四、心を開く公爵①


 翌日、クロネリアはふるくさいデザインの緑のドレスでこうしゃくの部屋を訪ねた。

 数年前、くすんだ緑が気に入らないとガーベラが下げわたしてきたドレスだ。


「おはようございます。公爵様」

「……」


 ベッドから返事はない。


「少しだけカーテンを開けさせて頂きますね」


 まどぎわに置かれたよこかったカーテンだけを半分ほど開く。

 その窓からは椅子にこしかけたままで来客の馬車の停留場と、その先に広がる大庭園がよく見える。

 クロネリアはここで外の景色をながめながら長い一日を過ごすことにした。

 時々専属のじょや雑用をするメイドがやってきて公爵の世話をしているようだが、食事はほとんど手をつけていないようだった。


(食事をらなければすいじゃくするばかりなのに……)


 ゴードしつ長に少しだけでも食べて欲しいとこんがんされて、しぶしぶ食べるぐらいだ。


(なんとかもっと食事をがっていただけないかしら)


 クロネリアは侍女に「手伝いましょうか?」と声をかけた。

 食事のかいじょは亡き夫二人で慣れている。介助することできっと会話も生まれる。

 しかし侍女たちはぎょっとした顔をして「これは我々の仕事ですので結構です」と断った。

 そして昨日よりひんそうなクロネリアのドレスをちらりと見て、さんくさそうに目を細める。

 とつぜんやってきたちがいで貧相な夫人を、みんなあやしんでいるようだった。

 何か手伝おうとしてもすべて断られ、公爵に近付くこともできない。


(困ったわ。これでは何もできないわ)


 仕方なくしんとした窓際に座っていると、外を歩くメイドたちのうわさばなしが耳に届いた。


「見た? 奥様のあのドレス。いったいいつの時代のドレスかしら?」

「メイドの私でも、もう少しましなドレスを持っているわ」

「あの人、ゆいのう金として法外な金額をせいきゅうしてきたって話よ」

「そのお金はどうしたのかしら? お金目当てのけっこん? いえ、り詐欺?」


 せんたくかごかかえた下働きのメイドたちが窓の下に見えた。


「やっぱりアーク様の言っていた話は本当みたいね」

「私も『看取り夫人』の噂は聞いたことがあるわ。彼女がとついでくると、すぐにそのしきの主人がくなるのですって」

「そういえば食事の介助をやたらに申し出てくるのよ。おかしいでしょう?」

「まあ! では毒を盛るつもりで? なんておそろしい方なの」

「絶対に介助などさせてはだめよ! 公爵様に近付けないようアーク様にたのまれている

の」

(そういうことだったのね)


 侍女やメイドがよそよそしい理由が分かった。


「イリス様はなんだってあのような方を連れていらしたのかしら」

「死神女にだまされているってアーク様はおっしゃっているけど」

「それとも……イリス様は早く公爵様に亡くなって欲しいのかしら」

「アマンダ様が亡くなってから、お二人は不仲だという話だものね」


 クロネリアはちらりと公爵のベッドを見てほっとする。

 窓際でかすかに聞こえる噂話は、公爵のベッドまでは届いていないようでよかった。

 それにしても噂によると、どうやらイリスと公爵は仲が悪いらしい。


(イリス様は公爵様に長生きして欲しいと思っておられるようだったけれどちがうのかし

ら)


 そういえばこのおだやかそうな公爵が、イリスに対する言葉だけしんらつだったように思う。


「では新しい奥様は公爵様を殺しにきたの?」

「そうに違いないわ。できるだけ関わらないでおきましょう」


 クロネリアは小さくため息をついた。


(ずいぶんいろいろに噂されているのね)


 どちらかというと、前の夫たちは告げられた余命よりも長生きしているのだが、看取り夫人として嫁いでいるのだから、つうけっこんより夫がすぐに亡くなるのはちがいない。

 それが死神と言われるのならそういうことになるのだろう。そしてこのままでは何もできないままに、本当に命を取りにきただけの死神になってしまう。


(何か方法を考えなくては。公爵様の側に近付かなくても打ち解けられる方法を)


