最終話 優翔は事故死? それとも他殺?
「えー、昨日、うちの学校の生徒が不審者に遭遇した事件があった。先生達も警察と連携し、しばらく登下校を見守ることにした。下校時は友達と帰る、部活で遅くなるときは親御さんに迎えに来てもらう等、各自安全対策を取るように」
私が変態黒フード男に襲われた事件は警察沙汰になり、すぐさま学校にも伝わった。
だからこうして終礼で、担任の佐藤先生がみんなに注意喚起してるってワケ。
もちろん女子中学生を無作為に狙った可能性もある。
ただ、私の名前、そして私と優翔が付き合っていたのを知っていたことから「ストーカーなのでは?」と警察は考えている。
「佐藤先生が見回ってくれるなら安心だね! 先生、柔道部の顧問だし。それに見てよあの腕。昨日熊とやり合って怪我したらしいよ」
隣の席の雪が、私に目配せしてクスクスと笑った。
えぇ?! いくら「白百合中の怪力男」って異名を持つ佐藤先生でも、こんな街中で熊と戦うなんてありえなくない?! それ、絶対にガセネタだよ、雪。
いや、でも先生の上腕、包帯でぐるぐる巻きになってるぞ。朝、「昨日部活で痛めた」って言ってたけど、まさかの熊?!
「というかさ、わたしも昨日階段から落ちて腕打撲しちゃったんだよね。超サイアク」
羽織っていたカーディガンの上から、雪は痛そうに左腕を抑えた。
えー。もうみんな怪我し過ぎでしょ!
※
「ってことがあってね、何故かうちのクラスで怪我人続出だったの。私も手首まだ痛いし……」
痣になっている手首を、反対の手でさする。
最初は綾翔くんと登下校することに抵抗あったけど、また暴漢に襲われたら怖い。ここはお言葉に甘えて、しばらく一緒にいてもらうことにしたの。
先生に事情を話したら、綾翔くんが3年生の校舎に出入りすることをOKしてくれたし。(もちろん遺言のことは内緒だけどね。)
「茉子さんに傷をつけるなんて、アイツ、絶対に許さねぇ。何かあったらまたすぐにオレを呼ぶんだよ、茉子さん」
綾翔くんの提案で、人気のない廃寺方面は避けて、駅前の商店街を通る。ちょっと遠回りだけど、ガヤガヤしている方が安心。
学校帰りの学生や、自転車に乗ったおばちゃん、犬の散歩をしているおじさん。お肉屋さんからただよう、揚げたてのコロッケの匂い。カンカンカン、と響く踏切の音。
いつもなら気にもとめないけど、そんな普通の光景が私をほっとさせる。
「そうだ! 電話番号とメッセージアプリのID交換しよ。困ったことがあったらいつでも連絡してよ。オレ、何があってもすぐに飛んでいく」
「うん、ありがとう」と言って、スマホを起動したとき、私の心はキュ―ッと苦しくなった。
スマホの待ち受け画像の中の優翔と私は、幸せそうに肩を寄せ合っている。
「自撮りしてお互い待ち受けにしよっ!」って優翔が言って、突然ギュッと引き寄せられて、写真を撮ったの。
だから写真の中の私、真っ赤。
やっぱり私、気持ちの整理が出来ていない。不意に優翔の姿が目に入るだけで、泣きそうなくらい苦しくなる。
「ふーん。兄貴の前だとこんな顔するんだ、茉子さん」
優翔とそっくりな顔で、拗ねたように唇を突き出して、綾翔くんは私の瞳を覗き込んだ。
「ちょっ……やめ……近いっ! 綾翔くん顔近いっ!」
頬に熱が集まるのを感じながら、私は反射的に後ずさった。
優翔とは別人、って頭では分かってるのに、綾翔くんに近くに来られたら、心が混乱しちゃう。同じ顔なんだもん。
「可愛い。茉子さん。今度はオレとのツーショット、待ち受けにしてよね」
もう! また笑えない冗談! 私は優翔の写真、おばあちゃんになるまでずっと待ち受けにするって決めてるもん。
