第2話 交替勤務

 下ネタ騒動で二人の巡査が六地蔵交番を去り、暫く所長と二人こっきりの交番勤務が続いていたが、やっと二人の新人・天馬徹巡査と烏丸からすま篤史巡査が配属され、このところ少し交番も落ち着きを取り戻した。

「おい、聞いたかよ」

「何を?」

「本部の留置管理課員が留置所の巡回をさぼって虚偽有印公文書作成・同行使容疑で書類送検されたんだってよ」

「大学時代に警備会社のアルバイトをしてた頃、先輩がよく巡回をサボって胡麻化してた」

「どうやって?」

「当時はアナログタコグラフを細工して巡回したように見せかけるのは簡単だったんだよ。本来、タコグラフは本社が鍵を掛けて開けられないようになってる。警備の現場には巡回経路にチェックキィがあって、タコグラフケースに差し込んで回していくんだけど、一晩中寝ずの巡回はきついし、危険だし…“寛大” な上司に当たるとタコグラフの鍵を開けて適当にチェックを入れて朝まで熟睡よ。警察も同じことしてんだなと思うと今更ながらに親近感が湧くね」

「いくら何でも警察官が留置所の巡回をさぼって虚偽報告はまずいだろ」

「分からんでもないな。だって留置所は消灯から朝まで確か50回の巡回らしいよ。少しぐらい誤魔化したって…」

「少しぐらいなら仕方ないかもしれないが、巡回は既定の半分以下だったらしいぞ」

「随分はしょったな」

「その上、容疑者に自殺の予兆があったんで、署長が巡回の強化を指示したばかりなのに、それすら無視しちまったんだとよ」

「いくら何でもそりゃまずいか」

「サボりの習慣は恐ろしいな」

「でも何で巡回の虚偽報告がばれたんだ?」

「容疑者が自殺の本望を果たしてお釈迦。お釈迦の時間推定を問われたけど、巡回してないんで確たる根拠なし」

「…なるほど」

「驚くべきは…いや、警察官の立場なら喜ぶべきかな。留置管理課長ら2人が1カ月間減給10分の1」

「減給10分の1で1カ月だけ !? 消費税ね」

「署長ら5人を戒告の懲戒処分、本部の留置管理課長ら11人を本部長訓戒で、署長交代の人事を発表したそうだ」

「わが組織は相変わらず優しいね。喜ぶべきかな…あ、そうだ!」

「なに?」

「不死川さん、我々が配属前までいらした田中巡査長はどうなりました?」

「さあね」

「それと女性巡査は?」

「どうだろうね」

「自分は知ってます…バイトがバレたんじゃないかと思います」

「バイト?」

「彼女、キャバクラでバイトしてたんです」

 国家公務員法第103条には『職員は、営利を目的とする私企業を営むことを目的とする会社その他の団体の役員等の職を兼ね、又は自ら営利企業を営んではならない』とある。また、国家公務員法第104条には『内閣総理大臣及び所轄庁の長の許可がない限り兼業してはならない』、そして、地方公務員法第38条-1には『職員は、任命権者の許可を受けなければ、営利を目的とする私企業を営むことを目的とする会社その他の団体の役員その他人事委員会規則(人事委員会を置かない地方公共団体においては、地方公共団体の規則)で定める地位を兼ね、若しくは自ら営利を目的とする私企業を営み、又は報酬を得ていかなる事業若しくは事務にも従事してはならない』とある。要するに現職以外での収入を稼ぐには厚い壁がある。

「そんな情報何処から入るんだ?」

「ちょっとね」

「丘野優樹菜巡査はキャバクラに勤めていました。そしてそこに田中巡査長が通っていたんです」

「それがバレてこの交番を去ることになったのか !?」

「自分はそれだけじゃないような気がするんです」

「早く引き継ぎさしてくれよ。帰りてえんだよ」

「不死川先輩、本当のところ、どうなんです !?」

「連行の件は本部の刑事に口止めされているんで、企業秘密。報告は異常。じゃ、帰る」

 不死川巡査はモニターを仕掛けて “お掃除” をしたことなど言うつもりもなかった。引き継ぎを終えると二人の後輩を尻目にさっさと帰って行った。

「先輩、口が堅いすね」

「でも、嫌な想像しか浮かばないな」

「…だな」

「彼女、強請られてたな、きっと」

「妻子持ちはカネが掛かるからな」

「金だけならいいがな」

「てことは…」

「…てことだな」

「…だな」

「あの田中巡査長、警察学校の頃からかなり評判悪かったし、やりかねない」

「だから不死川先輩は何も言えなかったんだな」

「キャバクラバイト、何で田中巡査長にバレたんだよ」

「知らないのか、あのおっさんのキャバクラ通いは知る人ぞ知るだよ」

「それで運悪く見つかっちまったのか…でも、妻子がいるだろ」

 警察官のパワハラによる猥褻行為も、婦警のバイトも残念ながら後を絶たない。だいたいが生活の変化と周囲からの密告でバレる。確定申告でもアルバイトは見抜かれる。本業以外に20万円を超える収入があれば確定申告をしなければならないが、税務署の知るところとなると加算税が課され、より重い処分になる。バレないためにはそれまで通りの慎ましい生活を変えることなく、年間20万円を超えないようにするしかない。キャバクラなど人に接する仕事は自殺行為だし、他言無用である。いくら親しい同僚警官でも人間の嫉妬は必ず狂い咲きする時が来る。

「もしかしたら優樹菜巡査は被害者でもあるわけか?」

「…だな」

「田中巡査長に猥褻行為の事実があれば、それを薄めるために優樹菜巡査のキャバクラバイトの件を吐いて自分の罪を薄めようとしたんじゃない !?」

「薄まらないだろ」

「だな」

「所長、遅いな」

「多分、交番の不祥事を本部で絞られてんだろ」

「この交番は警察官の吹き溜まりらしいからな」

「おまえ、いろいろ詳しいな。オレがこの交番に飛ばされたのには、それなりのわけがあるけど、そのオレを追っ掛けて転属してくるなんて…後悔しても知らないよ」

「後悔はしない。オレが決めたことだ。巡回に行って来らあ」

 自転車の烏丸巡査を見送りながら立ち番に立った天馬巡査の前に、いつもの散歩老人が立ち止まって奥のほうを不思議そうに覗いている。

「旦那さん、今日もお散歩ですか?」

 老人は天馬巡査には全く反応せず、いつものように溜息を吐いてまた歩き出した。天馬巡査も溜息を吐いて散歩の老人を見送った。


〈『第3話 巡回』に続く〉

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