六、アークとの和解①


「失礼いたします、奥様。本日より奥様の専属じょを仰せつかりました、ローゼと申します」


 翌朝早く、クロネリアの部屋に侍女がやってきた。

 もちろん実家でそんなものを持ったことはない。


「イリス様がゆうべおっしゃっていました。本当にいいのですか?」


 クロネリアは自分が専属侍女など持っていいのだろうかときょうしゅくする。


「はい。イリス様にお世話をするようにと正式に命じられました。どうぞ何でもお申しつけくださいませ」


 短いあかがみさっそうとしたふんの侍女だ。これほど髪の短い女性は初めて見た。

 はきはきしていてたんぱつのせいか中性的な印象の侍女だった。


「さっそくえをお手伝いしましょう」


 ちょうど昨日買ってもらったイエローのドレスを着ようとしていたところだった。

 けれど流行のドレスはそうしょく品がたくさんあって、どこに何を付ければいいのかさっぱり分からず困っていた。そしてはっと気付いた。


「もしかして、イリス様は私が昨日ドレスの着方が分からないと言ったから……。それで専属侍女を付けてくださったのではないですか?」


 クロネリアがたずねると、ローゼは少しおどろいた顔をした。


「それだけが理由ではないでしょうが……どうしてそう思われるのですか?」

「口調はそっけないけれど、イリス様は細やかなづかいのできるおやさしい方ですから」


 クロネリアが言うと、ローゼはさらに驚いた顔をしてからほほんだ。


「同じようなことを、よくアマンダ様がおっしゃっていました。あの子は、本当はとても温かくて優しい子なのに、照れ屋でそっけないから誤解されてしまうのよ、と」


クロネリアはくすりと笑った。


「本当に。話す言葉はいつも事務的でそっけないけれど、後からじわじわとみ込むような温かさを感じる方です」

「この短期間でイリス様をそこまで理解してくださった方は初めてです」


 ローゼはてきぱきとドレスを着付けながら感心したように言う。


「きっと私の母が表情のうすい人なので、なんとか母を理解しようとした子ども時代の経験があるからだろうと思います。それがくせになってしまったのです」

「そういうことだったのですね。それで前の二人のご老人も理解できたのですね?」


 ローゼはなっとくしたようにうなずいた。


「理解できていたのか分かりませんが、理解したいと思っていました」

「……」


 ローゼはしばし手を止めて、クロネリアを見つめた。


「え?」

「あ、いえ。お優しい方なのだなと思って……。それにこんなに若く美しいのに、なぜり夫人などやっておられるのかと……。あ、いえ、出過ぎたことを言いましたわ。どうかお許しくださいませ」

「ううん。いいの。私もどうしてこうなってしまったのかしらと思うもの」


 クロネリアは小さくため息をついてから、すぐに晴れやかながおもどる。


「でも悪いことばかりではないわ。こうしてだんしゃく家にいたら着ることもなかったようなてきなドレスを着られるのですもの。幸せなけっこんはできなかったけれど、周りをわたせば幸福はたくさん転がっているの。大きな夢を見ることはかなわなくとも、たくさんの小さな幸福を探して生きるのも悪くないわ」

