第26話 LGBTQ上等

 烏丸巡査の無線に現場出動の要請が入った。駆け付けると既に黄色い規制線が張られ、その前に金城巡査部長が立哨に就いていた。

「現場に監察官が入ってる」

「鑑識だけじゃなく !?」

 金城巡査部長は不審げに現場に振り向いた。中には篠田元哉鑑識官と長谷部薗子鑑識官以外に、勘解由小路均かでのこうじひとし監察官と後輩の小鳥遊たかなし奈々監察官が駆け付けていた。

「どうして監察官が !?」

「遺体は2体。署内でも問題になっていた二人らしい」

「署内…ということは警察関係者という事ですか !?」

「ええ、二人は観察室から再三の指摘を受けていたらしいが…結局…」

 烏丸巡査はまさかと思ったが現場を覗いて驚いた。本署勤務時代にパワハラで言い寄られ続けた元上司の田辺昂輝警部補の死体と、その傍にうつ伏して果てている平田 守恒もりつね警部の壮絶な殺し合いの惨状現場だった。

「…どうしてこの管内でこんな事件が !?」

 烏丸巡査は本署でもちょくちょく顔を合わせていた小鳥遊監察官に聞いた。

「それが不明なんです。田辺警部補は自宅があるにも関わらず、ここにアパートを借りて住み始めたばかりのようなんです」

 それを聞いた烏丸巡査はゾッとした。小鳥遊監察官の耳に烏丸巡査の “まさか !?”という驚きとも恐れとも取れる呟きが聞こえた気がした。

「どうかしました、烏丸巡査?」

「何が?」

 烏丸巡査は惚けた。

「いや、何か言ったかと思っただけ…それにしても凄惨だわ」

 互いの体に残った数え切れない刺し傷と、切り取った田辺の急所が、平田の左手に握られていた。間違いなく男性同士の痴情の縺れ…烏丸巡査にはその事情が想像付いたが無関係を装うしかなかった。


 烏丸巡査の脳裏に黒歴史が甦った。六地蔵交番に配属になる前は、上司の田辺警部補に付き纏われていた。本署時代、烏丸巡査がその事で困り果てているのを知っていた情報屋の八木沢は切り出した。

「困ってんじゃないすか、烏丸さん? オレ知ってんだよ、田辺警部補が男色であることを。組でも有名だったから…どうにかしましょうか?」

 烏丸巡査にとって願ってもない八木沢の言葉だった。

「あんたには胡麻かせんな」

「何年付き合ってると思ってんすか…親友の悩みも大事でしょうが、ご自分のことも大事になさってくださいよ。烏丸さんが居なければ、オレ、やばいんすから」

「ああ」

 八木沢は烏丸に恩義を抱いていた。組を破門になってから組長の息子に命を狙われる羽目になったが、烏丸の息が掛かっていることで手出しを免れていた。更に烏丸は服役中の八木沢の母親の生活の面倒まで見続けてくれた。出所後、烏丸に仕えるようになったのはその恩義に報いるためでもあった。

「少しだけ待っといてください」

 八木沢が田辺警部補の私生活を調べるうち、同署内に田辺警部補の嫌うホモの平田警部がいることを突き止めた。そこで八木沢は、田辺警部補に嘘の情報を流し、美人局を画策することにした。八木沢の計略に嵌り、平田警部は田辺警部補にしつこく付き纏うようになった。暫くしてやっと平田警部は自分が偽情報に惑わされていたことに気付いたが、その時すでに田辺警部補との間には解決し難い怨念の伴った行き違いが生じていた。田辺警部補は烏丸巡査に食って掛かった。

「あなたが仕掛けたのね」

「何の事ですか !?」

「随分舐めたことしてくれるじゃないの」

「どういう意味ですか? 私はあなたに迷惑しているだけです」

「このままでは済まさないわよ」

「どういうことですか?」

「あなたはもうここに居られないわよ」

「お好きになさってください」

 想定外の拗れ方になって八木沢は烏丸に詫びるしかなかった。

「すみません。読み違えました」

「寧ろ助かったよ。あんなキチガイとあれ以上同じ空間に居たら窒息死してたよ」

 烏丸は捜査一課から外され交通課に回された後、天馬を追って六地蔵交番に来てからは田辺警部補のことは脳裏からすっかり消えていた。まさか管轄内でこんな惨状に出くわすとは思ってもみなかった。烏丸巡査は交番勤務が空けてから八木沢と落ち合うことにした。

「六地蔵交番の管轄内にアパートを借りるなんて、ストーカーですね」

「ストーカー !?」

「追い払ったんじゃないんですよ。田辺警部補は烏丸さんを平田警部から離して、じっくり自分のものにしようと思ってたんすよ。どこに移ろうとやつは烏丸巡査から目を逸らすことはない。ストーカーは殺されない限り、ストーカーをやめられない病気なんです」

 烏丸巡査は今更ながらに鳥肌が立った。

「ストーカー…か…ところで、お母さんは元気かい?」

「ついに施設に入りました。自分の身の回りの世話にも事欠くようになっちまって…オレの力だけでは…」

「施設に入れただけでも良かったじゃないか」

「はい、結局、親不孝のしっぱなしです」

「施設に入ったって親孝行は出来るじゃないか。たまにはオレも行っていいかな?」

「勿論です! オレなんかより喜びます」

 八木沢は込上げるものがあって、それ以上は言葉にならなかった。


〈『第27話 絆』に続く〉

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