溺愛カレシの遺言~相続されるのはワタシ?~

夢乃ひいろ

第1話 彼氏が、死んだ

嘘だ嘘だ嘘だ!


サラサラの黒髪。

ほんのりピーチ色に染まった頬。

優しい笑み。


真っ白な菊に囲まれた、棺。


「生きてるやんっ! 優翔ゆうとが死んだなんて嘘! こんなにっ、こんなにキレイなのにっ」


茉子まこ、落ち着いてっ! 優翔は交通事故で亡くなったのっ」


「私は絶対に信じないから! 優翔が死ぬわけない!」


親友のゆきの手を振り払って、前へ、前へ、手を伸ばす。

大好きな優翔に届くように。


優翔、いつもみたいに私の髪を丁寧に撫でてよ。

茉子まこ、ビックリした? これ、お葬式ごっこ。俺が茉子を置いて天国に行くわけないじゃん」

そう言ってイタズラっぽく笑いながら、起きてよ。


一生懸命願っても、神様に祈っても、ダメだった。優翔は目覚めない。


悲しいよ。優翔がいない世界で、私はこれからどうやって生きていけばいいの?


「水野さん、ひとまず帰ろう、僕が送っていくから」


クラスメイトの山本くんが私の肩に触れる。


「やめて!」


山本くんが心配してくれているのは分かる。でも私、優翔以外の男子に触られたくない。


だって優翔は、優翔は、私の初恋の相手で、初めてできた彼氏だったんだから。





「茉子ちゃん、落ち着いた? ちょっといいかな? 話があるの」


お葬式が終わったあと、私だけ優翔のお母さんに呼び止められた。

つややかな黒髪に、優しい目元。お母さんはどことなく優翔に似ている。


案内されたのは親族用の控室だった。テーブルと椅子だけの、小さな個室。

そこには、一人の男子が座っていた。


キャラメル色の髪の毛と、意志の強そうな目。優翔とそっくりの男の子。

でも、目が真っ赤。ウサギみたい。

この子も、私みたいに泣いてたんだ。


私と同じ白百合中学の制服。ネクタイが紺色だから、2年生?

私と優翔の一個下。

優翔の弟、同じ中学だったんだ。

知らなかった。

白百合中学は大規模な学校。人数が多いから、学年によって校舎が違うんだ。

だから、違う学年の子と知り合うことはほとんど無い。


「茉子ちゃん、この子は綾翔あやと。優翔の弟よ」


優翔に弟がいたことは知っていたけど、会うのは初めて。

「弟、会ってみたいな。優翔の家族とも仲良くなりたいから」って何度も頼んだけど、「いつかね」と毎回はぐらかされていたから。

「だって茉子って超可愛いんだよ? いくら弟でも、他の男の目に触れさせたくない」

冗談なのか本気なのか分からないけど、優翔はいつもそう言って、私をギューッと抱きしめたんだ。


「どうも」


ペコリ、とお辞儀したその子の声を聞いた瞬間、私の身体に稲妻が走った。


甘くてとろけるような声。でもちょっと苦みがある。カフェオレみたいなその声は、優翔そのものだった。


「茉子さんだよね。兄貴からお噂はかねがね」


センターで分けられた前髪。ピシッとした制服。澄んだグレーの瞳。

真面目そうな子。優翔みたい。


「ずっと会いたかった」


ダメだよ。優翔にそっくりの顔でそんなこと言っちゃ。

髪の色が違うだけで、背丈もしゃべり方も優翔と瓜二つ。優翔のことを思い出して、鼻の奥がツンとする。


油断したらすぐに涙が……。


「あのね、二人に遺言状があるの。優翔からの……」


涙を拭こうと握りしめていたハンドタオルを、思わず床に落としてしまった。


遺言状?!


遺言状って、亡くなった人が家族とかに残す、手紙みたいなものだよね。

「家は息子に譲る」とか「財産は子供たちで平等に分けて」とか、「飼い犬のペロを最期まで面倒みてほしい」とか。

前にドラマで見たことある。


でも遺言って、普通家族だけに残すものじゃ……?

何で私に……?


