第2話 ただ結果のみが真実?
「これ、センパイが書いた悪役令嬢ものですよね。
確か、どーせ俺たちゃ底辺作家だぁ~とか言ってチクワさんと一緒に泥酔して、今流行りの悪役令嬢ものでどっちが高ポイント取れるかって話に何故かなったんでしたっけ」
「あぁ……そんなこともあったな。
それで何でか知らんが、それまでの俺の作品からじゃ信じられないレベルの高ポイント叩きだしたんだっけ」
チクワも何故か楽しげに口を出してくる。
「天ちゃん、それまで100ポイント超えれば上々だったのに、いきなり1万超だったからね。アレはビックリだったねぇ」
「チクワさんは滅茶苦茶なエログロ書いて作品消すハメになりましたけどね」
そう。あの時俺は、今まで殆ど読むことも書くこともなかったジャンルに手を出した。
確かチクワに、「天ちゃんは卑怯だねぇ~。悪役令嬢テンプレなんて俺は書かないとか言っちゃって、流行りもので失敗するのが怖いからそんなこと言ってるだけでしょぉ~??」
とか挑発され、カッとなってやったんだ。
俺がこれまで低ポイントだったのは、流行のジャンルを書いていないからかも知れない。酒の勢いでうっかりそう愚痴ったところ、それは逃げだ、流行ジャンルでもショボイポイントだったら言い訳出来ないからだなどとチクワに笑われ、つい……
それでも滅茶苦茶なポイントが取れたのは、かなり運要素も大きいと思っている。評価をしてくれたかたには申し訳ないが。
それに、ランキングのシステムや上位作品を自分なりに分析して傾向をつかみ、投稿時間や文字数も綿密に考えながらやっていたというのもある。
だから「アロウ」以外、つまり悪役令嬢ものが「アロウ」ほど流行していない投稿サイトでは、この作品の評価はさっぱりだ。
「それでも……あの時はこんなにポイントが取れるとは思わなくて、舞い上がってたな。
自分でも恥ずかしいくらいに」
「そういえばセンパイ。あずきさんは、悪役令嬢ものは書かれているんですか?」
「あぁ、何作か書いてるぞ」
「じゃあ原因、それじゃないですかね」
へ?
俺は多分、鳩が豆鉄砲を喰らった顔になっていただろう。
「いや、仮にあずきさんが悪役令嬢ものが嫌いで、それで高ポイントをとった俺を怒りのままにブロックしたなら、話は分かる。
でも、彼女はそこまで嫌いじゃないはずで……」
「ちなみにあずきさんの書かれた悪役令嬢もの、一番評価が高いものは何ポイントぐらいですか?」
「知るわけがない」
「ちゃんと調べてくださいね。はい、検索をこうしてこうしてソートして……と。
はい、出てきました。あずきさんの悪役令嬢ものの最高ポイント、センパイとどっちが上ですか?」
「……俺だ」
そう。明らかに、あずきさんの書いたどの悪役令嬢ものより、俺の書いた唯一の悪役令嬢ものの方がポイントが高い。
ということは――つまり、そういうこと、なのか?
イルマは続ける。
「私はそのあずきさんって人を全く知らないので、あくまで推測でしかないですけどね。
毎回一生懸命精魂こめて流行ジャンルで頑張って書いていたのに、それまで別ジャンルしか書いていなかったセンパイが同じジャンルに来て、いきなりとんでもない高ポイントかっさらっていったら……って話ですよねぇ」
「おい、待て。この高ポイントは時の運による部分も大きいんだぞ?
投稿時間やら盛り上がりのタイミングやら1話あたりの文字数やらランキングの更新時間やら、普段考えないようなことばかり考えた結果だ。
内容に関しては正直、あずきさんの作品の方が上だと思ってる」
「そうは言っても、あずきさんがセンパイの裏事情なんて知るはずもないですし。
ただ結果のみが真実とは、よく言ったものですねぇ。あはは♪」
「こいつ……他人事だと思って……」
しかし、イルマの言うことにも一理ある。
確かに俺が悪役令嬢ものを書いた時は、反響も大きかった。だが、いつもコメントをくれるはずの人がその時は全くくれなかったり、中にはブロックとはいかないまでも、いつの間にかフォローを外されていたというケースもあった。
流行ものを書いた代償に、少数であってもついてきてくれた読者の一部を失っちまったのか。もしや「流行ジャンルに魂を売った」とみなされたのか。当時はそう失望したものだ。
俺はチクワの野郎にそそのかされただけだってのに!
でも――あずきさんまでが、そうだったのか?
