第2話 身代わりの溺愛宣言
「ねぇねぇ、あれって優翔?! ソックリなんだけど……」
「優翔って弟いたの?! あのネクタイ、2年生だよね」
「ヤバ。超イケメンじゃん」
優翔のお葬式から一週間後。
終礼が終わった私の教室、3年2組はちょっとした騒ぎになっていた。
「茉子さん、帰ろ」
ちょっとクセのあるキャラメル色の髪。アイドルみたいな長めの前髪。ギリギリ校則に違反しない程度に着崩した制服。耳にはサファイヤの小さなピアス。
「あ、あ、綾翔くん?!」
3年生の教室なのに、物怖じせずに入ってきたのは綾翔くんだった!
しかも綾翔くんは、クラスの男子より頭一つ分背が高い。嫌でも目立ってしまう。
それにお葬式のときと随分雰囲気が違う。優翔と同じ真面目タイプかと思っていたのに、何かちょっとチャラチャラしてない……?
見た目だけならヤンチャな弟キャラ、というか……。
「遅くなってゴメンね。さすがに兄貴死んだのこたえてさ。……でも、もう大丈夫! 今日からオレ、茉子さんと一緒に登下校するから」
真っ白な歯をのぞかせて、満面の笑みを浮かべた綾翔くんは、私の腕をつかんで椅子から立たせた。
「おい! お前2年だろ? 誰だ? 何で勝手に3年の校舎に入ってきてるんだよ。校則違反だぞ」
ヤバっ。山本くん、生徒会長なの!
うちの中学、上下関係だけには厳しくて、基本的には学年の違う校舎には出入り禁止なんだよね。
綾翔くん、お葬式の間中ずっと控室にいたっぽいし、誰とも顔を合わせていない。
だから山本くんは綾翔くんが優翔の弟だってこと、きっと知らない。
「あ、会長さん? オレと茉子さんのこと、大目に見てよ」
チャーミングにウインクしたけど、そんな火に油を注ぐようなこと……。
「ダメだ! 退出しないなら先生に報告する」
どうしよう。山本くん、本気だ。
校則から1ミリたりともはみ出さない短髪。成績は常に上位をキープ。教科書通りのフォームで走りぬく陸上部のキャプテン。かつ、冷静沈着を絵に描いたような生徒会長。
ついたあだ名は「走るカタブツ生徒会長」。
山本くんに目をつけられる=この学校での社会的な死!
校則違反のこと、先生に報告されちゃったら綾翔くん大変なことになっちゃう。
うちの中学、校則違反を何度もすると退学させられちゃうんだよね。
綾翔くん、遺言を守って私を迎えに来たのかな。
ってことは、私のために校則違反している……?
私のせいで綾翔くんが退学させられちゃったら、私、優翔に顔向けできないよ!
「あのねっ、山本くん。この子、九条綾翔くん。優翔の弟さんなの」
綾翔くんのこと、助けなきゃ。
優翔の弟ってことが分かったら、大目に見てくれるかもしれない。
「えっと、……あ! ほら、綾翔くんは優翔の荷物を取りに来てくれたんだよね?」
私は慌てて優翔の机から教科書や地図帳を出して綾翔くんに手渡した。
大切な優翔の遺品を使ってその場をごまかしたことに、心がズキンと痛む。
優翔、ごめんね。
本当は、大切に大切に荷物をまとめて、ご家族にお返ししたかったんだけど……。
弟さんを退学から守るため。ごめんなさい。
「九条くんの弟さん? それは失礼した。……ただ、校則は校則なんだ。水野さんから手を離して、速やかに3年生の校舎から出てくれないかな?」
山本くんは、表情一つ変えずに冷たく言い放った。
正直、山本くんのこういう冷徹なとこ、ちょっと苦手なんだ。私には優しいし、親切にしてくれるけど、絶対敵に回したくないタイプ。
「えー。オレ、茉子さん守るって決めたから、これからしょっちゅう3年校舎に出没するつもりだよ? ね、茉子さん」
ね、茉子さん、じゃないよー! 綾翔くん!
せっかく上手くごまかしたと思ったのに。
山本くんの顔がみるみる般若のように歪んできた。
「あのねっ! 私の親と優翔の親で話し合って、しばらく私たち一緒にいることになったの。大切な人を亡くした人どうし、お互い支え合おう、って……。先生にも許可は取ってあるから!」
「先生にも許可は取ってある」というのは真っ赤なウソだ。
ちなみに「私の親と優翔の親で話し合った」というのもハッタリ。
遺言のことに触れずに、何とかごまかさないと、って思わず口に出した言葉だけど、ちょっと強引だったかな。
それに、重ね重ね優翔をダシに嘘をつくなんて、心苦しい。
「それは本当ですか? 九条綾翔くん?」
山本くんは、ヘビのようにギロリと綾翔くんを睨んだ。
「うん、本当。信じられないなら、今から母さんに電話してみようか? 母さん、兄貴が死んだショックで寝込んでるけど」
「いやいやいや、さすがにそれは申し訳ない。事情は分かった。校舎を行き来することは認めよう」
制服の胸ポケットからスマホを出した綾翔くんを見て、さすがに焦ったらしい。山本くんは、バツが悪そうにズレた眼鏡を直した。
「オレ、身も心も、24時間365日茉子さんを支えるよ。兄貴の代わりにずーっと一緒にいる」
ひゃっ?! 不意打ちの耳打ち?!
優翔と同じほろ苦ボイスが、熱い吐息とともに耳に入ってくる。
思わず顔を上げると、そこには猫みたいにニッと笑った綾翔くんがいたんだ。
でもね、このとき私は知らなかったの。今、この瞬間、せっかく眠っていた恐ろしい怪物を起こしてしまったことを。
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