第14話 精神鑑定

 交番は暮れ正月から彼岸返上で交替勤務の忙しさだ。それでも不死川巡査がこの交番に流されて来た頃に比べれば、何れあの世に旅立つ輩でも交代勤務要員にはなっている。

 今日も不死川巡査と烏丸巡査は居心地の悪い交番を抜け出して巡回に出ていた。巡回途中の不死川巡査がゴミ屋敷の奥で不自然な動きをしている男たちを発見した。よく見ると郵便局の配達員が見覚えのあるガキ連中に脅されて郵便物を捨てている。そう言えばこの頃、配達員の劣化が目立つ。郵便受け配達のレターパックライトすらポストに投函するのは品物ではなく不在連絡票を入れ、

 配達を次の担当者に回す輩が増えている。ポスト投函指定を無視して配達せず、いきなり不在連絡票とは可笑しなことだ。企業に課された2.2パーセントの障害者雇用率制度が配達員相互の不満に繋がり一般国民にその負担を強いているとすればこれまた自己満足の偽善策でしかない。

 さて、不死川巡査は見覚えのあるそのガキ連中のことを瞬時に思い出した。

「あのガキ…」

「知っているんですか !?」

「…ああ、よく知っているよ」

「どうします?」

 ガキ連中の頭の桐島徹は、これまで管内で犯罪を起こす度に何度も処罰を免れて来た。小学生の頃から手の付けられなかった徹と昇兄弟の父親は、地元やくざの桐仁ほうじん組組長・桐島勝次郎で、当時中学2年の桐島徹は、としごの弟の昇やその仲間らと連んで小中高生らを餌に遊ぶ金欲しさの恐喝を繰り返していた。ガキ連中の今日のカモは偽善的2.2%の雇用対策の穴だ。郵便物を一旦捨てさせて物言えぬ障害者の強請りのネタにしようという幼稚な手法だ。

 刑法第41条は14歳に満たない者(中学1年以下)の行為の不処罰を定めている。これは14歳未満の者を一律に責任無能力者とすることにより、その処罰を控えるという政策的意味を持つものと解されている腑抜けた笊法だ。14歳に満たない者で刑罰法令に触れる行為をした触法少年は、少年法により審判に付されて要保護性に応じて保護処分を受けることになっているが、保護司の生島清吾は桐島組長の幼馴染のため、腰が引けた保護観察で息子らの非行は留まるところを知らなかった。いや、“腰が引けた”と言うのは穿った見方ではない。保護司は、これまで公務員である保護観察官と民間に委託した保護司が担ってきたが、保護司は無報酬。その上、保護司会に加入させられ会費まで伴う。更に各地の保護観察所長の推薦がなければ保護司にはなれないため、候補者は必然的に地域の有力者に偏り、所謂名誉職の度合いが濃い。桐島組長の幼馴染である生島には彼の息子らを庇う事のほうが潤う。

 保護司の無力を見兼ねた自治体は保護観察官・成田幹彦を要請するも徹は昇と組んでその口先だけの成田を刺した。その騒ぎも治まらない矢先にもう悪さをしている。

「クソ弁護士を雇ってるから水を得た魚だな」

 刑法第三九条には「心神喪失者の行為は、罰しない。」、「心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。」とある。この笊法が不死川巡査らを徒労に終わらせる権化だ。責任能力の有無は、中立の精神科医によって鑑定が行われるはずだが、加害者側の弁護人が実施する私的鑑定から裁判所の公判鑑定に持ち込んだものだろう。あの悪ガキ兄弟の責任能力は十分にある。心神耗弱による過失の弁明などちゃんちゃらおかしいと思いながら不死川巡査はその都度苦虫を嚙まされて来た。

 兄の徹は高校生となり、このところ刑法第41条の庇護から外れたせいか、実行役は専ら中学生の弟・昇にやらせていた。

「保護司制度…保護司の小金儲け制度だな」

「いい加減、強制掃除をしないとな」

 日勤を終えた不死川巡査と烏丸巡査は、明け番の金城、天馬、青木巡査らと合流した。その翌日、当番となった金城、天馬、青木巡査は桐島一家の身辺調査主体の巡回に出た。そして数日後、一同は再び調査結果の照らし合わせで集合した。