 クロネリアは公爵のために自分ができることをひたすら考えて過ごした。

 夕方になるときゅうてい学院からもどったアークが部屋にけ込んできた。


「お父様! だいじょう? 死神女に殺されなかった?」


 すっかり死神女というあだ名になってしまっている。

 アークがベッドの側に来ると、公爵は初めて口を開いた。


「アークか……。私は大丈夫だ。心配をかけてすまないな……」


 弱々しい声で告げて、骨と皮だけの手をばしアークの頭をでている。

 公爵はイリスとは不仲のようだが、アークのことはわいがっているようだ。


「お父様。僕が守るからね」


 そう言って窓際に座るクロネリアをきっとにらみつけた。


「アーク。ご婦人にそんな言い方をするものではない。もちろん私も彼女に帰る場所があるなら、そうして欲しいが……。無理に追い出すつもりもない。彼女が死神だというなら、それで命を取られてもいいのだよ」

「お父様。そんなことを言わないでよ! 僕を置いていかないで」

「生きていても私はこの通り体を動かすこともできない。お前にもイリスにもめいわくをかけるだけなのだ。だからもういいだろう」

いやだよ、お父様」


 さめざめと泣くアークを気の毒に思う。

 イリスが言うように、このとしで母親に続いて父親まで亡くそうとしているのだ。

 クロネリアには悲しむほどの父との思い出などないが、看取った二人の夫のことは父のようにしたっていた。失う悲しさはだれより分かるつもりだ。

 せめて満たされた思いで家族と残された日々を過ごして欲しいと願う。

 そんな風に見守るクロネリアの視線に気付いたのか、アークがつかつかとこちらに向かってやってきた。


「そこはお母様が座っていた場所だ! 勝手に座るなよ!」


 クロネリアは、はっと立ち上がった。


「ごめんなさい」


 アークはクロネリアの古びた緑のドレスと、一部を簡単にわえただけの手入れされていない巻き毛に目をやって、さらにけんめる。


「お母様はいつもれいかざって、とても美しくてやさしい方だった。大違いなんだよ! お前なんかがお母様の代わりになれるわけがない!」

「……はい」

 

 そうなのだろうとクロネリアも思う。

 きっとここに座っていたアマンダという女性は、夫にもむすにも愛され、屋敷中の人たちに慕われた、美しく、かけがえのない人だったのだろう。

 どこにも居場所のないクロネリアとは全然違う人種なのだ。

 クロネリアには一生手に入らないすべてを持っていた人。

 きっと愛に包まれた温かながおほほむ人だったのだろうと思う。


「僕はお父様と話しているんだ! 出ていけよ! じゃだよ」

「……分かりました」


 クロネリアは頭を下げて部屋を出た。

 言われるままになおに部屋を出ていったクロネリアを見て、アークは少し気まずい表情で父のまくらもとに戻ってきた。


「ふん! 追い出してやったよ。これで大丈夫だからね、お父様」


 しかし公爵は困った顔でアークの手をそっとにぎりしめた。


「私のためと思って彼女に意地悪をするならやめなさい。あの人にも何か事情があるのだろう。好きでこんな余命わずかな老人に嫁いでくるはずがない。気の毒な人かもしれない」

