第四話 笠井凛

 ダサい。圭の言う事はつまり「僕が君を助けるから、君も僕を助けてよ」という事だ。多分そうだと思う。

 これが彼の思いやりなのだろうか。あまりに不器用だと思う。女の子の涙を止めるなら「僕が君を助ける」までで良いだろ。しかも、こちらに話を振ってきた。そんなことってあるのか? 最後まで話をまとめろよ。カッコよく決め台詞を言えよ。

 でも、悪くない。圭が私を頼ってくれるのは嬉しいし、せっかくだから私も言いたい事を言おうと思う。涙はもう止まっていたけど、圭に見せる表情が思いつかなかったから、顔を伏せたまま言う。

「私は、圭に憧れてたんだよ。君があまりにも真っ直ぐで、眩しかったから。でも、私は君にはなれないんだってことも分かってた。だから、堂々としてなよなんて偉そうなことを言ってたんだ。でも、うん。そうだね。私も、君を頼る事にするよ。私は君の世界を知りたいんだ。君が、どうしてそんなに真っ直ぐ生きているのかを知りたいんだよ」

 圭は不思議そうに答えた。

「僕には、それが分からないんだ」

「それ?」

「凛は、僕の事を過大評価してると思うんだよ。僕は自分の事を、そんな風に思ったことは無い。真っ直ぐだとか、眩しいとか。どちらかというと、曲がってるし、くすんでない? 友達いないし、自転車乗れないし」

 その言葉が、とても圭らしかったから、私は思わず天に向かって吹き出した。意図せず顔を上げてしまったが、そのタイミングを逃していたので丁度いい。

「やっぱり圭は良いよね。君は、本当に眩く生きてるよ。人類の歴史は君のためにあったんじゃないのかとさえ思っちゃうね」

「意味が分からない」

「人類が育ててきた、優しさとか哲学とか道徳とか。そういうものが、君に宿ってるってことだよ。君はきっと、そうやって沢山の人のためになるように生きていくんじゃないかな」

「だから僕は君以外に友達いないんだって」

「じゃあ、圭はきっと私のために生きていくんだね。その優しさと不器用さは、全て私のために生まれてきたんじゃない?」

 圭は少し呆れたようだった。でも、少し考えて、目線を合わせずに言った。圭の顔が少し赤い気がする。

「そうかもね。君がいれば、僕は生きていける。僕は君がいないと生きていけないんだよ。君が僕の話を、ちゃんと聞いてくれるから、僕は生きてられるんだ」

「圭は、本質的な会話ができるからね」

 私の言葉を聞いて、思い出したように圭は言った。

「本当は皆が本質的な会話を求めてるんでしょ?」

「ああ。あれは撤回するよ。本質的な会話なんて、私と圭の間にあれば十分じゃない?」

 多分私は今、ものすごく良い顔で笑っている。世の中の皆の声なんて、どうでもいいんだ。私と圭の間に、これからもいくつもの声が紡げれば、きっとそれでいいんだと思う。

「ずっと気になってたんだけどさ、凛の言う本質的な会話ってなんなの?」

 そんなこと考えてもいなかった。

「さあ? 圭はどう考えてるの?」

「愛、かな」

 彼は即答した。流石だ。こういう話題は圭の独壇場だと思う。

「どういう意味?」

 今度は長い間考え込んだ。こいつ、適当に言ったのか?

「いろんな物の本質はきっと愛にあるんだよ」

「全く分からない」

「僕にも分からない。一緒に探そうよ」

「圭はすぐ人を頼るね」

 圭は少しはにかみながら、でも本気で言った。

「もちろん。でも僕が頼るのは君だけだよ。君がいないと僕は生きていけないんだ」

「それ、言ってて恥ずかしくないの?」

「全く。凛になら、僕の言いたい事がちゃんと伝わってる気がするから」

「でも、さっきちょっと顔赤かったよ?」

 圭は驚いたようにこっちを見て、それからすぐに顔をそむけて笑った。多分この笑いは、照れ隠しだ。圭の人間っぽいところが見えて、私は嬉しくなる。基本的にこいつは何を考えてるのか分からない。

「あれは、凛の言ったことが恥ずかしかったんだよ」

 彼は立ち上がりながら少し早口で言った。そういえばいつの間にか辺りは暗くなり始めていた。私も笑いながらカバンを持って立ち上がり、答えた。

「そうだっけ? よく覚えてないな」


 私たちは、歩き出した。

 圭の隣をゆっくり歩きながら、私は考える。

 明日から私は、学校でどう振舞えばいいのだろう。嫌われている事を知りながら、それに気づいていないふりをしていればいいのだろうか。それは、なんだか嫌だ。

 でも、それでもいい気がした。圭が私を頼ってくれるから。圭が私を救ってくれるから。

 圭の人間性はこんなにも素敵なのに、私だけがそれを知っている。私だけが、圭と助け合って生きていける。それは、なんて嬉しい事なのだろう。

 私はずっと、圭の凄さを皆に知って欲しいと思っていたが、それはやめにする。この、あまりにも眩い光を、私は独り占めすることにした。

 ところで私は、圭に何を与えてあげられるのだろう。その答えを私はもう知っているつもりだけど、言葉にするのは難しい。また彼に教えてもらおうか。圭は答えてくれないような気がする。やっぱり愛がポイントなのだろうか。

 圭は、愛という言葉をよく使う。だから、私もそれを大切にしよう。

 圭の隣に居れば、愛の本質さえ私は知る事ができるかもしれない。私は、その瞬間が楽しみで仕方なかった。

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