お母さんは、桃色の封筒を私に、水色の封筒を綾翔くんに渡した。


「読んでみて」


どうしよう。手が震える。


『水野茉子様』


見慣れた、文字。大好きな優翔の文字。


再び涙が込み上げてくるのを必死で我慢しながら、そっと、封筒から便箋を取り出す。


優翔からの遺言。一体何が書いてあるんだろう。

優翔が私に残してくれたメッセージ。例えどんなことが書かれていようとも、私は絶対に遺言を守る。


そう、決意したはずなのに、遺言状を読んだ瞬間、私は「ひゃっ?!」と素っ頓狂な声を上げてしまった。


だってだって、遺言状に書かれていたことは、私の想像をはるかに超えるものだったの。


『茉子へ


君に危険が迫っている。だから、君を綾翔に相続する。絶対に綾翔に守ってもらって。そして俺を忘れること。』


私が綾翔くんに相続される、ってどういうこと?!

私に危険が迫っている……?

私、綾翔くんに守ってもらわないといけないの?!

それに、『俺を忘れること』って何?!

私は優翔以外の男子に守ってもらう気はこれっぽっちも無いし、優翔のことを忘れるつもりも全然無い!


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


優翔に出会ったのは小5の夏。放課後の帰り道。私はその日のことを一生忘れない。

「水野ってガチでブスだよね。暗いし、勉強ばっかしてるし!」

派手な服を着たリーダー格の女子、山上さんが一人でとぼとぼと帰る私にひどい言葉を投げつけた。

言い返す? 笑ってごまかす? そんなこと出来るわけない。

反撃することも、泣いて先生に報告することもできない気弱な私は、そのまま下を向き続けることしかできなかった。

クラスのみんなは山上さんを怖がってる。誰も助けてくれない。空気を読んだ取り巻きの女子たちは、山上さんに気に入られようとして、私を見てクスクス笑う。

何で山上さんに意地悪されてるのかって?

5年生になって最初のテスト、私だけが100点だったんだ。先生がみんなの前で私を褒めて、クラスで「イケメン」と言われてた男子が「水野さんってすげー」と言った。

ただ、それだけ。

ただ、それだけのことなのに、山上さんの怒りを買った。


「イジメかよ。超ダセェ」


一刻も早く山上さんたちが帰ってくれるのを願って、ひたすら地面だけを見つめていたら、背後から知らない男の子の声がした。


背が高い、黒髪の男の子。大きくGとプリントされたリュックを背負ってる。

月能研げつのうけん……、この辺で一番大きな塾のバッグ。

塾に行く途中、なのかな?

うちの小学校の子ではないみたい。


「行こ」


彼は私の手をひっぱって、ずんずんと進んでいった。


後ろから、「え? あれ船曵小ふなびししょうの王子?!」って慌てふためく山上さん達の声が聞こえた。

違う小学校の子でも、王子でも家来でも何だっていい。

この場から助けてくれる彼が、私にはヒーローに見えたんだ。


しばらく歩いて、山上さん達が追いかけてこないのを確認したあと、彼は砂糖菓子みたいに甘い笑顔を浮かべて言ったんだ。


「俺、九条優翔くじょうゆうと、よろしく!」


その瞬間、私は、優翔に恋をした。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「お母さん、申し訳ないのですが、私、この遺言守れそうにありません」


私は、顔を上げて、思い切って宣言した。


優翔の遺言を守れないのは心苦しいけど、私の彼氏は優翔ただ一人。優翔を忘れることも、優翔の代わりに綾翔くんに守ってもらうことも、できない。


それに、危険、って何? いじめはもう無いよ。優翔と同じ中学に行きたくて、受験頑張って私立中に入った。だから、山上さんとは離れることができたんだ。

白百合中では友達もたくさんできて、楽しく過ごしているよ。

守ってもらわないといけないようなことは、多分、もう無い。


「綾翔くんも私のことは気にしないで……」


「それはできない。オレ、茉子さん相続したから」


綾翔くんは、私をまっすぐ見つめた。

そして、遺言状の中身を読み上げ始めた。


「『茉子をお前に相続する。俺の代わりに一生茉子を愛し、守ること。』」


えっ?! どういうこと?!


一生私を愛し、守る?!


綾翔くんが優翔の代わりに?!


優翔、一体全体どういうつもりでこの遺言状を書いたの?!


「ということで、今日からオレが兄貴に代わって茉子さんを愛するから」


優翔と同じ顔で、同じ声で、綾翔くんは私に宣言した。

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