭の位置が高いな。首が痛い」
即座に自分の前で
「ならばこちらの要求を呑め」
「はっ――?」
「わたしが負った精神的苦痛と連れが負った外傷に対する慰謝料を払え。彼の衣服のクリーニング代を負担しろ。そしてひっくり返った料理のぶんを返金したうえで、新しいものを四人分用意しろ。私怨で手を抜いた料理を出したら一連の騒動にくわえて契約不履行でキサマに賠償請求する」
高速で首を縦に振る店主に、ウィプが「それから」と前置きして、
「後日、
つめたく、まじめな顔で、静かに言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます