溺愛カレシの遺言~相続されるのはワタシ?~
夢乃ひいろ
第1話 彼氏が、死んだ
嘘だ嘘だ嘘だ!
サラサラの黒髪。
ほんのりピーチ色に染まった頬。
優しい笑み。
真っ白な菊に囲まれた、棺。
「生きてるやんっ!
「
「私は絶対に信じないから! 優翔が死ぬわけない!」
親友の
大好きな優翔に届くように。
優翔、いつもみたいに私の髪を丁寧に撫でてよ。
「
そう言ってイタズラっぽく笑いながら、起きてよ。
一生懸命願っても、神様に祈っても、ダメだった。優翔は目覚めない。
悲しいよ。優翔がいない世界で、私はこれからどうやって生きていけばいいの?
「水野さん、ひとまず帰ろう、僕が送っていくから」
クラスメイトの山本くんが私の肩に触れる。
「やめて!」
山本くんが心配してくれているのは分かる。でも私、優翔以外の男子に触られたくない。
だって優翔は、優翔は、私の初恋の相手で、初めてできた彼氏だったんだから。
※
「茉子ちゃん、落ち着いた? ちょっといいかな? 話があるの」
お葬式が終わったあと、私だけ優翔のお母さんに呼び止められた。
つややかな黒髪に、優しい目元。お母さんはどことなく優翔に似ている。
案内されたのは親族用の控室だった。テーブルと椅子だけの、小さな個室。
そこには、一人の男子が座っていた。
キャラメル色の髪の毛と、意志の強そうな目。優翔とそっくりの男の子。
でも、目が真っ赤。ウサギみたい。
この子も、私みたいに泣いてたんだ。
私と同じ白百合中学の制服。ネクタイが紺色だから、2年生?
私と優翔の一個下。
優翔の弟、同じ中学だったんだ。
知らなかった。
白百合中学は大規模な学校。人数が多いから、学年によって校舎が違うんだ。
だから、違う学年の子と知り合うことはほとんど無い。
「茉子ちゃん、この子は
優翔に弟がいたことは知っていたけど、会うのは初めて。
「弟、会ってみたいな。優翔の家族とも仲良くなりたいから」って何度も頼んだけど、「いつかね」と毎回はぐらかされていたから。
「だって茉子って超可愛いんだよ? いくら弟でも、他の男の目に触れさせたくない」
冗談なのか本気なのか分からないけど、優翔はいつもそう言って、私をギューッと抱きしめたんだ。
「どうも」
ペコリ、とお辞儀したその子の声を聞いた瞬間、私の身体に稲妻が走った。
甘くてとろけるような声。でもちょっと苦みがある。カフェオレみたいなその声は、優翔そのものだった。
「茉子さんだよね。兄貴からお噂はかねがね」
センターで分けられた前髪。ピシッとした制服。澄んだグレーの瞳。
真面目そうな子。優翔みたい。
「ずっと会いたかった」
ダメだよ。優翔にそっくりの顔でそんなこと言っちゃ。
髪の色が違うだけで、背丈もしゃべり方も優翔と瓜二つ。優翔のことを思い出して、鼻の奥がツンとする。
油断したらすぐに涙が……。
「あのね、二人に遺言状があるの。優翔からの……」
涙を拭こうと握りしめていたハンドタオルを、思わず床に落としてしまった。
遺言状?!
遺言状って、亡くなった人が家族とかに残す、手紙みたいなものだよね。
「家は息子に譲る」とか「財産は子供たちで平等に分けて」とか、「飼い犬のペロを最期まで面倒みてほしい」とか。
前にドラマで見たことある。
でも遺言って、普通家族だけに残すものじゃ……?
何で私に……?
お母さんは、桃色の封筒を私に、水色の封筒を綾翔くんに渡した。
「読んでみて」
どうしよう。手が震える。
『水野茉子様』
見慣れた、文字。大好きな優翔の文字。
再び涙が込み上げてくるのを必死で我慢しながら、そっと、封筒から便箋を取り出す。
優翔からの遺言。一体何が書いてあるんだろう。
優翔が私に残してくれたメッセージ。例えどんなことが書かれていようとも、私は絶対に遺言を守る。
そう、決意したはずなのに、遺言状を読んだ瞬間、私は「ひゃっ?!」と素っ頓狂な声を上げてしまった。
だってだって、遺言状に書かれていたことは、私の想像をはるかに超えるものだったの。
『茉子へ
君に危険が迫っている。だから、君を綾翔に相続する。絶対に綾翔に守ってもらって。そして俺を忘れること。』
私が綾翔くんに相続される、ってどういうこと?!
私に危険が迫っている……?
私、綾翔くんに守ってもらわないといけないの?!
それに、『俺を忘れること』って何?!
私は優翔以外の男子に守ってもらう気はこれっぽっちも無いし、優翔のことを忘れるつもりも全然無い!
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
優翔に出会ったのは小5の夏。放課後の帰り道。私はその日のことを一生忘れない。
「水野ってガチでブスだよね。暗いし、勉強ばっかしてるし!」
派手な服を着たリーダー格の女子、山上さんが一人でとぼとぼと帰る私にひどい言葉を投げつけた。
言い返す? 笑ってごまかす? そんなこと出来るわけない。
反撃することも、泣いて先生に報告することもできない気弱な私は、そのまま下を向き続けることしかできなかった。
クラスのみんなは山上さんを怖がってる。誰も助けてくれない。空気を読んだ取り巻きの女子たちは、山上さんに気に入られようとして、私を見てクスクス笑う。
何で山上さんに意地悪されてるのかって?
5年生になって最初のテスト、私だけが100点だったんだ。先生がみんなの前で私を褒めて、クラスで「イケメン」と言われてた男子が「水野さんってすげー」と言った。
ただ、それだけ。
ただ、それだけのことなのに、山上さんの怒りを買った。
「イジメかよ。超ダセェ」
一刻も早く山上さんたちが帰ってくれるのを願って、ひたすら地面だけを見つめていたら、背後から知らない男の子の声がした。
背が高い、黒髪の男の子。大きくGとプリントされたリュックを背負ってる。
塾に行く途中、なのかな?
うちの小学校の子ではないみたい。
「行こ」
彼は私の手をひっぱって、ずんずんと進んでいった。
後ろから、「え? あれ
違う小学校の子でも、王子でも家来でも何だっていい。
この場から助けてくれる彼が、私にはヒーローに見えたんだ。
しばらく歩いて、山上さん達が追いかけてこないのを確認したあと、彼は砂糖菓子みたいに甘い笑顔を浮かべて言ったんだ。
「俺、
その瞬間、私は、優翔に恋をした。
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「お母さん、申し訳ないのですが、私、この遺言守れそうにありません」
私は、顔を上げて、思い切って宣言した。
優翔の遺言を守れないのは心苦しいけど、私の彼氏は優翔ただ一人。優翔を忘れることも、優翔の代わりに綾翔くんに守ってもらうことも、できない。
それに、危険、って何? いじめはもう無いよ。優翔と同じ中学に行きたくて、受験頑張って私立中に入った。だから、山上さんとは離れることができたんだ。
白百合中では友達もたくさんできて、楽しく過ごしているよ。
守ってもらわないといけないようなことは、多分、もう無い。
「綾翔くんも私のことは気にしないで……」
「それはできない。オレ、茉子さん相続したから」
綾翔くんは、私をまっすぐ見つめた。
そして、遺言状の中身を読み上げ始めた。
「『茉子をお前に相続する。俺の代わりに一生茉子を愛し、守ること。』」
えっ?! どういうこと?!
一生私を愛し、守る?!
綾翔くんが優翔の代わりに?!
優翔、一体全体どういうつもりでこの遺言状を書いたの?!
「ということで、今日からオレが兄貴に代わって茉子さんを愛するから」
優翔と同じ顔で、同じ声で、綾翔くんは私に宣言した。
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