第23話 不死川のピンチ
不死川巡査はいつになく巡回で不覚を取った。脇腹に激痛が走った。振り向くと眼前に立花裕翔の顔があった。刺されたと自覚した。
「ざまあねえな、不死川! とどめだ!」
もう一度ナイフを抜いて刺そうとした立花の手を握り締めてナイフを引き抜く手を押えた。そして、にっこり微笑んで立花の眉間に銃を押し付けた。
「忘れたか…警官は銃を持っていることを…引き金を引いたら死んじゃうよ。この手を放せ…」
そう言うなり負傷を負った不死川巡査は立花の足の甲を打ち抜いた。立花はもんどりうって怯んだ。
「次はどこに当てようかな? それとも殺そうかな? 助かりたければ急いで逃げるしかないよ。3…2…」
立花は不死川の拳を振り解き、足を引き釣りながらも脱兎の如く逃走した。
「逃げろ、逃げろ! これからずっとお前の命を狙ってやる!」
立花は銃声を聞き付けて走って来た巡回中の烏丸巡査と出くわして逃げ場を失った。
「烏丸、逃がしてやれ!」
烏丸巡査は不死川巡査の思惑をすぐに理解した。
「さあ、どうぞお逃げください、立花裕翔さま」
烏丸巡査に道を譲られて再び走り出した立花は、撃たれた側の足を引っ掛けられて横転し、傷の痛みに悲鳴を上げた。
「足元に注意してね」
烏丸巡査を睨み付けたが、立花の足元に2発目の銃弾が弾けた。
「早く逃げないと殺されるよ。あの人、犯罪者に人権なんかないと思ってるから」
立花はむっくり起き上がって再び走り出した。
「お達者で!」
にやけた表情を一変させて烏丸巡査は素早く救急車を要請し、不死川巡査のもとに走り寄った。
「傷は!」
「急所は外した」
「まさかわざと刺させたんじゃ…」
「なわけねえだろ。でも、こうなったら職権を楽しまないとね」
「今ならまだ捕まえられます!」
「追うな…やつはいずれ自殺体で発見されるとさ、めでたしめでたし」
「成程…可哀そうな立花」
救急車の到着する頃、不死川巡査の意識は朦朧となった。
麻酔から覚めると不死川のもとに御馬舎刑事が立っていた。
「いらしてたんですか…」
「犯人の顔を見たんだろ」
「それが咄嗟の事で…すぐに逃げられてしまいましたので…すみません」
「君は?」
付き添いの烏丸巡査も問われた。
「私が駆け付けたのは、犯人が逃げた後でしたので…」
「見なかったものは仕方ないか」
東雲刑事は不死川の目論見を何となく感付いた。
「思い出したことがあったらすぐに報告します」
更に何か聞こうとする御馬舎刑事を看護師が制した。
「約束の5分が過ぎましたのでご遠慮ください」
不死川は目を閉じた。二人の刑事は仕方なく部屋を出ていった。烏丸巡査はそのまま病室の前に待機した。
翌日、洋子の母は約束の時間になっても来ない不死川巡査に気を揉んでいた。
「それにしても遅いわね」
長谷川家の前を救急車が通ったことで洋子は急に不安が募った。
「何かあったのかしら…」
「不死川さん、日勤から急遽夜勤になったんじゃない?」
「お母さん、私、交番に行ってみる」
「それがいいわね」
洋子は交番に走った。天馬巡査が立ち番をしていた。
「不死川さんはご出勤でしょうか?」
天馬巡査が交番の中の金城巡査部長に目配せした。すると金城巡査部長が出て来て、交番内に気を使いながらそっと教えてくれた。
「喜多沢中央病院の外科に早く…」
「何があったんです」
「命に別状はないので…名を名乗って不死川の親戚といえば病室に入れてもらえると思いますから…兎に角行ってみてくだざい」
洋子は母と病院を見舞った。不死川は起きていた。
「すみません、自分の不注意でご迷惑をお掛けしました」
「不注意だなんて…犯人が悪いに決まっているじゃないですか!」
「対したことはありませんから。数日したら退院します。油断しました」
安堵した洋子は泣き崩れた。
「それだと僕が死んだみたいじゃないですか」
