第3話 迫る危険
てくてくてく。
てくてくてく。
タタタタタ。
タタタタタ。
「もーっ! 綾翔くん! 私、一人で帰れるからそんなにピッタリくっつかないで!」
私が歩けばゆっくりと、走ればスピードアップしてついてくる綾翔くんは、まるで忠犬。
ぱっと見モデルみたいな綾翔くんはやたら目立つし、道行く人にジロジロ見られている気がするよぉ。
優翔もイケメンだったけど、黒髪地味系真面目男子だったから、うまく風景と同化していたのよね。私も全然派手なタイプじゃない。だから私たち、誰からも注目されない完全なモブカップルだったのよ。
優翔は「船曵小の王子」なんて、小学校時代は呼ばれていたみたいだけど、本人はモテ、とか王子、とか全く興味無かったみたいなの。
「一部の女子がキャーキャー言ってるだけで、茉子以外とは誰とも付き合ったことない」って言ってたし。
白百合中に入学したのをきっかけに、逆中学デビューを目指して、あえて目立たないようにしていたっぽい。
学校では前髪をおろし、伊達メガネをして、部活には入らず、授業でもあまり発言はせず、空気になりきる。
「茉子以外にモテても迷惑なだけだから、地味一択!」って言い切ってたな、優翔。
本当はみんなに公表してないだけで、成績はトップだったし、運動神経も抜群なんだけどね。周りからは「地味で大人しくて優しい、その他大勢の男子の一人」と思われていたみたい。
優翔の宣言通り、無事中1から中3まで誰からも邪魔されることなく、私たちは平和に過ごしてたの。
だから、こんなにみんなから注目されるの、慣れてない。
「オレ、足結構速いよ。茉子さん、逃げてもムダ。オレ、茉子さんが無事にちゃんと家までたどり着くまでついていくよ。ワン!」
「ワン、じゃない。ワン、じゃ」
もう。綾翔くんって本当に犬みたい。最後の「ワン」がやたら可愛いし。へへ、って笑ってるし。
優翔が生きてるときに綾翔くんと出会えていたら、きっと私は綾翔くんのこと本当の弟みたいに可愛がれたんだろうな。純粋に。
でも、優翔が死んで凹んでるときに、こんなおちゃらけモードで来られるのは、正直言って引いてしまう。優翔の弟じゃなければ、思いっきり無視できるのに。
「茉子さんのこと、これからご主人様、って呼んじゃおうかな。命をかけて守るから……なーんてねっ」
綾翔くん、冗談言ったり笑ったりしているけど、優翔のこと悲しくないのかな?
弟なのにひどくない?
私なんて、優翔の存在大きすぎて今でもふとしたときに優翔のことばかり考えちゃうし、涙が出そうになるよ。
「あのさ、綾翔くん、私は君みたいにまだ笑えないのっ。優翔のこと忘れられないのっ。だからつまらない冗談はやめて。全然面白くない」
これ以上綾翔くんの冗談に付き合ってたら、私までおかしくなってしまう。
私は、優翔のことを絶対に忘れないし、ずっとずっと悲しみの中にいる。
実の弟がこんな態度なら尚更だよ。私だけでも優翔を想い続けないと。
「私、帰るね」
綾翔くんを振り切って、私は全速力で駆け出した。
そのときだった。
「痛っ!」
手首に激痛が走る。腕がもげそうになるくらい、強い力で引っ張られる。
手?! 真っ黒な手袋しているから、男か女か分からない。女にしては大きい気がする。でも、男にしては指が細い気もする。
ミシミシと骨がきしむ。
私はインドア派、かつ小魚苦手。自慢じゃないけど、カルシウム不足。
手首が折れるのも時間の問題。
「茉子さんっ!」
綾翔くんの声が遠くで聞こえる。怖いよ、怖いよ! 綾翔くん、助けて!
「やめてっ!」
がむしゃらに身体を動かして抵抗したけど、力が強くて、無理。
「誰か助けてっ!」
そう叫ぼうとした瞬間、タオルで口を押さえつけられた。人工的な石鹸の香り。
柔軟剤?
背後から羽交い絞めにされたまま、抱きかかえるようにして連れていかれてしまう。
勇気を出して横を見ると、フードを目深に被った背の高い人がいた。黒のパーカーと黒のマスク。どんな顔か分からない。
その人は私を拘束したまま、ずんずんと人気が無い方に進んでいく。
そっちは廃寺や墓地がある方。気味悪がって誰も近づかない場所。
どうしよう。誰もいない場所に連れ込まれたら、多分私、助からない。
私の頭の中に、「誘拐」「監禁」「殺人」という、小説やドラマでしか見たことないような物騒なワードがちらつく。
「茉子ちゃん、やっと二人きりになれたね。僕はこの日をずーっと待っていたよ。僕の愛しい人……」
ねっとりとした声と、気持ちの悪い視線が私をなめまわす。
僕、ということは、この人、男?