「お掃除は…」

「父親は癌で入院中だ…もうすぐあの世だが…」

「じゃ、跡継ぎから掃除するか」

「因果応報だな」

「あの兄弟同様、母親もDVに漬かった生活だった。組員と逃げたはいいが、桐仁組は執拗に追い詰めた。捨てられたと思っていた母親は父親のDVから逃げるために組員を利用したのだが、組長である父親はその二人を息子たちに母親の裏切りを吹聴し、怨念塗れにして仕留めさせた。父親の喜ぶ顔が見たいばかりに自分たちの母親まで殺させたんだ」

「子どもは底無しに親の愛に飢えているからな。子どもへのDVは親のそうした勘違いから起こる」

「親に従順であることが子どもの務めではない。教育のための体罰など詭弁でしかない。親は自分の幸せを優先していたに過ぎない」

「長男は停学中だな。何やったんだ !?」

「同級生をレイプ」

「よく退学にならないな」

「校長が父親と中学の同級生」

「そこでも繋がっているのか…地元ってのは、そこが面倒臭えんだよな」

「地元のよしみで賠償の裏金をはずんだんだろ。分厚い金の束を見せられりゃ、黙るしかねえだろ」

「どうせ登校拒否で夜中に強請活動をすりゃ、すぐに取り戻せるだろうからな」

「やはりこの辺でおやすみのお注射が妥当ね」

「それも “美談” でね」

「美談 !?」

「私にいい考えがあるわ」

 湘南出身の金城巡査部長が今回の清掃担当を買って出た。


 1週間後、江ノ島沖に浮かぶ桐島兄弟の死体が地元漁師の網に掛かった。ボードが見付かったことからサーフィン事故と断定された。弟が兄にしがみ付いて発見されたことから、1910年(明治43年)1月23日、七里ヶ浜沖で逗子開成中学のボートが転覆し、生徒12名が亡くなった事故で遺体の中には中学生の兄が小学生の弟をしっかりと抱きかかえた姿があったことから、“七里が沖の悲劇再び”という美談で報道された。

「成程、美談だな」

 冷笑する不死川たちの巡回の前を、ソーシャルディスタンスの疎らさでメーデーの一行が通ち過ぎて行った。


 交番の岩淵巡査部長は苦虫を嚙んでいた。相変わらず余所余所しい金城巡査部長以下の巡査たち。かと言って彼らもお互い親しげに交流しているでもない無機質さが、余計に岩淵巡査部長の不振を煽った。不死川巡査がリーダーのはずだが、誰もその素振りはない。“人間らしい交流と仰られても、ここには仕事に来ていますし、相談しなければならないような悩みもありませんからね。業務報告以外は特段話すことはないです” という不死川の言葉を思い出していた。しかし、誤射による及川巡査部長の死は岩淵巡査部長にとってどうしても何かが引っ掛かったままだった。賭け事好きで親しくなった及川は確かに女癖も悪かったが、レイプの脅しに銃を使うような凶暴さはなかった。誤射の後、駆け付けた不死川巡査と金城巡査部長が被害者の清水巡査を庇う証言をしても不思議ではない。寧ろそのほうが自然なくらいだ。絶対にやつらは清水巡査を庇った証言をしているに違いないと確信していた。しかし、不死川巡査には全く入り込む隙がない。本署時代から知っている金城巡査部長も、女だからと言って全く侮れない人物だ。馬淵巡査部長に協力を仰ぐ選択もあるが、岩淵巡査部長は馬淵巡査部長をそこまで信用に値する人間とは思っていなかった。何れチャンスを見て自分自身で肩を付ける以外にないと忸怩たる思いで日々過ごしていた。


〈『第15話 交番の台所』に続く〉

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