無言ブロックを喰らった
kayako
第1話 何がどうしてそうなった?
「小説家でアロウ」は、ユーザー数200万超の巨大web小説サイト。
大学生の俺は、「天辺天」の名前で登録して日夜作品を書いたり読んだりして楽しんでいる。
名前の由来? 昔から「天ちゃん」と呼ばれているから何となくそうしただけだ。
しかしある時、俺は突然無言ブロックを喰らった。
しかもある程度感想のやりとりもしていて、自分のお気に入りリストに入れていたはずの作者さんから。
実際に喰らったのはいつだか分からない。だがある日、お気に入りリストからその作者さんが外れていることに気づき――
いつ自分が外したのかさっぱり記憶にないまま、どこかでうっかり操作を間違えたのかと思いながら再度お気に入りリストに登録しようとすると、
『貴方は何らかの理由で、このユーザーからブロックされています』
なる、無機質な文言が。
「嘘だろ……」
その文言を見たまま、しばらく呆然としてしまう俺。
自分が何かやらかしたのか。この作者さん=あずき氷湖さんに何か無礼なことを、俺がやってしまったのか。真っ先に浮かんだのはその疑問だった。
だが自分には何の心当たりもない。彼女(?)にブロックされるようなことは何も。
するとすぐ右隣から、同じ漫画研究部の同期・チクワが太ましい身体を揺らしながら、馴れ馴れしく俺のPCを覗き込んできた。
「あれぇ? ブロックされちゃったんだぁ、天ちゃん。
何かやらかしたのー? その、あずきさんて人におかしなこと」
「いや……俺も今、自分で自分の行動を大急ぎで顧みているが、何にも心当たりがなくてな」
「ぷぷっ♪」
チクワは何故か面白そうに俺のPC画面を眺め、薄気味悪く笑う。
ちなみにチクワも、俺と同じく「小説家でアロウ」に色々と小説を投稿している。ただし、色々と問題も起こしながら、だが。
「確かに、初めてブロックされたら普通そうなるよね~。ぷぷぷ♪
僕なんかは昨日もブロックされちゃったからもう慣れちゃったけど」
「今度はナニをやらかした」
「『爆裂天使マジキュラ! ~悪役令嬢の男の娘として異世界転生したボク、巨大ロボットに乗って国を滅ぼしちゃいます!!~』の作者さんに、主役でありヒロインでもある超絶可愛いキュラパープルきゅんの×××をぺ×××して××××するシーンを書いてください!って、毎話毎話熱烈に長文感想を書きこんでたんだけどね」
「俺なら1回でブロックするヤツ」
「100話目で見事にブロックされた」
「むしろ何で99話まで無事だったのか」
「仕方がないからさっき自分で、キュラパープルきゅんが×××にされて×××されて×××される話を書いた! この展開の方が絶対ポイント取れるって僕が証明してやるんだ~!!」
「運営さんコイツです」
チクワの奴はこんなんが日常茶飯事なので、ブロックされた経験も数知れず。逆に言えば慣れっことも言える。
するとさらに俺の左隣から、後輩のイルマがツインテールと貧弱な胸を揺らしながら、鬱陶しく話しかけてきた。当然のように狐耳と狐の尻尾とメイド服を装着している。流行りのVtoberのコスプレらしい。
「あれぇ? 天センパイがブロックされるって、珍しいこともあるもんですねぇ~
センパイって、私やチクワさんと違ってそこまでおかしなこと書いてなかったと思うんですけど」
イルマも俺やチクワと同じ漫研で、「アロウ」にも作品を載せている。いや、正確に言えば載せて「いた」。
とんでもないエログロBL小説(しかも二次創作)を書きまくって運営から一発BANを喰らい、今ではおとなしくエログロBL二次OKなサイトで活動をしている。
勿論コイツも、ブロックやらそのテの騒動には慣れっこだ。他サイトやSNSでも、逆カプだのNTRだの解釈違いだの地雷だので散々ブロックしたりされたりの騒ぎを起こしている。
しかし、この二人がブロック上等といえど、俺はそうじゃない。
俺がブロックされたのは初めてなのだから。
いや、俺が気づいていないだけで、他にも俺をブロックしているユーザーはいるのかも知れない。だが、俺自身がそれに気づいたのは初めてだ。
ブロックやミュートの機能については、「アロウ」の中でも結構議論されていたことは知っている。
ブロックは当然の権利という意見もあるし、された側は傷つくという意見も勿論ある。ブロックされても自分は主張を曲げない!という強硬派もいたり、ブロックは喰らう奴の自業自得、という意見も。
でも、自分がされると――
何がどうしてそうなったのか、意味が分からない。
それが正直な感想だ。
「俺はあずきさんと、そこそこ交流はあったはずだ。
互いの作品を読みあい、感想を送りあってたこともある」
「へぇ、そうなんだ」
「ただここ数か月、彼女からの感想が来ないと思っていたけどな。
まさか、ブロックされていたとは……」
そう呟きながら俺は何となく、いけないと分かりつつもあずきさんのマイページを開いてしまっていた。
あずきさんの活動ノートは本日も盛況。チクワもイルマも歓声をあげる。