「違うよ! あの女は公爵家をのっとるつもりなんだよ」


 アークは少し不満げに口をとがらせた。


「でも大丈夫だよ。僕が追い出してやるから。お父様は何も心配しないで」

「アーク……」


 公爵はまだ何か言おうとしたが、つかれたように目を閉じ、そのままねむってしまった。



*****



 部屋を追い出されたクロネリアは、とぼとぼと裏庭を歩いていた。


「公爵様に近付けないばかりか、部屋を追い出されてしまったわ……」


 前夫二人の家では家族には冷たくされたものの、夫の側にいることだけは本人の希望もあって邪魔されることはなかった。

 けれど今回は、公爵本人がクロネリアを望んでいないのだからどうしようもない。

 だがこのまま何もできずに看取るだけの日々はむなしい。それに。


「アーク様……。大好きなお母様を失い、お父様まで余命僅かなどと言われて、どれほどの不安とどくを感じていらっしゃるのだろう……」


 クロネリアには、アークの不安と孤独が分かるような気がしていた。

 幼いころから屋敷の中でたよる人は母しかなく、その母すらも心をみ泣いてばかりで、いつか自ら命を絶ってしまうのではないかという不安を常に感じていた。

 母を失えば独りぼっちになってしまうというきょうが、常にクロネリアの心にあったのだ。

 アークもまた、父を失えば心のどころがなくなるという恐怖を常に感じているのではないだろうか。

 だから、公爵の死を連想させる看取り夫人を追い出そうと必死なのだろう。

 アークに幼い日の自分を重ねてしまう。

 母を失わないために必死にはげましておうとしたクロネリアと、父を失わないためにきつな看取り夫人を追い出そうとするアーク。

 表現の仕方が違うだけで、同じ不安と恐怖を抱えているように思えた。


「でもこれほどきらわれてしまってはどうにもできないわね」


 ひどい暴言をかれても意地悪をされても、おこる気持ちにはなれない。

 むしろ何か励ましてあげたいと思うのだけれど、それも余計に反感を買うのだろう。

 しずんだ心で歩いていたクロネリアは裏庭の角を曲がり、目の前の光景におどろいた。


「これは……」


 そこには色とりどりのアネモネが花びらをらしてほこっていた。

「すごい! こんなにたくさんの色のアネモネは初めて見たわ」


 レンガで区切られただんには、様々な色のアネモネが咲いていて、花壇ごとに色合いが違う。そんな二段に連なった花壇がどこまでも続いている。

「ここはまだつぼみだわ。こっちはまだ芽が出たところね。少しずつ種まきの時期をずらして長い期間花が見られるようにしてあるのだわ」


 その心配りに、アネモネに対する深い愛情を感じた。

 そうしてどこまでも続くように思えた花壇だったが、突然終わってしまった。

 最後の花壇はレンガで区切ってあるものの、何も植えていないようだ。


「これから植えようとしているのかしら」


 クロネリアは再びきびすかえして、一つ手前の花壇の前にしゃがみ込んで眺めた。


「この花壇は赤いアネモネばかりなのね」


 そっと花びらにれてみる。


(ふふ。きれい……)


 情熱的な赤い花が元気をくれるような気がしてみがこぼれた。


「散歩か?」


 ふいに声をかけられてクロネリアが顔を上げると、イリスが執事を連れて立っていた。


「あ、はい。あまりに綺麗に咲いているので見入ってしまいました」


 クロネリアはあわてて立ち上がり、ふくらみのないドレスをつまんでイリスにあいさつをした。

 イリスがクロネリアの貧相なドレスを怪しむように見ている。

 クロネリアはこうしゃくていに場違いなドレスがずかしくてうつむいた。


「父上の様子はどうだ? 何か話したか?」

「いえ……。おそばに近付くこともできず……。すみません……」


 クロネリアが謝ると、イリスは小さくため息をついた。


「そんなことだろうと思った。別に君に期待などしていないから謝らなくていい」

「はい、すみませ……、あ、いえ……ごめんなさい」


 クロネリアは結局しょんぼりと謝った。

 イリスはそんなクロネリアを見つめ、こほんとせきばらいして告げる。


「まあいい。部屋に花をかざりたいなら庭師に言ってんでもらえばいい」

「え?」


 クロネリアははっと顔を上げ、目をかがやかせる。


「いいのですか?」


 あまりにクロネリアがうれしそうにたずねたので、イリスは少しまどうように答えた。


「……ああ。私の許可をもらったと言えば快く分けてくれるだろう」

「ありがとうございます!」


 クロネリアが元気よく礼を言うと、イリスはまたこほんと咳払いをして冷たく答える。


「別に礼を言われるほどのことではない」


 そんなイリスに、クロネリアは気になっていたことを尋ねた。


「あの、イリス様、少しおうかがいしてもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「この花壇がよく見える、こちらの大きなガラス張りのお部屋はどなたのお部屋でしょうか?」


 イリスはクロネリアが手で示す、レースのドレープカーテンがかかった窓に目をやった。


「ああ。ここは少人数で過ごすサロンになっている。と言っても、元気だった頃の父上が気に入って、仕事の合間にくつろぐ部屋になっていた」

「そうだったのですね……」


 クロネリアはなっとくしたようにうなずいた。


「この部屋がどうかしたのか?」

「いえ……。なんでもありません。ありがとうございます」


 笑顔で礼を言うクロネリアに、イリスは首をかしげながらも執事と共に去っていった。

そうしてクロネリアはつぶやいた。


「そういうことだったのね……」



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