「奥様……」


 やがてドレスの着付けが終わり、クロネリアはしょう台の前に座らされた。


「何かかみかざりを取って参りましょう。少しお待ちください」


 ローゼは物がなくてかんさんとしたしょう部屋に入っていって、クロネリアが昨日まで着ていた破れたドレスに目をとめた。


「こちらは破れているようですが処分致しましょうか」


 クロネリアは衣装部屋をのぞいて、まどいながら答えた。


「いえ。実家に帰る時に着ますので。後でつくろおうかと……」

「……」


 ローゼはクロネリアをだまって見つめた。


「ではメイドに繕うように命じておきましょう」

「あ、いえ。自分でできますので……」

「メイドの仕事ですので、奥様がなさる必要はありません。それより髪飾りはどちらに?」


 ローゼはきょろきょろと何もない衣装部屋を見回している。


かみかざりは……そこにあるリボンが二本とここにある花飾りだけなの。ごめんなさい」

「……」


 ローゼはぜんとしたようにクロネリアを見つめ、持ち物の少ないクロネリアを馬鹿にするわけでも文句を言うわけでもなく、無言で髪をい始めた。

 その仕事はかんぺきで、手伝いのメイドを部屋の外から呼び寄せ、リボン二本と花飾りだけで見事に髪を結い上げてくれた。

 イエローのドレスはむなもとのレースがはなやかでシルエットが美しい。

 まるで王宮のとう会に出るおひめさまのような姿に改めて感動する。


「よくお似合いでございます、クロネリア様」


 ローゼが告げると、手伝っていたメイドたちは顔を見合わせあわてて賛同する。


「ほ、本当に。ちがえるようにお美しいですわ、奥様」

「ええ。さすがイリス様お見立てのドレスですわ。素敵でございます」


 今までクロネリアをほとんど無視していたメイドたちが、手の平を返したようにめて

くれた。どうもローゼの顔色をうかがっているようだ。

 実家ではそばづかえの侍女と雑用係のメイドはほとんど同じぐらいの立場だったが、ローゼは明らかにメイドより立場が上で、一目置かれている雰囲気だった。


「クロネリア奥様に朝食をお出しして」


 ローゼが告げると、メイドたちはきんちょうしたおもちでテーブルに料理を出す。

 その様子をじっと見ていたローゼがクロネリアに問いかける。


「奥様、メイドたちにそうはございませんか? なにか失礼がありましたら、えんりょなくおっしゃってくださいませ」


 ローゼの言葉にメイドたちはぎくりとかたふるわせた。

 青ざめた様子でクロネリアを見る。


「いいえ。みんなよくしてくれています。感謝しています」


 クロネリアが答えると、メイドたちはほっと息をついた。そして慌てて尋ねる。


「お、奥様、苦手な食材はございませんか? ございましたら遠慮なくお申しつけくださいませ。料理長に伝えますので」


 そんなことを聞かれたのは初めてだった。


「いいえ。いつもとてもおい味しいとお伝えください」

かしこまりました」


 メイドたちはクロネリアとローゼに一礼して、そそくさと部屋を出ていった。

 良家の侍女というのは、それなりの身分を持つものらしい。

 ローゼのおかげで身の回りに不自由がなくなって、りつ感が薄れた。

 強い立場の専属侍女がいるだけで、主人のあつかいもこれほど変わるのだ。


「いろいろありがとう、ローゼ」

「いえ、専属侍女の仕事ですから。もしも無礼な使用人がいたら、おっしゃってくださいませ。クロネリア様は仮にもこうしゃくじんのお立場なのですから。遠慮はいりません」


 微笑んで言うローゼの言葉が心強かった。

 実家でもこれまでのとつぎ先でも、こんなことを言ってもらったのは初めてだった。

 やがて朝食を済ませこうしゃくのところに向かうためローゼをともなって部屋を出ると、ドアの前にアークが立っていた。


「アーク様……」

「!」


 なぜかせていたアークの方が驚いている。


「お前……クロネリアか?」

「え?」

「そのドレス……」


 見違えるようなドレスと化粧で、アークはいっしゅんクロネリアと分からなかったようだ。


「そ、そのドレスは兄上が買ったのか?」

「ええ。昨日買ってくださいました。破れたドレスの代わりにと。身に余るようなドレスを買って頂きましたので、アーク様も昨日のことはどうか気にしないでくださいませ」


 きっとイリスに言われて昨日のことを謝るために待ち伏せていたのだと思った。

 けれどアークは見違えるほどのよそおいをするクロネリアに戸惑い、にらみつけた。


「そ、そうか。お前はやっぱり……わざと僕のサーベルに切られるようにしたんだな! 最初からそうやって兄上に泣きついてドレスを買ってもらうつもりだったんだ!」

「アーク様……」


 あの一瞬でそこまで計算できたなら相当な悪女だが、そういう風に考えられなくもない。


「お母様と似たようなドレスをよくも……」

「それは……」


 アマンダようたしのショップだったから、似たようなドレスなのはしょうがない。


「兄上にどんなのろいをかけたんだ! 兄上を思い通りにして次は何を手に入れるつもり

だ」

「アーク様……。私は呪いなど……」

「僕はだまされないぞ! お前なんかに絶対謝るもんか! ちょっとれいなドレスを着たからって死神女は死神女だ。どんなに似合ってたって、似合ってるなんて言わないからな!」


 アークは真っ赤になって吐き捨てると、げるように行ってしまった。


「……」


 またアークをおこらせてしまったと落ち込んだクロネリアだったが……。


「似合っていると……思ったようでございますね」


 ローゼは少し笑いをこらえながらつぶやいた。


「え?」


 ローゼにはそんな風に聞こえたみたいだ。

 しかしローゼはすぐに職務を思い出し、厳しい顔になって告げる。


「奥様に対してあのような態度はいけませんね。アーク様のことは私からイリス様に報告して厳しく注意していただきましょう」

「あ、いえ……だいじょうです。怒ってもいませんから報告もしなくていいです」

「報告もしなくていい? なぜですか?」

「報告すれば、イリス様はアーク様を𠮟しからなければなりません。𠮟る役目を背負わせてけむたがられてはかわいそうです」

「かわいそう……?」


 ローゼは目を丸くして聞き返した。


 「ええ。だって、イリス様はあんなにアーク様を愛していらっしゃるのに」


 ローゼは少し考えてから尋ねた。


しきでは仲の悪いご兄弟だと思われているようですが。クロネリア様には、イリス様がアーク様を愛していらっしゃるように見えますか?」


 クロネリアはローゼの問いに迷いなく答えた。


「ええ。とても」


 ローゼはクロネリアのそくとうを聞いて、うれしそうに微笑んだ。


「ふふ。そうですね。その通りでございます」

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