「うわぁ、たくさんイラストとかバナーとか写真とかあってすごいねぇ!」
「装飾もこってるし、コメントも更新のたびにたくさん来てますね」
「天ちゃんの活動ノートとは大違いだね♪ ぷぷー♪♪」
「うるさい」
二人の言うとおり、盛り上がっているあずきさんの活動ノート。
文字しかない俺の活動ノートとはまるで違い、彼女のノートは明るく楽しく華やかに彩られている。
今日も、こんな短編を上げました! 連載を更新しました! こんな企画に参加しました!などと書かれている。作品のイメージイラストも一緒に。
そのイラストは本人が描いたものもあれば、彼女のファンから贈られたものも多い。
さらには「レビューを5本書きました!」と当たり前のように書かれている。
イラストもレビューの量も、俺にはとても真似のできない芸当だ。
彼女の自画像であるあずきの妖精。紫の丸々とした可愛らしい物体に目鼻の描かれたそいつを睨みながら、俺は思った。
あんたは表面ではこうしてみんなと笑いながら。
裏では俺を冷たくブロックしてやがるのか。
チクワのように原因が明白ならまだいい。だが、俺は――
あんたに、何も、した覚えは、ないのに。
どくんと胸の奥にわきあがってくる、限りなく悪意に近い感情。
そいつを必死で抑えこみながら、俺は自分のページに戻る。これ以上、彼女のページを見たくなかった。
「彼女と違って、俺はそこまで頻繁に感想とかレビューとか書けるタイプじゃないから……
もしかしたら、そこが彼女のカンに触っちまったのか?」
「確かに、こっちが感想とレビュー書いたんだからお返しクレ!!って作者は結構いるよね~。自分の作品も読んで、感想と評価とレビュー毎回くれなきゃ二度と関わらない!ブロックだ!っていう作者も中にはいるよ。
めんどくさいよねぇ。僕みたいにお返しとか気にせず、作品のキャラに心底惚れこんだ感想書けばいいのにさ」
「お前の場合、お返しじゃなくてブロックが返ってくるけどな」
イルマも考え込む。
「だけど、この作者さんの活動ノート見る限り、そういうことする人には思えませんが……」
「甘いねぇイルマちゃぁん。活動ノートとか目に見える場所に、『自分は感想とレビューくれなきゃブロックするタイプですぅ~!!』なーんて、分かりやすく書く人間がいると思う?」
「実は案外いたりしますけどね。関わりたくないんで、そーいうのはこっちからブロックですね」
そんな会話を頭の上で聞き流しつつ、俺は自分の過去の活動ノートのコメントのやりとり、感想返信などをくまなく洗いだしていた。勿論、あずきさんとのやりとりをだ。
「う~ん……
感想返信を忘れた形跡もない。彼女の作品に対して、批判めいたことも指示厨的なことも書いてない。
活動ノートのコメントのやりとりも、何が問題だったのかさっぱりだ」
「最後のやりとりが3か月前ですね。これも天候の話ぐらいで、お互いに身体に気を付けましょうで終わり……」
チクワもやたら口を出してくる。他人事だからか超面白そうだ。
「天ちゃんのコメントが無味無臭すぎて当たり障りなさすぎてつまんなくて面倒になったとか?」
「ありうる話だが、一時は俺の作品に熱い感想をくれていた人でもあったんだ。
そうは思いたくない」
「厄介ファンが勝手に失望してアンチに変わるってよくあるよ」
「お前と彼女を一緒にすんな」
そこでイルマが首を傾げながら、なかなか鋭い一言を口にした。
「だとすれば……
天センパイの書いたもので、どうしても気に入らないものが出てきたのでは?」
「俺の書いたもの?
つまり、俺の作品ってことか?」
「作品もそうですけど、プロフィールとか、活動ノートの内容とか」
心当たりがないわけではない。
俺の作品は結構、残酷なシーンや暴力的なシーンが多い。活動ノートで堂々と、エロはともかくグロリョナは必要な描写だ!!バッドエンドや鬱エンドだってどんどん書くべきだ!!というか俺はグロリョナが好きだ!!とまで宣言したことさえある。
しかしそれは最初からあずきさんだって分かっていたはずだ。俺の書いたものには残酷で暴力的でしかもド鬱エンドの話もあるが、それにさえとても熱のこもった感想をくれたくらいだし。
「そもそも、俺の作品内容が気に入らないなら、ブロックまでする必要はないだろう。
見たくないのであればミュートにすればいいだけだ」
「確かにそうですけど、見たくないものを見せられたら衝動的にブロックしちゃうことってありますよ」
そう言いながらイルマは、チクワよりはそこそこ真剣に俺の活動ノートや感想返信を見直してくれていた。そしてさらには、俺の作品も。
「天センパイ。彼女との交流がなくなった3か月前――
その前後で、何かおかしなこと書いてませんか?」
「いや……特に何もないな」
「確かに、私が見てもおかしな記述はないように見えますが――
あっ」
ん?
イルマは何かに気づいたようだ。俺がちょうど3か月前に書いた、とある作品を指さしている。
それは――
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