六、アークとの和解②
*****
「昨日とずいぶんドレスの雰囲気が変わったな。よく似合っている」
昨日までと
「あの……お
「うむ。私ももっとあなたと話してみたいと思っていた。大きな声を出すのは
クロネリアは
「このドレスはゆうべイリス様に買っていただいたのです」
「イリスが?」
公爵は驚いたように目を見開いた。
「あれがそんな気の
クロネリアは
「いいえ。イリス様は
公爵は恐縮するクロネリアを見て、少し考えてから尋ねた。
「昨日の話で気になっていたのだが、あなたはなぜ
だ?」
「それは……」
クロネリアは問われて、
公爵と打ち解けるためには、クロネリアがまず正直に自分のことを話すべきだと思った。
結婚が決まっていたのに、
父は伯爵に借金があり伯爵との結婚を受け入れるしかなかったこと。
その後二年間生きたバリトン伯爵を看取って戻ってみると、想い人は妹と
今さら隠すことも、取り繕うこともない。
『看取り夫人』と呼ばれる自分が、今さら
すべてを聞き終えた公爵は静かに
「なんと無体なことを……」
そんな風に言ってくれる人がいるだけで、クロネリアは救われる気がした。
「バリトン伯爵もなんと
公爵に問われ、クロネリアは首を
「確かに……結婚当初は恨んだ日もありました。ですが、そのうち……今日も生きていてすまないと謝るようになったのです」
クロネリアは当時を思い出すように、くすりと笑った。
「毎朝、目を覚ますたびに、また生きてしまった、すまないと謝るのです。そのうち、なんだか私は
くすくすと笑いながら話すクロネリアに、公爵は目を見開いた。
「恨んでいないのか? バリトン伯爵のことを。あなたの幸せな結婚を台無しにした張本人だというのに」
「ええ。伯爵は最後までお優しい方でした。私も……ある意味……本当の父のように愛していたのかもしれません……」
公爵は驚いた様子でさらに尋ねた。
「しかし……次のブラント
「はい。最初は私のすることがすべて気に入らないようで、
「うむ。そうだろう」
公爵は納得したように肯いた。
「ですが、ブラント侯爵様は
「怯える? あの
公爵は目を見開いた。
「はい。自分は人に
「は! 自覚はあったのだな。だが今さら
公爵は
「いいえ。私はまだ遅くはないと申しました」
「遅くはない?」
クロネリアは肯いた。
「はい。まだ生きているではないですか、と。命ある限り遅いことなど何もないのだと。悔いているのなら、一人一人お呼びになって謝ればいいと申しました」
「なんと。そのようなことを……」
「ブラント侯爵はそれから毎日のように親交のあった方々を呼んで謝り続けました。そうして二年が過ぎた
「うーむ……」
公爵は
「あなたのような女性なら、妻に
そんな風に考えてくれる父ならば、最初からバリトン伯爵と結婚させなかっただろう。
それに。
「私は社交界で『看取り夫人』と呼ばれているのです。そんな
「……」
それを否定するつもりはない。
そんな視線にいちいち傷ついていたら生きていられなかった。
自分の人生を
この
「あなたは不思議なお
やがて公爵は観念したように告げた。
「あなたと話していると、自分が何に苦しんでいたのか分からなくなる。何にこだわって
クロネリアは黙ったまま公爵を見つめる。
「そして、その
クロネリアは、ただ微笑んだ。
そして今は目の前の公爵が
「クロネリア、どうかアークのことを許してやって欲しい」
公爵はやせ細った手を
「アマンダが
「そうだったのですね」
クロネリアは、幼いアークの悲しみを想像して胸が痛んだ。
「イリスは母親代わりになろうと気にかけているようだが、
「面倒に……感じているでしょうか?」
クロネリアは首を
「私は仕事人間だったくせに、アマンダが亡くなった
「イリス様が? 公爵様に不満を持っているようには見えませんが……」
公爵に見えているイリスと、クロネリアの見ているイリスにはずいぶん
「イリスのことはともかく、アークを意地悪で
「もちろんです。嫌な子だなどと、一度も思ったことはありません」
「けれどずいぶんあなたにひどいことをしているだろう? 今も……」
公爵はベッドの
「アマンダの
「気付いていらっしゃったのですね……」
いつも出窓に
「アークも本気で言ったのではない。アマンダの椅子に座っていいのだよ」
「ありがとうございます。けれど大丈夫です。立ったままの方がイリス様に買っていただいたドレスが
「イリスのことなど気にすることはない。気まぐれにしたことだ。あれは女性にも事務的な物言いばかりでそっけないのだ。仕事が忙しいから
公爵はため息をつきながら言う。
「そんなことはありませんわ。イリス様は女性に好かれる方だと思います。きっとアーク様のために婚期を
「ふん。そんなはずはない。イリスはアークにも冷たい。怒ってばかりいるからアークも
「イリス様は𠮟ってはおられますが、冷たいとは思いませんでしたが……」
公爵はイリスのことをずいぶん誤解しているように思えた。
「アークは最近笑ったこともない。アマンダがいた頃はよく笑う子だったのに」
それはクロネリアも思っていた。アークの笑顔を見てみたいけれど、公爵家に来てから一度も見ていない。笑えばきっと天使のように
「アークは……何をすれば喜ぶのだろうか……」
公爵は思い悩んで尋ねた。
「アーク様が喜ぶこと?」
「私は子育てをすべてアマンダに任せていたので、どうすればアークが喜ぶのか、見当もつかないのだ。できることなら喜ばせてやりたい」
「アーク様を喜ばせればいいのですね? 簡単ですわ」
クロネリアは肯いた。
「あなたにはアークが喜ぶものが分かるのか?」
あっさり答えるクロネリアに公爵は目を丸くする。
「ええ。お任せください」
クロネリアは自信たっぷりに微笑んだ。
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