「ところで、ちょっと気になることあるんだけどさ」
綾翔くんが、神妙な面持ちになった。
「昨日、オレの足は犯人の左腕にヒットしたよね?」
「うん。そうだったと思う」
心の中が大パニックになっているのを知られないように、さり気なく心臓を落ち着かせて、答える。
「でさ、次の日茉子さんの担任と友達も左腕を怪我してたんだよね? 偶然にしては出来過ぎてない?」
え? 全然思いもしなかったけど、言われてみれば綾翔くんの言う通りだ。犯人は、私と優翔が付き合っているのも知っていた。学校関係者じゃないと、私と優翔が恋人同士なんて知らないよね、普通。
「まさか佐藤先生か雪が犯人……?」
そんなわけないよね?! 佐藤先生、確かにちょっと強面の先生だけど、面白くて優しくて良い先生だし、雪は親友だよ。中学に入って、初めて出来た友達。
雪には何でも話してきたし、優翔との恋のことだって沢山相談してきた。そんな雪が犯人のはずはない。
「まぁ、可能性の一つ、ってこと。それに今日、5月末なのに肌寒かったろ? 普段半袖の奴らも、今日は長袖着たり上着羽織ったりしてたじゃん。先生と雪さん以外にも、腕を怪我してた人もいるかもしれない。服で隠れてただけで」
そうだ。仮に怪我して包帯巻いていたって、長袖の下なら見えない。もうクラス全員怪しく見えてきたよ……。
「それに、オレ、気になることがあるんだ」
「気になること?」
「兄貴の遺言」
優翔の遺言? どうして?
確かに遺言の中身は変わったものだったけど……。
「遺言って死期が近い人や自殺する人が書くものじゃないの? 中学生が書くのは変じゃないか?」
確かに綾翔くんの言う通りだ。
優翔にはお医者さんになる、という夢があった。好きなアニメもあって、毎週放送されるのを楽しみにしてた。夏になったら一緒に海に行く約束もしていた。
「優翔は自殺なんかしない。それに、お医者さんを目指していた優翔は、誰よりも命の重みを知っていた。そんな優翔がわざわざ遺言を書くとは思えない」
「そうなんだよ。弟のオレから見ても、兄貴が遺言を書く理由は無いんだよ。兄貴、スゲー健康だったし、病気で死ぬ可能性もゼロ」
私から見ても優翔は健康優良児だった。一度だけインフルエンザで学校休んだことがあったけど、それくらいじゃないかな、病気になったの。
「それに、茉子さんへの遺言に書かれていた『君に危険が迫っている。』も気になるんだよね」
優翔が言っていた「危険」って、もしかして昨日の事件みたいなこと?
だとすればどうして優翔はそのことを知っていたの?
「優翔は何らかの理由で私に危険が迫っているのを知っていた。そんな中、遺言を書いた」
私は、頭の中に浮かんでくる嫌な推理を何度も打ち消そうとした。でも、できなかった。
心臓がドクンドクンと波打つ。考えたくなかったけど、頭に浮かんでしまった一つの仮説が口に出た。
「優翔は、自分が死ぬかもしれないことを知っていた……?」
病気でもない。自殺でもない。そうなると考えられることはたった一つ。
「兄貴は誰かから命を狙われていたんだ。そして、そのことを兄貴は知っていたんだ」
ゴクリ、と唾を飲み込み、お互い無言で顔を見合わせる。
無気味な程大きな太陽が、私たちをあかあかと照らしながら、ゆっくりと沈んでいった。
(了)
※コンテストの字数制限の関係で、一旦ここで完結になります。お読みいただき、ありがとうございました!
溺愛カレシの遺言~相続されるのはワタシ?~ 夢乃ひいろ @yumenohiro
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