パーカーの襟元に、小さなマイクみたいなものが付いている。
ボイスチェンジャーを使っているのかな?
声を変える機械みたいなやつ。
アニメのデスゲームの犯人や、ドラマの誘拐犯の声に似てる。
高くて、電子的で、気味の悪い声。
「ねぇ、僕と付き合ってよ。僕なら、九条くんと違ってずーっと君の側にいるよ」
「嫌っ! 私の彼氏は優翔だけだもん!」
なけなしの勇気を振り絞って、相手を全力で突き飛ばす。
「いてて。油断しちゃった。茉子ちゃん、案外やるじゃん。ねぇ、このまま僕の恋人になってよ」
こんな変態ヤローと、天地がひっくり返っても付き合うわけない!
でもここは廃寺の、更に奥まった場所。木や雑草がうっそうと茂っていて、ほの暗い。
ちょっとやそっと大声を出したところで、誰かに聞こえるはずもない。
せめてもの抵抗で、必死に首を横に振る。
「へぇ。彼氏が死んでも一途に想い続けてるんだね。じゃあさ、これでどう? 僕を怒らせると怖いよ」
フードの男は、ポケットに手を突っ込み、ニヤリと笑った。
「カッターナイフ?!」
チチチチ、とこれ見よがしに刃を押し出す。
どうしよう! あんなので刺されたら、私、大けがどころじゃ済まないよ。下手したら死んじゃうかもしれない。
「九条くんも薄情だよねぇ。君を置いて死ぬなんて。本当に茉子ちゃんのことを愛していたなら、茉子ちゃんと別れる一択だったのに」
茉子ちゃんと別れる一択、って何それ?
「優翔は薄情なんかじゃない! 私のことを愛してくれたし、大切にしてくれた!」
「へぇ。本当かなぁ。九条くん、君には話していない秘密があったんじゃないかな?」
私には言っていない、秘密? 優翔とは、毎日メールや電話もしてたし、登下校も一緒だった。何でも私に話してくれたし、私の話も聞いてくれた。
私に言えないような秘密があったとは、到底思えないけど……。
「私は優翔のことを信じてる!」
「……ふぅん。だったらその愛しい優翔クンに助けを呼んでみなよ」
カッターを持った男は、一歩一歩私との距離を縮める。
優翔!
優翔!
優翔!
「優翔! 助けてっ!」
私は、天国にいる優翔に向かって、思いっきり叫んだ。
「お待たせ。茉子さん」
優翔?
ほろ苦く、甘い、カフェオレみたいな声。
「天使……?」
白いカッターシャツがひらりとゆらめく。
大きな背中。
長い足が空中を舞う。
うっそうとした木の隙間から差し込む、細い無数の太陽の光を反射して、その天使はキラキラと光っていた。
「うぐっ!」
フードの男の身体が勢いよく吹っ飛んだ。
低木にぶつかり、パキパキと枝が折れる音がする。
「おい! 待て!」
左腕を抑えたフードの男は、うめき声を上げたあと、よろよろと立ち上がって、走り去ってしまった。
「茉子さん、ケガはない?」
私を助けてくれた天使は、優しく、ゆっくりと私を立たせ、ハンドタオルで土汚れを払った。
「……綾翔くん」
天使は、優翔じゃなかった……。
優翔じゃなかった悲しさと、綾翔くんが来てくれて安心したのと、怖かったのと、色んな感情が重なり合って、涙が出た。
「もう大丈夫。オレ、ずっと茉子さん守るから」
あふれてくる大粒の涙を、綾翔くんは指でぬぐった。
優翔以外の男子に触れられているのに、不思議と気持ち悪さは感じない。
「だって茉子さんはオレのご主人様だから、ワン」
綾翔くんはへにゃっと笑う。
「またそんな冗談……」
「……冗談なんかじゃないよ。それにオレも、兄貴のことは忘れてない。兄貴を想う気持ちは茉子さんと一緒。兄貴の遺志を引き継ぎたいからこそ、オレは茉子さんを相続するんだ」
さっきまでヘラヘラと笑っていた綾翔くんが、急に真面目な顔になった。
「お願いです。兄貴の代わりに、茉子さんを守らせてください」
私、この目を知っている。目の奥に、ダイヤモンドみたいな強い光がひそんでいるの。
意志が強くて、まっすぐで、一度決めたことは絶対に曲げない。そんな目。
優翔のまなざしと、全く同じ。
綾翔くんの中には、優翔が生きている。
気が付いたら、私は、コクンと頷いてしまっていた。
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