「それでなくても天センパイって、自分がコンテストの一次通過したりランキング上位に入ったりすると、結構舞い上がってすぐ活動ノートに書いたりするじゃないですか」
「それの何が悪い。応援してくれた人たちにコンテスト通過やランキング上位入りを報告するのは当然だろう」
「けどセンパイ、逆に考えてみてくださいよ。
センパイが落ちたコンテスト、他の人がノートで『通過しましたー!!』と大騒ぎしてたら、どう思います?」
言われてみれば、確かに俺にも覚えがある。
自分がエントリーした作品が全滅したコンテストで、他の作者の活動ノートを覗いてみたら
『通過しましたー!』『10作品全部通過しました、やったー!!』『おめでとうございます! さすがは〇〇さんですね!!』『通るとは思ってませんでした!!』『僕の作品まで通ったよ! ひょっとして落ちたヤツなんていないんじゃね?』
……というウキウキの書き込みばかりだった時、その全員をブロックしてやろうかという衝動にかられたのは一度や二度ではない。
特に最後のは自らを卑下しているように見えて多くの作者をバカにしている。よくよく調べてみたらチクワのアホのコメントだったが。
自分が力を入れているコンテストの時は、開催中も終了直後もコンテストの名前を聞いただけでピリピリして、あらゆるSNSでコンテスト名自体をブロック出来ればとさえ思ったことも何度もある。
だから、「コンテスト通過したぞ!」という俺の活動ノートを見て、怒りのあまり衝動的にブロックしてしまう……なんてことも起こりうるのかも知れない。
「だが俺はそれでも、コンテスト通過の報告をやめるつもりはないし、他の作者にやめろとも言わないぞ。
何故ならコンテストを通過出来たのは、読者が俺を支えてくれたおかげでもあるんだ。
その感謝を怠ることは出来ない」
「まぁ、センパイがそこ譲らないなら、それでもいいですけど」
「確かに俺も浮かれた書き込みをすることはあるし、逆にそういう書き込みを見て嫉妬に震えることだってある。
だがそれは「アロウ」のランキングやコンテストに作品を出している以上、当たり前のことだ。勝利者が喜び、敗北者が悔しがるのは当然のことだろう。
負けたり嫉妬したりするのがイヤだというなら、最初から「アロウ」に作品なんぞ出すなという話だ」
「まぁ、それも正論中の正論ですけどねぇ~」
俺は気を取り直して今一度、あずきさんの活動ノートを開き、じっと眺めた。
多くの楽しげなコメントに、華やかなイラストや写真。勿論、彼女の作品にも俺のそれよりは滅茶苦茶多くの感想が集まっている。
――この人が、嫉妬のあまり俺をブロックした? 俺なんかを?
にわかには信じがたいが……
「アロウ」で出会う書き手たちは、みんな仲間だ――そう思う人もいるかも知れない。
しかし「アロウ」が評価ポイントのシステムを採用しランキングを作っている以上、他の書き手は競争相手でもあることを忘れてはならない。
真剣に上位を目指し、少しでもコンテスト入賞や書籍化に近づく為には、作品に磨きをかけることは勿論、ランキングの仕組みやコンテストの傾向も必死で研究しなければ、上位などおぼつかない。
その過程で当然、他の多くの作者を蹴落とさなければならない。同時に自分も毎日のように散々蹴り落される。
だが厄介なのは、「アロウ」のようなweb小説サイトの場合、ある程度営業努力をしなければランキング入りどころか、ろくに読まれさえしないという点だ。
要は他の作品を読みに行って感想などを書き、自身の存在を積極的にアピールしなければならない。
これをやりすぎたらやりすぎたで問題になるが、ある程度やらなければどれほど良い作品であっても、よほどの幸運がない限り本当に読まれない。
考えてみれば当然だ。「アロウ」だけで100万以上もの作品があり、さらに1分1秒ごとに作品は増え続けているのに、全く無名の作者が一つ作品を投稿したところで誰も読みはしない。自分がどれだけダイヤモンドのように大事にしている作品であったとしても、荒れ狂う流砂の中の一粒となって流されていってしまうだけだ。
――たとえそれが、本当にダイヤモンドの原石だったとしても。
だからこそ――
あずきさんのように、活動ノートなどを彩ったり多くのレビューを書いたり企画を立ち上げたりなどして、作品以外のところで努力を惜しまない作者も多いのだろう。
中には、全く面白いと思っていない作品を持ち上げるような感想を大量に書いたりするケースも多いのかも知れない。
俺にはそんな器用な真似は出来ないので、本当に気に入った作品にしか感想は書けないが。
つまり「アロウ」は、蹴落とさなければならない相手に対し、同時にある程度の営業努力もしなければならないという矛盾を常に抱えている。
結果、魑魅魍魎が跋扈する地獄のサイトと化している。
だが勿論、他の作者は仲間であると同時に良きライバル――そう割り切って活動している作者もたくさんいる。
俺もそうだ。というか殆どがそのタイプだと思いたいが、実はそこまで割り切れてない作者も多いのかも知れない。
そんな中、営業努力なんて殆ど出来ていない俺が、ヘタに上位をかっさらったりすれば――
考え込んでしまった俺に、イルマは少しばかりきまり悪げに苦笑した。
「……ってまぁ、殆どが私の推測、っていうか妄想にすぎないんですけどね。
私は天センパイにはそこまで落ち度はないって、そう思いたいだけなんでぇ。
私の知らないところでセンパイがあずきさんに悪さしてたら、そりゃ話は別ですよ?」
「そんなことはしてない。……多分」
「だったら、もういいじゃないですか。
センパイはバズる作品を書いただけ。
あずきさんは作家魂に燃えるあまり、センパイに嫉妬しただけ。
要はどちらも普通によくあることで、どちらが悪いって問題ではないんです! ってことじゃないですかね」
「そう思っていた方が、精神衛生上いいかもな」
イルマに諭され、俺は何となく肩から力が抜けてしまった。
確かに、全ては推測でしかない。あずきさんから何かしらのリアクションがない限り、ブロックされた事実は事実として受け入れるしかないのだろう。
そう思ったら……
「はぁ……なんか、どっと疲れが出てきた」
「昨夜は天ちゃん、レポート終わったからってずっと長編書いてたからねぇ」
「目にクマ出来てますし、ちょっと休んだ方がいいですよ~。
風邪ひくといけないし、毛布かけときますね」
「あ、ありがとう……ね、眠い……」
この二人は「アロウ」では結構無茶苦茶だが、俺が心底疲れた時には意外と優しい。
イルマに毛布をかけられ、チクワからアイマスクを渡された俺は――
いつの間にか、机に突っ伏したままぐっすり眠りこけてしまった。
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