不死川は笑って見せたが、傷の痛みで笑顔は強制終了した。数日後、不死川は退院した。迎えに来た洋子の家族と病院から真っすぐ長谷川家に向かい、退院祝いをしてもらった。
「私は曲がりなりにも看護師見習いです。実践勉強のために不死川さんの看護をさせてください」
長谷川家は必死で不死川を引き留めた。結局、不死川はそのまま数日間、長谷川家で養生することになった。
それから一週間程して、不死川巡査は交番勤務に復帰した。深夜、単車を乗り回している立花が警戒中の卯月巡査に停められた。
「すいません、免許証見せてください」
「任意だよね」
「呼気と尿を調べさせてもらってもいいですか?」
「聞いてんのかよ!」
「聞いてますよ。でも調べさせてください」
立花は警官を振り切っていきなり発進させたが、単車は転倒して一回転し、道路に投げ出された。卯月巡査が前輪に特殊警棒を差し込んでいた。
「単車からガソリン漏れてますね」
見ると給油口の蓋が開いてガソリンが漏れていた。
「今、てめえがわざと開けたんだろが!」
「火が付くと危ないっすね」
と言って、着火したのはもうひとりの検問の不死川巡査だった。
「きさま!」
「お久しぶり。世の中に出てきたら駄目じゃない? お前の命、狙うって言ったでしょ?」
単車を炎が包んだ。
「オレの単車に何しやがんだよ」
「単車だけじゃないよ。逃げないとおまえ、不死川巡査に殺されるよ」
不死川巡査を見ると、サバイバルナイフを握って俊足で近付いてきた。
「お返しだよ~! 同じとこ刺してあげるね~!」
立花は顔色を変えて逃走した。不死川巡査は深追いしなかった。
「道路渡るときは注意してね!」
立花の逃走の先にロード車が急接近して行き、一気に立花を撥ねた。ゴム鞠のように飛んで地面に叩き付けられた立花はそのまま動かなくなった。即死だった。スピードを緩めることなく運転席から“宝福堂”の大番頭・鴨下健が窓から顔を出し、不死川巡査をちらっと見てから去って行った。近くにワゴン車が待っていた。車から入江一が降りて来て、立花の遺体をワゴン車に乗せて去って行った。そこに兆慈が鑑識官の篠田元哉と長谷部薗子を連れてやって来た。よく現場で会う鑑識官の二人だった。
「さて、我々は後片付けだな」
「兆慈さん…」
「孫だよ。今、ボランティアで孫たちに道路掃除をさせてるんだ」
「孫 !?」
「知らなかったかい? この二人は私の孫なんだよ」
「そうでしたか!」
「さ、元哉、薗子、あの辺片付けて早く帰ろ」
「はい」
鑑識官の二人は事故の痕跡を素早く消して兆慈と共に帰って行った。その様子を見ていた者がいた。岩淵巡査部長である。
「…証拠をつかんだぞ…そういうカラクリか」
岩淵巡査部長が携帯電話に手を掛けた瞬間、頭部を縦断が貫いた。清水巡査だった。
「不死川さん、付けられてたの知ってたでしょ !?」
「ああ、それを付けてた君の事もね」
「これが政府マンセイドラマなら次は私たちに対する鉄槌編ね」
「現実はそうはならない。ゴミは闇から闇で完結だ」
いつの間にか薗子が傍にいた。
「血痕が広がらないうちに、これで頭包んで?」
清水巡査は手際よく処理した。
「清水さん、鑑識課に来ない !?」
「こっちの仕事が飽きたらね」
不死川巡査はすぐに携帯に連絡していた。
「入江、戻って来てくれ。ゴミがもう一袋ある」
岩淵巡査部長の遺体は手早く納体袋に納められた。
「類は死して尚、友を呼んでこのざまだ」
「勤務の度に私のケツを嘗め回していたから充分満足したでしょ」
清水巡査が忌々し気に毒吐いた。今やデコ捨て山は、法を棲家とするゴミどもの処理場だ。岩淵巡査部長の怠慢と猥褻の代償も及川巡査部長と同じく銃殺刑だった。不死川巡査がこの六地蔵交番に配属になって6年目…やっと居心地の良い感覚に包まれた気がした。
〈『第24話 花嫁』に続く〉
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