五、イリスの謝罪①
それはクロネリアの実家と同じだ。
気の弱い母はダイニングルームで他の夫人と顔を合わせるのが
運ばれてくる料理はどれも冷めた残り物ばかりで、決して
子どもの
「今日は私のお母様の誕生日祝いのディナーだったのよ。三段のケーキがすごく美味しかったわ。でも残念ね。全部食べ切ってしまってもう無いわ」
ガーベラは特別な料理が出た日は、わざわざ気の毒そうにクロネリアに言いにきた。
幼いクロネリアはどうしても食べたくて、母に
先の二人の
この公爵邸では……大きなダイニングルームもあるようだが、時間になるとメイドがクロネリアの部屋に運んでくれた。しかしそれは実家の冷めた残り物とはまるで
夕食はワゴンに載せた出来立てのフルコースだった。
メイドたちは無言でクロネリアの前のテーブルに
クロネリアは
「このお料理はなんですか? 外はサクサクしているのに中はクリーミーでとっても美味しいです!」
しかしメイドたちはつんとすまして答える。
「さあ、存じませんわ」
「良家の奥様が食事中におしゃべりするものではありませんわよ」
非難するように言うメイドたちに、クロネリアはしゅんと落ち込んだ。
「すみません……」
メイドたちは、そんなクロネリアを無視してそそくさと出ていく。
(やっぱり私と仲良くしたい人なんて、ここにもいないのね)
でもこの温かい料理があるだけで幸せだと気持ちを
「うん。全部美味しい! このお料理をお母様にも食べさせてあげたいわ……」
母は食が細くなってあまり食べなかったが、この美味しい料理ならたくさん食べるかもしれない。そう思うと、今すぐ持っていってあげたくなる。
量は食べられないけれど、マナーや作法は
クロネリアも
「お母様は預けた
好きに使っていいと
次に実家に
新しいドレスに喜ぶ母を想像したら、気持ちが上がって元気が出た。
「さあ、早く食べて今日は大浴場に入らなくちゃ」
公爵邸の地下には大浴場があった。温泉を引き入れていていつでも温かい。
イリスは留守でアークは早い時間に入るため、それ以外の空いている時間は好きな時に入っていいらしい。実家や前夫
「よし! ドレスは残念でも、せめて
クロネリアは食事を済ませると、
メイドたちは毎日
「染み抜きがうまくいかなくても、あのドレスを着るしかないわね」
そんなことを考えながら
「きゃっ?」
はっと後ろに下がるクロネリアに、さらにアークの細長い剣が突き出される。
「アーク様……」
小さな
「死神め! お父様に毒を飲ませようとしたな!」
「な、なんのことですか?」
クロネリアは剣先から
「出ていけ! 今すぐ出ていかないと、本当に
本当に突き刺すつもりはない。
だから真ん中を
クロネリアは後ずさりしながら剣先をよけるが、少しだけバランスを
「あっ!」
アークが
驚いてサーベルを引くアーク。
「な、なな、なんでちゃんとよけないんだよ! 僕は刺してないからな! お前が自分から剣に刺さりにきたんだ! 僕を悪者にするためにわざと体を傾けたんだ!」
まさか本当に剣が刺さると思わなかったのか、アークはクロネリア以上に
「ぼ、僕は
刺さってしまったことにショックを受けて泣きそうになっていた。
クロネリアは自分のドレスのことよりも、アークがかわいそうになった。
「
クロネリアが
「ぼ、僕は……僕は……」
ひどいことをされたはずなのに、クロネリアはやはりアークを
「アーク様……」
何か
「何をしているっ! アーク!」
廊下の向こうから
イリスがちょうど外から帰ってきたところだった。
「あ、兄上……」
アークはびくりと
イリスが
「お前が……やったのか、アーク……」
「ぼ、僕は……違う。そんなつもりじゃ……僕は……」
じわりとアークの
「
「ううう……兄上が悪いんじゃないか……。こんなやつを連れてくるから……ううう」
「どんな理由があろうとも、
イリスはアークの手から剣を取り上げて怒鳴った。
「僕のサーベルだよ。返してよ……」
「だめだ。お前はしばらく剣を持つことを禁ずる!」
イリスに言われて、アークは絶望したようにぽろぽろと涙を溢れさせた。
「兄上のバカッ!
アークは言い捨てると、だっと駆けだした。
「こら、待てっ! クロネリアに謝れ、アーク!」
しかしアークは振り向きもせずに行ってしまった。
「……」
アークの立ち去った後には、クロネリアとイリスの二人だけが残された。
振り向いたイリスは、怒っているというよりも、弟に大嫌いと言われてひどく傷ついているようにも見える。そして気まずそうにクロネリアの破れたドレスに視線を向けた。
「すまない、クロネリア。弟がひどいことを……」
「いいえ。アーク様は少し脅かすつもりだったのです。私がバランスを崩したせいでドレスが破れてしまい、ご自分の方がショックを受けておられました。ですがドレスが破れただけで怪我はしていません。どうかアーク様を
「……」
イリスはクロネリアの言葉をどこまで信じていいのか思案しているようだった。
やがて何かを決心したように、クロネリアの
「ついてきてくれ、クロネリア」
「え?」
イリスに引っ張られるままについていくと、エントランスホールではイリスの荷物を馬車から運んでいる
そしてエントランスの外では荷物を降ろした馬車が
「ゴード。悪いが今から出かける。馬を替えて馬車の準備をしてくれ」
エントランスホールにいたゴード執事長は目を丸くした。
「今帰ってきたばかりで、またお出かけになるのですか?」
「街まで行くだけだ。すぐに戻ってくる」
ゴードは腕を引っ張られているクロネリアを
「
よくできた執事は主人の命じるままに、急いで馬車の準備を整えた。
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